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第5話 神子様

 白いブラウスに青いズボンという、まるで少年のような格好をした神子様が、すたすたとこちらへ近づいてくる。

 これまでに何度かお姿を拝見したことはあったが、そのたびに白く清楚なドレスを身にまとっていて、「神子」というよりは「聖女」といった印象だった。

 だが今の神子様は、ニヤリと笑うその顔にも覇気がみなぎっており、どこか凛々しさも感じさせる。


「『僕』? もしかして神子様は男性だったのですか?」

「あはは、イケてる僕を見てそう思うかもしれないけど、君たちと一緒で女性だよ。『僕』と言うのは変かな?」


 少し驚いたけど、目の前にいる女性が「僕」と言うのは似合っている。


「変、ではありませんが珍しくはあると思います」


 率直に答えると、神子様はきょとんとしていたが笑い始めた。


「正直でいいね! 今までされた反応の中で二番目に気に入ったよ。一番はヴィヴィの『あなた、男性になりたい願望でもあるの?』だよ。思ったことを口にする感じがたまらないよ!」


 こんな笑い方をされる方だったのか。

 気軽に話しているけれど、ヴィーとはどんな関係なんだろう。


「アマネ、おかえりなさい。その服、素敵ね」

「ヴィヴィ、ただいま。うっとうしいやつらと縁を切ってきたから、もう好きにさせて貰うよ。動きにくいヒラヒラした服はうんざりさ!」

「『ヴィヴィ』……」


 ヴィーに対する愛称が気になって、つい繰り返してしまった。


「ヴィクトリア・ヴェルシェ――『V』が二つでヴィヴィ! 君はルクレティア・ルモワーヌだから『ルル』だね。よろしく、ルル!」


 私を知っていることに驚きつつ握手を求められたので応えると、笑顔で握った手をブンブン振られてしまった。


「僕のことは好きに呼んで。あ、『神子様』は駄目だよ?」

「では……アマネ様と」


 ヴィーが名前で呼んでいたので、私もそれに倣う。

 様はいらないんだけどなあ、と言っているけれど、私の性格上呼び捨てるのは心臓に悪いので許して欲しい。


「待って、縁を切った……? そういえば、王太子様との婚約を断ってきたとおっしゃいました!?」

「そうだよ? だって、長年婚約していて、自分のために努力してくれていた素敵な女性――ヴィヴィをあっさり捨てて他の女に乗り換えるような男だよ? 『王族だから』『偉いから』なんて関係ない。男として終わってるでしょ」


 王太子様を遠慮なく非難する神子様に、私は呆然としてしまった。

 思わず「不敬では…?」と思ってしまったが、異世界出身のアマネ様にとっては、それほど特別な存在でもないのかもしれない。


「ヴィヴィに見せてあげたかったなあ。『いずれ王妃となって、共にこの国を支えてくれ』という王太子に『嫌だね。君、タイプじゃないし簡単に女を捨てるクズじゃん』って断ったら、本人も周囲の見守っていた国王夫妻や重鎮たちも、口を開けて固まってたよ」

「まあ! それは傑作ね! ビデオ通話で見せて欲しかったわ!」

「ほんとに見せたかったよ! できることならライブ配信して大勢に見せたかったもん。そのあと、放心している王太子以外がブチギレてきたからすたこらさっさと逃げて今ココ、ってわけさ」


 ビデオツウワ? ライブハイシン?

 楽しそうに笑い声をあげる二人のそばで、私はずっと「?」状態だ。


「あ、その人をポンコツにするクッション、僕のなんだけど」


 神子様の視線が私に向けられていたので焦る。


「え!? すみません!」


 慌てて避けようとしたらヴィーが止めた。


「アマネは今までいなかったんだからいいじゃない」

「もちろん、いいよ。一緒に使おう? ほら、そっちに詰めて」

「え……?」


 戸惑っている間にアマネ様は、私がいるクッションに頭を置いて寝転がった。

 ヴィーとアマネ様という美女に挟まれて寝転がっている状態に、私は動揺を隠せない。


「ねえ、ヴィヴィ。ちゃんと王太子から慰謝料貰った? しこたまぶんどってやらないと!」

「もちろん、請求はしているわ。ただ、アマネにフラれてしまったから『婚約破棄をなしにしたい』と言ってくるかもしれないわ。まあ、その可能性を考えていたから『一方的に婚約破棄されて心を壊したわたくしが失踪』というストーリーを証拠付きでここに来る前に新聞社にリークしてきたのだけれど」

「さすがヴィヴィ! 抜かりない!」


 私を挟んで二人が会話を交わす。

 そういえばくる途中に町の人と話していたけれど……あれはリークを手配していたのかな。


「あの……アマネ様はどうしてここに? 二人は仲良しだったんですね?」


 私の頭が追いついていないが、とにかく状況を整理してみよう。

 恐る恐る質問をするとヴィーが答えてくれた。


「わたくしたちには共通点があるの。それで仲良くなって、ここで一緒に暮らそうと誘ったのよ」

「共通点?」

『美しくて才能もある女性』というのは一緒だが、違う世界に生きてきた二人に共通点があるのだろうか?

