第26話 最終戦②
「アマ……アラン様!?」
ミレーヌの前に立っていたのは、確かにアラン様だった。
隠れ家を出る前のような憔悴した様子ではなく、少しやつれてはいるものの、以前のような覇気がある。
そしてその隣にいるのは――。
「ネズさん!! 目覚めたのね!!」
カマーベストをつけた黒衣の美青年が、背筋をピンと伸ばして凛々しく立っている。
「はい。大変ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
本当にネズさんだ……また声を聞くことができて嬉しい……!
綺麗にお辞儀をする、以前よく見ていた姿に感極まる。
「本当によかった……よかったね」
私と同様に目に涙をためて喜んでいるヴァンが、アラン様に近づいて声をかける。
「みんなのおかげだよ。ありがとう」
笑顔で感謝を伝えてくれるアラン様と一緒に、ネズさんも「助けていただきありがとうございました」と丁寧に頭をさげてくれた。
「ネズさんが回復したのは、ずっとアマネ様が付き添っていたからだよ」と言うと、隠れている目越しにも瞳の輝きが伝わってきた。
私の声が聞こえていたアラン様の方は、少し恥ずかしそうにしている。
久しぶりに主従の尊さを浴びることができて嬉しい!
「今朝、みんなを見送ってから考えたんだけど、やっぱり僕だけでも力になろうと思ったんだ」
アマネ様は一人でも、応援に来てくれるつもりだったのかと驚く。
「みんながネズのためにも千羽鶴を作ってくれたから、改めて僕もひとつ作ってから出発することにしたんだ。できたものをネズの手に握らせたら、みんなが作ってくれた千羽鶴と一緒にひかり始めて……ネズが目を覚ましてびっくりしたよ」
「もしかして、おれたちが作ったのはひとつ足りなかったのかな? アランのひとつで完成して効果を発揮したのかもしれないね」
ヴァンの言葉を聞いて、アラン様が作った最後のひとつで目覚めるなんて、ネズさんらしくて素敵だと思った。
どんな状況でも主一筋なネズさんに頬が緩んだが、体調の方は大丈夫なのだろうか。
「ネズさん、もう動いても平気なんですか?」
「はい。問題ありません。むしろ、停止していた分、体がなまっておりますので、動かした方がいいでしょう」
そう言って剣を振って見せるネズさんにアラン様が苦笑いを浮かべる。
「ネズったら、起きたらすぐに状況確認を初めてさ。僕も二人に加勢しに行くつもりだったって話したら、すぐに出発するって起き上がったんだよ」
いつもキビキビと行動していたネズさんらしいなと、私たちも苦笑いを返した。
「……とにかく、みんなでこのでかぶつを倒そう!」
「はい!」
ゆっくりネズさんの復帰を喜びたいところだけど、今はとにかくニーズヘッグを倒そう。
力強い援軍を得たから、きっと倒せる!
「ネズ、行くよ」
「はい」
アラン様とネズさんが見事な連携で、硬い鱗を剥がしてどんどん斬り込んでいく。
「負けられないな!」
「良いとこ取りをさせるわけにはいかない」
駆けだしたヴァンと、ニヤリと笑っているノクトさんに負けないよう、私も魔法で強化した弓を打ち込んだ。
「ルー……じゃなくてルネ! 精霊と『浄化』を願って歌って欲しい! 言葉はなくていい! 祈りを捧げながら声で旋律を紡いでくれ!」
急な要望に焦ったが、アラン様が言うのだから、ニーズヘッグを倒すためには必要なことなのだろう。
「分かりました……! 精霊たち、お願い! 私と一緒に歌って!」
そう呼びかけたあと、少しでも効果があるように大精霊様のお姿を思い浮かべながら、ニーズヘッグが放つ『穢れ』をすべて洗い流すような『浄化』を祈った。
この感覚は、カエルだった頃の大精霊様のイボから流れていた黒いものを洗い流していたときと似ている。
そういえば……あのとき大精霊様はケロケロと鳴きながらも旋律を奏でていた。
――あれを歌おう
ケロケロでは歌いづらいので『ラ』に変えて、その旋律を辿る。
「さすがルネ! 一気に弱った……て、えっ!!!?」
アラン様だけではなく、全員が私の方を見て驚いている。
いや、目を向けているのは私の背後だ。
振り返ると、私の絵よりもずっと美しい大精霊様の姿があった。
お姿は大きく、顔を見るには見上げなければならないほどだった。
「大精霊……クレアヴェル様?」
私が尋ねると、大精霊様はウィンクをして歌い始めた。
一緒に歌いに来てくださったんだ!
