第26話 最終戦①
私たちは状況を見やすい王都外周近くにある高い建物の上にやってきた。
騎士たちは王都の外周と内部に分かれて対応するようだ。
遠くからくる魔物を減らす人員は用意されていない。
前回は防衛塔や黒衣の兵たちの力によって、王都に向かって進行する魔物を減らすことができた。
そのおかげで王都までたどり着く魔物は少なかったが、今回はアマネ様たちの協力はない。
凶悪な魔物が現れるまでの間、私たちだけで魔物を捌き続ける必要がある。
大幅に落ちた戦力を補うため、考えついた手段は『罠』だった。
これなら私も力になれる。
ネズさんの回復を祈ってものづくりをするのと同時に、大量の罠を生産した。
どんな罠かというと、メインは『仲間が敵に見える幻覚をかける』というもので、かなりの数を作った。
魔物の魔力に反応して作動するから、人には無害。
放置すると朽ちてなくなる、終わった後のことも考えた安全使用だ。
私一人で作ったわけではなく、ノクトさんと小人たちも協力してくれた。
みんながいなかったら、十分な量を確保できなかった。
本当に感謝だ。
それを黒衣の兵たちに安全を最優先にしながら、魔物が出現する森や荒野へ設置して貰っている。
魔物の襲撃が始まり、地平線を見つめていると、やがて魔物のシルエットが現れ始めた。
ちゃんと罠が作動するか、ドキドキしながら待つ……あ、大丈夫そうだ。
魔物たちの進行が遅くなり、お互いを攻撃しているのが遠目でも分かる。
騎士たちもその様子に気づいたようで、何が起こっているのかと動揺しているが放っておこう。
罠によって数はかなり減らせているものの、魔物たちは混乱しながらも王都に近づいてくる。
そろそろ遠距離攻撃を得意とするノクトさんと私の出番のようだ。
魔法と弓の攻撃でさらに数を減らしたい。
ノクトさんが雷の広範囲魔法を放つと、一瞬で多くの魔物たちが消し飛んだ。
その光景はまさに圧巻で、彼が国一番の魔法使いであることを見せつけているようだった。
私はノクトさんの魔法で仕留めきれなかった魔物を次々と射抜き、確実にトドメを刺していく。
「さすがだな、ティア」
「さすがなのはノクトさんですよ。すばらしい魔法に見惚れました」
そう伝えるとノクトさんは少し照れ臭そうにしていた。
私も負けていられない。
もっと頑張ろう。
突然始まった魔法と弓での攻撃に、騎士たちがまた驚いている。
軌道を辿って私たちをみつけたようで、ルシアン様たちもこちらを見上げた。
「お前たちも神子の兵だな!? 神子や他の兵はどうした!!」
拡声魔法で話しかけてくるルシアン様に、ヴァンが同じく拡声魔法で返す。
「関係ないね! 汚ヒゲ王太子は話しかけないでくれるかな! 邪魔だから! ヒゲでも剃ってろ!」
こんなときでもヒゲに対する嫌悪感が消えないヴァンに思わず笑ってしまう。
ルシアン様が怒っている様子が見えたが、私は少しリラックスできてよかったかもしれない……。
「ルー! ルーなんだろ! オレを助けてくれたよな!?」
「!?」
セオドアがこちらに向かって何か叫んでいると思ったら……私だと気づいてしまったようだ。
思わずそちらを見ると目が合った。
その瞬間、セオドアの顔が嬉しそうに微笑んだが、私は反射的に顔を顰めた。
セオドアの隣にいるミレーヌは状況を理解できていないようで、私とセオドアを見比べて「どういうこと!?」と動揺している。
「ルー! 返事をしてくれ! 頼むから戻ってきてくれよ! これからも一緒にいよう!」
「…………」
私はセオドアの言葉に、ますます眉をひそめた。
こんな大変なときに、それも部下の騎士たちの前で何を言っているの?
騎士団長なのだから、自分の責任をちゃんと果たしなさい!
