第29話 決着今日も推しが尊い!
私たちは無事に隠れ家に帰ってきた。
ここを出るときは、もちろん生きて帰るつもりだったけれど、どんなことをしてでも王都を守り抜くという覚悟を持っていた。
みんな無事に……さらにはアマネ様とネズさんも一緒に、帰ってくることができて本当に嬉しい。
「おかえりー!」
隠れ家の領域に入った瞬間、待ち構えていた小人たちが突進してきた。
みんな目に涙をためて、帰還を喜んでくれている。
「ノクト~ッ!!」
「無事でよかったよぉ!!」
一番多くのタックルを受けたノクトさんは、勢いに押されて倒れてしまった。
その上、上から覆いかぶさられて、もみくちゃにされている。
「熱烈だなあ」
ノクトさんを見て笑うアマネ様に、小人たちはハッとした。
「ねえねえ! 神子も黒服たちも怪我なーい!?」
「ないよ! ちびたち、いろいろ助けてくれてありがとうね」
アマネ様の返事に、小人たちはそろって「ほっ」と安堵の息を吐いている。
「ネズ、もう眠たくない!?」
「はい。おかげさまで。すっかり目が覚めましたよ」
「もう、ねぼすけ禁止だからね~」
微笑ましいやりとりに、思わず笑いがこぼれた。
こうして以前のように笑い合えること、魔物の脅威が去ったとこが嬉しい。
空を見上げると、ニーズホッグが出現していたことが嘘のような晴れ空だった。
風で揺れる庭の草木。
木に吊るしたみんなのオブジェが楽しそうにくるくる回っているのを見て、平和を守ることができたのだと改めて実感できた。
「お祝い、準備した!」
「みんな、きて!」
小人たちが弾むように私たちの手を引き、屋敷の中へと案内してくれた。
扉をくぐった瞬間、ふわりと美味しそうな良い匂いがして、お腹が空いていることに気づいた。
連れてこられた先はいつもの談話室。
そこには、人をダメにするクッションがきれいに並べてセッティングされていた。
気遣いの行き届いた準備に、思わず頬がゆるむ。
限界まで疲れていたので、寝転がれる場所があるのは本当にありがたい。
私たちは遠慮もなく、それぞれのクッションへと身を投げ出した。
「あ~~疲れた~~」
アマネ様の声と同時に、全員がふっと力が抜けたように放心状態になっていった。
ヴィーは長時間接近戦で戦っていたし、ノクトさんはずっと魔法を使い続けていた。
私も矢を射続けていて腕が痛い。
しばらく目を閉じて無言で呆けてしまったが、ふと頭の横にあるものを見て笑顔になった。
「まあ! 至れり尽くせりね」
私の隣には、アラン様&ヴァンのぬいぐるみが置かれていた。
アマネ様とヴィーの横にもそれぞれの推しぬいぐるみが寝かされている。
小人たちが持ってきてくれたようだ。
「疲れたときは推しが一番効く……」
「そうね」
思い思いにぬいぐるみを愛でていたら——なぜか私の手からアラン様とヴァンのぬいぐるみが落ちた。
不注意で手から離したのではなく、自我を持ってジャンプして飛び降りたような……?
気のせいかと思い、拾おうと手を伸ばすと、アラン様とヴァンのぬいぐるみが立ち上がった。
「え!」
見間違いかと思ったが、バルグさんとフィン君ぬいぐるみも立ち上がっていた。
みんなの視線がぬいぐるみたちに集中する。
「あれ? まさか、僕たち死んだ? あの世でも逝った?」
「縁起の悪いことを言わないの! 生きてるはず、だけど……これはどういうことかしら……」
目を閉じていたノクトさんも、ゆっくりと体を起こし、訝しげな表情でぬいぐるみをじっと見つめている。
私も少し戸惑いながらぬいぐるみに目をやると——。
『おつかれさま!』
突然、どこからともなく声が響き、四体のぬいぐるみが輪になって、ぴょんぴょんと軽やかに踊り始めた。
「「「かわいい~~~~!!!!」」」
アマネ様とヴィーと一緒に、私も思わず叫んだ。
両手を頬に添え、目を輝かせながらデレデレしてしまう……!
