第27話 聖女(※ミレーヌ)
わたしはこの世界で、しがない田舎貴族の娘として生きてきた。
貴族とはいえ、華やかさなど程遠い。
母から家政や使用人の管理を教わり、周囲の村への慈善活動を命じられる退屈な毎日。
豊かな自然に囲まれ、無駄に広いだけの地味な屋敷。
目に映る景色はいつも同じで、変化なんてどこにもない。
衣食住には困らないけれど、とびきり贅沢ができるわけでもないし娯楽もない。
ありきたりな『普通』の日常に、私はうんざりしていた。
――そんな日々を送っていたある日、私は前世の記憶を思い出した。
ここは前世で軽くプレイしていたゲームの世界だった。
異世界転生しているのだから、わたしは『特別』な存在のはず!
恋愛要素もあり、攻略対象のイケメンは三人。
その内、わたしは騎士のセオドアというキャラクターが好きだった。
この世界のどこかに、セオドアが生きている……。
もしかしたら、前世で流行っていた異世界恋愛モノのマンガのように、わたしとセオドアの恋愛が始まるかもしれない!
攻略対象と恋愛するということは、この世界で一番の特別な存在『ヒロイン』だ!
たしかヒロインは『異世界転移』でやってきた少女だが、『異世界転生』も同じようなものだろう。
この退屈な暮らしから抜け出すには、まず自分に与えられた能力を確認しなければいけない。
きっと特別な力があって、王都からお迎えがくるはずだから——。
期待に胸が膨らませながら、嬉々として自分の能力について探ったのだが……。
「ど、どうして何も特別な能力を持っていないの……!?」
都市防衛系のゲームだったから、兵士や騎士を召喚できたり、いろんな施設を作り出せるかもしれないと思ったのに何もできなかった。
わたしに戦闘能力が備わっているのかもしれないと思ったけれど、力が強いわけでもなく、膨大な魔力を持っているわけでもなかった。
私は……ヒロインじゃなかった?
「もしかして、わたし——『ミレーヌ・ロアン』というキャラがゲームに登場していないのは、単純に『ただのモブだから』ということ?」
悟ると同時に、視界が真っ黒になった。
異世界転生という『特別』を得ても、『普通』になるなんて……。
「そんな……わたしを馬鹿にしているの!?」
退屈な毎日が変わると思ったのに、ただ絶望が加わっただけじゃないか!
心が荒んでいくわたしを、今世の両親は心配していたけれど、平民と変わらないような貴族のこいつらのせいで……こんな奴らの元に生まれてしまったせいで『普通』になってしまったのだと憎しみを抱くようになっていた。
鬱憤が溜まり、生きる力さえ失いそうになっていたある日――。
わたしは「心配だ」と言って絡んでくる両親や屋敷の人間を避け、近くの森の中を散歩していた。
のどかで安全に暮らせることだけが売りの町だから、護衛もつけずに無防備に歩いていたら……ふいに現れた魔物に襲われてしまった。
わたしは戦うこともできないし、逃げることもできない。
このまま死んでしまうんだ!
飛び掛かってくる魔物を見つめながら絶望した瞬間——それは起こった。
――ピッ
電子音と共に現れたのは前世でプレイしたゲームの画面。
そして、「デメリットシステム」と呼ばれる魔物に関する項目だけがアクティブになっていることに、自然と視線が引き寄せられた。
同時にそれがどんな機能で、どう操作すればいいのか、前世の記憶が鮮明に蘇った。
この機能を使えば、魔物を操ることができる──!
「……あっちへ行け!!」
そう叫んだ瞬間、魔物を支配するような感覚が身体を走る。
そして、飛びかかってこようとしていた魔物は、突如として動きを止め、何もせずに踵を返して去っていった。
「はは……」
危険を回避できた安心でへたり込みながら、まだ消えていない『画面』をみつめる。
魔物に関する項目しかアクティブになっていないが、これはたしかにゲーム主人公——『ヒロイン』の力だ。
今はまだ魔物に関する機能しか使えないが、そのうちに増えていくかもしれない。
やっぱりわたしは特別だったんだ!
歓喜したが、同時に「またぬか喜びになったらどうしよう」という恐怖にも襲われた。
もう、わたしは平凡になりたくない……平凡にはうんざりだ!!
退屈な村も、平凡で地味な両親も大嫌い!
ここはわたしにふさわしくない!
わたしを構成する要素から『平凡』はすべて消し去ってやる!!
感情が爆発したわたしは、出せる限りの魔物を召喚してすぐ村に向かわせた。
その結果――。
両親は死に、村は滅びた。
見慣れた景色が無残に破壊されているのを——当たり前に近くにいた人々が無残な姿で息絶えているのを見たが、不思議と「清々した」とも「悲しい」とも思わなかった。
これでようやく、わたしの第二の人生を始められるという安心する気持ちが大きかったかもしれない。
両親には、前世持ちのわたしが娘になったこと、そして早くに人生を終えることになったのは可哀想だと思うので、今度は『普通の娘』が生まれるといいねと祈っておいた。
その後、村が襲撃されていることに気づき、わたしを保護してくれた人から、王都に貴族の親族がいることを教えて貰う。
物語の舞台は王都だったから、王都にいけば攻略対象たちに会えるかもしれない。
すぐに連絡を取り、悲惨な境遇にあること、さらに身体も弱いと偽って同情を誘った結果、無事に引き取ってもらえることになった。
そしてその家で、わたしは運命の出会いを果たすことになる。
『推しキャラのセオドアだ!』
まさか、セオドアと遠縁とはいえ親族だったなんて驚いた。
これは運命に導かれた、としか思えなかった。
セオドアは田舎にいる男性たちとは違ってあか抜けているし、おしゃれで素敵だった。
実物になったことで、より一層かっこよく見えた。
すでに婚約者がいたけれど、そんなことは関係ない。
両親の遺産があるからお金はあるし、一人生き残るという悲惨な体験をしたうえ、体が弱い設定のわたしにみんなは優しいから、セオドアを好きに独占しても何も言われなかった。
順風満帆といえたが、ちゃんと『特別』になるためには、もっと自分の地位を確立しなければならない。
そこで、教会にわたしの能力を証明して貰うことにした。
デメリットシステムの内容をそのまま伝えると、魔物を操るなんて『邪悪な存在』と捉えられるかもしれないし、故郷を滅ぼしたということがバレるかもしれない。
だから、『予言』と『魔物を抑える』という風に伝えた。
うまくごまかせたし、気づけば『聖女』ともてはやされ、皇太子の婚約者になれた。
順調で、セオドアも地位も名誉も……すべてが手に入ると思っていたのに……!