……やはり私は、セオドアのことは愛せない。
親のような気持ちにしかなれないと、図らずも今気づいてしまった。
「ティア、大丈夫か?」
「あ、はい。お騒がせしてすみません」
「気にするな。騒いでいるのはあいつらだけだしな」
たしかに、と騒がしい方に目を向けると、セオドアたちが静かになった。
自分たちについて話されていると分かったようだ。
「魔法を一発あそこにぶち込むか?」
真面目な顔でそんなことを言うノクトさんに、思わず「ふふっ」と笑ってしまう。
「お願いします」といいかけだが、言ってしまうと本当に実行してしまいそうだ。
「魔力がもったいないので、放っておきましょう」と笑顔で答え、私は再び弓を構えた。
「ルー! どうしてそんな男に笑顔を向けるんだ!」
「セオ!? 何言っているの!? わたしが隣にいるじゃない!」
「セオドア! ミレーヌもいい加減にしろ! これから魔物が来るんだぞ! しっかりやれ!」
まだルシアン様とセオドアたちは揉めているようだが、もうすぐそんな余裕はなくなるだろう。
私たちで必死に魔物の数を減らしているが、それでも捌ききれなかった魔物が到達してきそうなのだ。
しばらくすると予想通り、騎士の陣営にも魔物が到達し始めたので、戦闘が一気に拡大した。
私とノクトさんも、できるだけ戦力となる騎士をフォローしながら魔物を倒していく。
ミレーヌも戦線で動いており、魔物をしっかりと抑えているようだった。
そのおかげもあり、しばらく戦闘は続いたが、ノクトさんも私も最終戦に向けて体力や魔力を温存することができた。
まだ散らばった魔物たちの姿はあるが、押し寄せるような大群はすでに姿を消していた。
「魔物の波は粗方乗り切ったな。ここからは任せて」
魔物の波が収まり、強敵出現の予兆を感じたヴァンが剣を抜いた。
ラスボスとなる魔物は、王都の入り口前に出現する。
そして、城を目指すルートで進行する。
被害が大きくならないように王都内部に入る前に倒したいところだ。
「……きたな」
地の底から湧き上がるような低い唸りと共に、空が軋んだ。
大地を這う亀裂から黒煙が噴き出し、その中から現れた。
――最後の災厄 ニーズヘッグ
長い胴体のドラゴンで、あまりに巨大で禍々しい。
全身は煤けた鱗に覆われ、その一枚一枚が金属のような冷たい輝きを放つ。
鱗の隙間からはどす黒い瘴気が立ちのぼっており、口には無数の牙が乱雑に並ぶ。
骨の翼が激しく羽ばたき、瘴気が一気に周囲を包み込んだ。
「聖女の力で弱体化させます! セオ、出番だからね!」
「あ、ああ……」
ミレーヌはセオドアに功績をあげさせたいのだろう。
セオドアは攻撃する構えを取り、タイミングを待っていたのだが――。
長い尾が地を薙ぎ払い、セオドアの足元をかすめて土をえぐった。
「…………っ!」
セオドアが驚きと恐怖で顔を引きつらせている。
明らかに弱体化できていないと分かる、凄まじい威力だ。
「そ、そんな……効いていない?」
事態を悟ったミレーヌが何度も弱体化の祈りを捧げているが……。
ニーズヘッグは次々に周囲の建物を破壊していく。
少しでも当たれば大怪我、まともに受けると即死だと分かる尾の攻撃に、セオドアも騎士たちも動けずにいる。
一向にミレーヌの祈りの効果は現れない――。
「ど、どうして!」
「これ以上、王都を破壊されては困る」
ヴァンが駆け出し、ニーズヘッグの尾に一撃を叩き込む。
軌道が逸れ、建物への直撃は防がれた。
そのまま尾を切り落とそうと剣を振るったが……硬すぎて刃が弾かれてしまう。
ニーズヘッグは攻撃されたことに激昂し、怒りの咆哮を上げながら本格的に動き始めた。
巨大な体躯で地面を抉りながら、敵と認識したヴァンめがけて突進してくる。
ヴァンは素早く身をかわしたが、背後にいた騎士たちが逃げ遅れ、土ぼこりに巻き込まれてしまった。
幸い死者はいないようだが……正直、騎士たちは戦力になりそうにない。
セオドアが戦うように指示を飛ばしているが、多くの騎士たちはニーズヘッグの威容に気圧され、動けずにいる。
「ミレーヌ!!」
「やってます!!」
責め立てるように叫ぶルシアン様の言葉に、ミレーヌが苛立ちを募らせる。
必死に祈りを捧げているものの、ニーズヘッグの凶暴さはまるで衰えず、いまだ祈りの効果は現れない。
状況は芳しくない。
ヴァンは見事な動きでニーズヘッグの攻撃をかわし、素早く反撃に転じているが――その鱗はあまりにも硬く、思うようにダメージを与えられていない。
「俺も行ってくる。ティアもここから隙をみて援護してくれ」