あまりにも可愛くて瞬時にメロメロにされてしまったが……でも、どうして!?
少し冷静になってぬいぐるみを見て見ると……。
「あ、精霊が宿ってる!」
私の言葉に、みんなが「なるほど」という顔をした。
「加護があるあなたの作ったものに、精霊が宿るのは自然なことね」
「最高だよ! 精霊、天才!!」
アマネ様が全力で拍手を送ると、精霊たちも嬉しそうに体を揺らして応えた。
その光景に、場全体が和やかであたたかい空気に包まれる。
「よし! 元気でたね!? ごはん、食べる!」
私たちの気力が回復するのを待ってくれていた小人たちが、次々に料理を運んできてくれた。
ふかふかの絨毯の上にクロスを広げ、まるでピクニックのような形式だ。
疲れて食堂に移動するのもつらい私たちを気づかってくれたのだろう。
料理はどれも野菜が多く、見た目にも華やかで食べやすそうだ。
ハーブマリネやチキンと野菜のロースト。
具だくさんのバーニャカウダや、鶏肉と野菜の紙包み焼き。
食べやすいサンドイッチも並ぶ。
そして、デザートのミニカップケーキには、私たちの推しの可愛いイラストが描かれたピックがちょこんと刺さっていた。
「ええええええ、可愛いんですけど~~!!」
「コラボカフェに来たみたいだわ!!!!」
アマネ様とヴィーが、思わず歓喜の悲鳴を上げる。
それに驚いた精霊が宿ったぬいぐるみがビクッと動き、さらに二人は大騒ぎ……。
収拾がつかないくらいにぎやかで、見ているだけで笑いがこみ上げてくる。
そんな状況を楽しみながら、私は小人たちに尋ねた。
「すごい! これ、みんなが作ったの!?」
「ルクレティアが描いていた絵を真似っこしたの」
ぬいぐるみをつくるためのデザイン画をいくつか描いたから、それを参考にしたようだ。
とっても可愛いし、カップケーキにつけるという発想に驚いた。
スイーツと推しのコラボ……商売にできそう?
大騒ぎしてしまったが、冷めないうちに食べてよ! という小人たちに促され、食べながら雑談を始めた。
「そうそう。アマネ、バルグさんがあなたを応援するために、剣を作ってくださっているわよ」
「ええええ!!!?」
ヴィーがアマネ様に伝えると、驚きすぎて持っているお皿をひっくり返しそうになっていた。
ネズさんが慌ててフォローしている。
「推しに認知されている……!!」
「まだそこなの? 認知されていることは分かっているでしょう?」
奥様を助けて、カバンを取り戻すことに協力したのだから、それは当たり前では……。
「そうだけど、改めて喜びを噛みしめてたの! ちゃんと段階踏まないと、心臓に悪いから! 水に入る前には準備運動が必要だろ?」
「確かに……。わたくしもそうだわ」
そう、なのだろうか。
認知については、推しがいつも近くにいる私にはよく分からない。
でも、アラン様やヴァンとは元々知らない人だったとして、そこから認知して貰ったと思うとドキドキするかも……。
やっぱり、推しとは奥深い。
「推しが僕のために……もう死んでも悔いはないよ」
「悔いはあるでしょ。あなたを中心に生きている子たちがいるのよ」
ヴィーがちらりとアマネ様の背後に視線を送りながらそう言うと、ネズさんは「アマネ様が楽しそうで何よりです」とほほ笑んだ。
ネズさんの言葉に、照れを隠すような苦笑いを浮かべたアマネ様が、ぽつりと零した。
「リアルに大切にしているものは別。気軽に口にしないんだよ」
それを聞き逃さなかったヴィーがニヤリと笑う。
「あら、じゃあ推しはリアルに大切じゃないのかしら?」
「そんなわけないだろ! 大切なのは一緒だけど……こう……分かれよ!」
「え~、分からないわ。説明して欲しいわねえ」