理解した私は再び歌い始めた。
私と大精霊様の浄化を願う歌が王都に響く――。
「決着をつけるぞ!」
アラン様のかけ声を皮切りに、ニーズヘッグに一斉攻撃が始まる。
そして、私が心地よく歌い終わったときには――。
「もう二度と見たくないな」
「まったくだわ」
アラン様とヴァンがトドメを刺していた。
ああっ、推しがかっこいい!!
二人の攻撃が決まると、ニーズヘッグの体は霧散するように消えた。
私たちの勝利……王都を守り切ることができた!
静寂が一瞬、辺りを包み――それを打ち破るように、誰かが「やったぞ!」と叫んだ。
次の瞬間、戦っていた騎士たちの間から、一斉に歓声が湧き上がる。
「勝ったぞーっ!!」
「王都を守り切った!」
「やった、やったぞ!!」
仲間同士で抱き合い、武器を高く掲げる騎士たち。
涙ぐみながら地面に座り込む者、倒れ伏す仲間の無事を確かめる者、皆がそれぞれの想いで勝利の余韻に浸っていた。
重い戦いだった。
それでも、アマネ様たちが守ってきてくれたこの王都を守り抜くことができたのだ。
結局助けて頂いたけれど、戦い抜けたことを誇りに思う。
安堵したら疲れが襲ってきたが、誰も怪我をしていないか、周囲を見て確認する。
私たちはみんな無事だし、セオドアたちも無事だけれど……騎士たちの中には怪我人もいるようだった。
戦いを終えた安堵と怪我人の治療を急ぐ声が混じり、混とんとしている中、アラン様はミレーヌの前に立った。
「ミレーヌ。君、『デメリット』システムを使えるんだろ」
「…………!」
アラン様の追及に、ミレーヌは目を見開いた。
ただならぬ空気を察知してか、ルシアン様とセオドアもこちらに注目した。
次第に騎士たちもこちらに目を向け始め……。
注目されていることに気づいたミレーヌが顔を青くしていく。
「デメリットシステム……ですか?」
「僕が使っている神の力、あるだろ? これのこと」
首を傾げた私に、アラン様はいつも談話室で使っている画面を見せてくれた。
「こいつは、僕が唯一使えない項目――『魔物操作』の部分を使えるんだと思う」
それを聞いたヴァンは何か思い出したのか、「あっ!」と大きな声をあげた。
「そういえば、そんな機能があったわね……。魔物をたくさん倒すと経験値を得てレベルアップできるから、強くなりたいときは魔物の数を増やしたり強くしたり、逆に時間をかけたくないときは減らしたり弱くしたりできるっていうシステム――」
「それって、『魔物を抑える』というミレーヌの力と似ているわね……?」
私の言葉にアラン様はうなずき、どんどん顔色が悪くなっていくミレーヌに冷たい視線を向けながら話を続けた。
「魔物の強さや出現ポイントも選べるから、自分の都合のいいように調整していたんだろう。ただ――こいつは弱い魔物ばかり出したり、そもそも数を減らしたりばかりして、まともに戦闘も経験しなかったからろくに経験値が入らなかったんだと思う。その結果、実力不足でニーズヘッグを操ることができず、『弱体化』の効果も通じなかった」
どうやらアラン様は、ミレーヌがニーズヘッグに対して何もできなかったのを見ていたらしい。
予想が図星だったのか、ミレーヌは悔しそうにアラン様を睨みつけている。
そのやり取りを見ていた周囲の騎士たちが、ざわざわと小声で話し始めた。
「『予言』とか『抑える』能力じゃなくて……『魔物を操る』、だと?」
「なんか……不吉な力だな」
「ひょっとして……本当は聖女なんかじゃなくて、魔物に近い存在なんじゃ……?」
その囁き声はミレーヌの耳にも届いていたようで、彼女の表情はみるみる険しくなっていった。
やがてミレーヌは囁いていた騎士たちを鋭い目で睨みつける。
彼女の視線に気づいた騎士たちは、ビクリと肩を震わせ、「ひっ……!」と短く悲鳴を上げて、そそくさとその場を後にした。
「……待ってくれ」
ピリピリとした空気の中、大人しくことのなりゆきを見守っていたルシアン様が前に出てきた。
「ミレーヌは自身の能力について、多少偽っていたようだな? それは問題だが……ミレーヌも神子に近い能力を有していた、ということではないのか? つまり、ミレーヌは正しく『聖女』だったのだ」
ミレーヌにまだ利用価値があると思っているのか、ルシアン様は庇いたいようだ。
セオドアの方を見ると、ミレーヌが助けを求めるような視線を送っているのに、ただ困ったような表情を返すだけだった。
「正しく使っていれば、たしかに『聖女』と言えたかもしれない。でも……」
アラン様は言葉を切り、再び冷たい視線をミレーヌに向けた。
何を言われるのか、怯えるミレーヌの肩がびくりと震える。
「君……。魔物を操って、故郷を滅ぼしたな?」