「分かりました!」
ノクトさんは魔法で宙を舞い、ヴァンのもとへと急行した。
ヴァンの剣に魔力を注ぎ、炎を纏わせた魔法剣へと強化する。
「……助かるわ。アランがいないと、隙も作れなくて」
「俺が補助しよう」
ノクトさんは自らも魔法で生成した槍を振るって応戦しはじめた。
同時に周囲にも補助と回復の魔法を展開し、サポートをしている。
「同じ『攻略対象』なのに、こうも違うなんてね!」
ヴァンが、ルシアン様やセオドアに冷めた目を向けた。
二人は言われた意味は分からなくても、非難されたことは分かったようで、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
ノクトさんのサポートもあり、やがて硬かった鱗にもわずかに傷が入り始めた。
私は、事前に毒や麻痺が有効だと聞いていたため、毒を仕込んだ矢を狙って放ち、ニーズヘッグの口内に打ち込んでいく。
矢が命中し、ニーズヘッグは毒に侵された。
動きが鈍った隙を逃さず、ヴァンとノクトさんが連携して一気に攻め立てる。
少しずつではあるが、確実にダメージは通り始めた。
だが——ここからが本当の勝負だ。
まだまだ長い戦いになりそうだ。
それに騎士たちはすでに攻撃を受けており、被害も大きい。
これ以上の犠牲は出せない。
ヴァンとノクトさんの見事な連携で、なんとかニーズヘッグの進行は食い止められている。
けれど、大きなダメージを与えるには至らず、少しずつ体力を削るしかない状況だ。
――アマネ様やネズさんたちがいてくれたら……。
そんな弱気な考えが頭をよぎる。
でも、今まで私たちを守ってくれたアマネ様たちのためにも、ここは私たちの力で乗り切らなければ……。
ネズさんが目覚めることを祈って作った千羽鶴は、ギリギリになってしまったが完成させることができた。
アマネ様やネズさんが守ってくれた平和を、私たちの手で守り抜けたことも伝えたい。
――ルル
「?」
一瞬、アマネ様の声がしたような……?
まさか、と周囲を見回してみたが、この場にいるわけもなく――。
アマネ様のことを考えていたから、何かの音を勘違いしたのかもしれない。
とにかく、一刻も早く討伐したいところだが、ヴァンとノクトさん以外は、未だまともに戦えていない。
騎士たちは周囲に残った魔物の掃討には貢献しているものの、ニーズヘッグを前にしては怯んで手を出せずにいる。
激しく動いているヴァンとノクトさんはもちろん、私も長くは持たないかもしれない。
少しでも早く倒したいのに……。
セオドアとルシアン様も討伐に乗り出そうとしているが、圧倒されて動けないようだ。
今回は、功績を奪うために欲しがっている『活躍しているように見える都合のいい場面』すら、作り出すことはできないのだろう。
「何をやっているんだ! ワイバーンを倒したなら、もっと動けるだろう!」
「セオに八つ当たりしないで! ワイバーンを倒したのはあの女だから、この魔物はわたしがなんとかするの!」
ミレーヌも私がワイバーンを倒した、とういう秘密を知っていたのかと驚きつつ、言ってもよかったの? と驚いた。
「……どういうことだ? あの女、というのは誰だ。お前が倒したのではないのか!!」
ルシアン様の顔が怒りに満ちている。
やっぱり、知られたのはまずかったか。
まわりの騎士たちからも怒りや侮蔑の目を向けられ、セオドアは動揺している。
「ち、違う! オレが倒したんだ!!」
「だったらそれを証明してみろ!!!!」
ルシアン様の怒声と騎士たちの鋭い視線が、「お前がニーズヘッグを倒せ!」とセオドアを追い詰める。
「く……くそおおおおっ!!」
自棄になったのか、セオドアがニーズヘッグに突っ込んでいったが――。
「……くっ!」
一撃、また一撃。
剣を振り下ろすたび、硬質な鱗に弾かれて火花が散る。
攻撃はまったく通じず、逆に返り討ちのように吹き飛ばされ、セオドアの体には確実にダメージが蓄積していくばかり……。
何度剣を振り下ろしても鱗に弾かれ、ついには刃にヒビが入った。
むやみに振り回し続けているが、武器が先に限界を迎えそうだ。
それを見つめるルシアン様の表情は、さらに険しさを増していく。
「役立たずがっ! ミレーヌ! お前も早く弱体化させろ!」
「やってるってば!! ……あ」
ルシアン様の怒声にミレーヌが反攻したそのとき、ニーズヘッグの攻撃がミレーヌに向かった。
まずい、誰もミレーヌを守っていない!
誰もがミレーヌの命を諦めたその瞬間――黒い剣がニーズヘッグの攻撃を跳ね返した。
あの剣は……!