じゃれるように言い合う二人を、ノクトさんと目を見合わせて笑った。
アマネ様にとって、推しも大事だけど、ネズさんや仲間たちはかけがえのない存在——。
もしかすると、特にネズさんはアマネ様にとって『特別な人』だとからかっているのかもしれない。
しばらく騒いでいた二人だったが、落ち着いたところでアマネ様がつぶやいた。
「旅立つ前に見ないとね」
それを聞いた場が固まった。
「……旅に出るのね」
ヴィーは、以前からアマネ様の意思を感じ取っていたのだろうか。
確かめるように問いかけると、アマネ様は静かに頷いた。
「うん。ネズには前に話したことがあったんだけど……。もうこの国は大丈夫でしょ? せっかく異世界転移したんだから、この世界をもっと見たいと思って」
「もちろん、アマネ様とご一緒します」
迷いなく放たれたネズさんの言葉に、他の黒衣の兵たちも頷いている。
彼らはどこまでもアマネ様と行動を共にするだろう。
「さみしくなりますね」
楽しかった共同生活が終わってしまう……。
そう思うと胸の奥がきゅっと縮み、思わず本音が漏れた。
私の言葉に、ヴィーが申し訳なさそうな表情で続く。
「わたくしも徹底的に王太子を叩きのめしたあと、公爵家を継ぐ準備をするからあまり来られないかもしれないわ」
本格的に行動するとなれば、かなり忙しくなる。
ここに戻ってくる時間も惜しいだろう。
私も——。
「家に帰って、セオドアとの婚約を正式に解消してきます。父とも話し合わないと……」
私は一人の職人として、物作りをして生きていきたいと思う。
利益を出すことができたら、家族に認めて貰えるかもしれない。
縁を切ってでも、と思うけれど……貴族として生まれたため、不自由なく暮らしてこられた。
恩恵を受けたのだから、責任は果たしたいし、育てて貰った恩を返したい。
だから、最大限の努力をするつもりだ。
スイーツショップの店長に相談して、作ったものを置いて貰うのはどうだろう。
アラン様とヴァンのグッズを欲しがる人もいるだろうし、フィン君やバルトさんのお店にもファンがいるだろうし、お店のイメージキャラクターを作ったりするのもいいかも。
「展望は明るいようだな」
ノクトさんの言葉に笑顔で応える。
「はい」
前途多難ではあるけれど、やりたいことがたくさんあってわくわくしている。
「俺たちはここにいていいか?」
「もちろん! ここはあなたたちの隠れ家でもあるのだから。それに、ここに戻ってきたときににぎやかだと嬉しいわ」
ヴィーの言葉に頷く。
私も隙を見てはここに戻って癒されたい!
「僕もときおり帰ってくるよ。推し活したくて爆発しそうだし!」
嬉しい……!
もうアマネ様と会えないわけではないということに、心から安堵した。
「もっと満足して貰えるような推しグッズを作れるように腕をあげておきますね!」
私の気合を代弁するかのように、精霊が宿ったぬいぐるみたちが両手を高く掲げて応えてくれた。
もしかして、『腕を上げる』を『上達する』ではなく、文字通りに受け取ったのかもしれない。
その無邪気で可愛らしい勘違いに、また自然と笑みがこぼれた。
この時間が、ただただ幸せだ。
またいつか、ここでみんなと暮らすことができたらいいな。
そのときは、胸を張って参加できる自分でいられるように頑張ろう。
ヴィーに「推し」というものを教わり、アラン様とヴァンという推しを得て、私は私らしくいられるようになった。
前向きになれたし、人生が明るくなった。
本当に私に必要なのは『愛さる努力』ではなく『推し』だった。
推しがいるだけで、私の世界は輝いている!
今日も推しが尊い!