「それは……『ここがゲームの世界だと知っている』ということよ」

「ゲームの世界?」


 分からないことだらけてオウム返しするしかない私に、アマネ様が説明を始めた。


「僕はソシャゲの『防衛系乙女ゲームのヒロイン』『ヴィヴィは悪役令嬢』。君は……ってそこは説明しなくていいか。僕の世界では、この世界のことを描いた『物語』があるんだよ」

「?」


 申し訳ないが、説明を聞いてもよく分からずまた首を傾げる。


「とにかく、前世のわたくしとアマネは同じ物語を見ているから、これからこの国で何が起こるか分かるの」

「二人は未来予知ができる、ということ?」

「予知、というより『知っている』と言った方が正しいのだけれど……そんな感じね」


 にわかには信じられない内容だし、クッションに埋まっただらしない状態で話しているから冗談かと思ったが……。


「これから王都には断続的に魔物が侵攻してくるうえ、ワイバーンよりも恐ろしい魔物による襲撃が二度起こる」

「!」


 ワイバーンによって多くの人が亡くなった歴史があるのに、魔物が王都を襲撃するなんて冗談で言うことではない。

 思わず体を起こして嘘なら諫めようと思ったのだが……二人の目は真剣だった。


「本当なの……?」


 私の確認に、二人は「残念なことにね」と頷いた。


「大変……国王様や騎士団に知らせないと……!」

「言ったところで信じるか分からないわ」


 たしかにヴィーの言う通りかもしれないが……。


「でも、この国を救うと云われている神子様の言うことなら信じるのでは?」


 私の視線を受けた神子様が頭をコロンとこちらに向ける。


「そうかもしれないね。でも、シナリオ通りに進んだら魔物討伐の指揮を執るのは王太子だし、偉いやつらは『神子が国を救うのは当然』って態度だったから協力するのは嫌なんだよね。僕はこの国で生まれ育ったわけでもないし、道具扱いされながら命がけで戦うなんてごめんさ」


 人の命がかかっているのに「嫌」だなんて……と思ってしまったけれど、縁もゆかりもない国を救うために自らの命を削るようなことをしたくないのは当然だ。

 しかも、国の重鎮たちは礼を欠き、傲慢な考えや態度をとっているようだし……。

 私も身勝手な考えをしてしまったと反省だ。


 しゅんとしてしまった私に、アマネ様は「大丈夫だ」と笑顔を向けてくれた。


「道具として扱わるのは嫌だけど、大勢を見殺しにするわけにはいかないから、僕は自分の好きな方法で救うことにしたんだ。そして、ヴィヴィという強い味方を得たわけさ!」


 アマネ様の視線を受けたヴィーが「任せなさい」とにっこりと笑っている。


「本来なら王太子とか攻略対象の男たちと一緒に戦う展開だけど、さっきも言ったとおり関わりたくないんだよね……あ! 一応言っておくけど、僕とセオドアは何の関係もないから!」

「あ、はい」

「警護してくれたことはあったけどあまり接点もないし、セオドアの近くには桃色のハエがいたよ」


 ハ、ハエってもしかしてミレーヌのこと!?

 びっくりする私を置いて、二人は盛り上がっていく。


「僕とヴィヴィが組めば、攻略キャラなんぞに頼らなくても危機を乗り越えられる!」

「ええ! わたくしたちで国を守りますわよ!」

「「えいえいおー!」」


 そろって拳を振り上げる二人に圧倒されてしまう。

 アマネ様とヴィーでこの国を救う?

 命の危険を伴う覚悟をしている二人と、まだ状況を呑み込めずに困惑している私――。

 私はここにいてもいいのだろうか……。

 ここでお世話になっても役に立てないどころか、足手まといになってしまいそうだ。

 そう思って小さくなっていたら両側から視線を向けられた。


「ルー、あなたにも協力して欲しいの」

「君が協力してくれるかが、今後の大きな鍵になる!」


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