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婚約者に浮気される私に必要なのは『愛される努力』ではなく『推し』らしい!  作者: 花果 唯


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第25話 結果

 騎士が黒の兵を傷つけたことを嘆いた神子は、仲間がこれ以上傷つかないように戦闘から撤退させた。

 ただ、罪のない住民の命は救いたい――。


 それを小さな子どもと同じくらいの知能の下位の精霊でも覚えられるような、分かりやすい歌詞と曲調の歌を作った。

 大精霊様の絵に引き寄せられるように精霊たちが集まってきていたこともあり、私の歌にも多くの精霊が興味を示してくれた。

 歌いながらいろいろな作業を続けているうちに、精霊たちも一緒に歌ってくれるようになった。

 やがてその歌は精霊たちの間に広がり、王都の人々の耳にも届くようになったのである。

 それにより、王都には衝撃が走った。


「不思議な声が聞こえると思っていたが……あれは精霊だったのか!」

「新聞とはまったく違うことを精霊が歌っているぞ! 精霊が嘘をつくはずがない!」

「新聞記者はどういう取材をしているんだ!」


 当然、新聞社に対する疑問の声が大きくなる。

 さすがの新聞社も、今なお聞こえる精霊の歌については、ごまかした記事を書けないようだ。

 問い合わせや抗議も多く、休刊を余儀なくされた。

 煮え湯を飲まされていたヴィヴィは嬉しそうに、追い打ちをかける準備を始めていた。


「この状況ではルシアン様も庇えないでしょうし、そうとなったらこっちのものよ!」


 最近は魔物に備える準備で忙殺され、おかしなテンションになっているヴィヴィが張り切っていたので、新聞社の記者たちは今から逃げた方がいいかもしれないと思った。


 教会の方はどうなったかというと、避難するために訪れていた住民たちに「どういうことなのか」と詰められていた。


「偽物だと言われた神子がなぜ精霊に愛されているんだ!」

「そういえば神子様はもともと教会と縁を切っていたな!? 教会は神子様に信用されていなかったんじゃないか!?」

「教会はミレーヌを聖女と認定したが、本当に聖女なのか!?」


 普段は厳かで静まり返っている教会のあちこちで、怒号が飛び交っていた。

そんな中、大司教は姿を見せず、対応は神官たちに任せきりのようだが、いずれ責任を問われることになるだろう。

 大司教のように権力に執着せず、純粋に神を信じてきた神官たちも、精霊の歌を耳にし、教会の腐敗に気づいたようなので、これから自浄していくことを願うばかりだ。


 そして、城や騎士団の前には、最も多くの人々が詰めかけていた。

 魔物退治で疲労困憊している騎士たちも、その対応に追われている。


「神子は本物だったじゃないか!」

「どうして偽物扱いしたのか、説明してくれ!」


 城に押し入ろうとする人々を、なんとか門の前で食い止めているが、集まってくる人は増える一方だ。


「騎士が黒衣の兵を傷つけたって、本当なのか!?」

「黒衣の兵たちがいなくなったのは、騎士のせいなのか!」

「皇太子と現騎士団長が凶悪な魔物を倒したって話、嘘だって噂されてるぞ!」

「公の場に出てきて、ちゃんと説明しろ!」


 ※



 王太子の執務室――。

 ルシアンは何度も入る『民衆が城に押し寄せている』という報告に苛立ちが募っていた。

 第一の凶悪な魔物を撃退するという成果を上手くかすめ取り、利用してからはうまくいっていた。

 婚約破棄や神子が城や教会から離れたことで失っていた人心を取り戻しつつあったし、ミレーヌがいることで次の魔物を自分たちで倒す算段もできていた。

 それなのに、ここにきて状況が悪化し始めた。

 募る苛立ちをミレーヌへぶつける。


「どうしてこんなことになるんだ……聖女なら精霊たちを黙らせろ!」

「そんなことできません」


 ミレーヌは平然とした顔で応じた。

 その態度がルシアンの怒りにさらに火をつける。


「それならば、お前も精霊に歌わせろ!」

「新聞社にやらせたように、殿下のお力でどうぞ。……お得意でしょう?」


 皮肉めいた返答に、思わず手が出そうになった。

 だが、まだ使い道のある女だということを思い出し、怒りの矛先を別へ向けた。


「セオドア、騎士が神子の兵を攻撃したのは本当なのか」

「はい……それも複数いたようで……」

「では、そいつらを差し出して、内々の協力を申し出る交渉をしてみてもいいか……」

「それは不可能です。彼らは魔物との戦闘で殉職しておりますので……」


 セオドアの返答にルシアンは思わず舌打ちをした。


「どいつもこいつも使えない! もういい、お前たちも失せろ!」


 怒りを抑えきれず、ルシアンは二人を執務室から追い出した。

 廊下を歩き出したセオドアに、ミレーヌがぴったりとついてく。


「ルシアン様ったら偉そうなことばっかり。やっぱり、わたしセオドアと結婚したいな」


 そう言って抱きつこうとするミレーヌを、セオドアは力任せに突き飛ばす。


「きゃっ! 何をするの!」

「うるさい!」


 周囲に誰もいないとはいえ、軽率な行動を繰り返すミレーヌにはすでに我慢の限界だった。


「いい加減にしろよ! お前のせいで、オレは針の筵なんだ! 騎士を軽んじるお前がオレに構うから、みんながオレを嫌うんだ! こんな状況で騎士団長なんて無理に決まってる! それにオレが結婚するのはルーだ! お前なんかと結婚なんてごめんだ!」

「そんな、ひどい……! わたしの方が、あなたの役に立ってるじゃない!」

「ルーの方がオレを支えてくれたし、ルーはワイバーンだって倒してオレに成果をくれた!」

「えっ……?」


 ミレーヌの反応を見て、セオドアは口を滑らせたことに気づく。

 誰も知らない秘密をつい話してしまったのだ。

 まずい――。

 セオドアは慌てて辺りを見回す。

 幸いにも周囲に人影はなく安堵すると、ミレーヌを置いて足早に歩き出した。


「わ、わたしだって、凶悪な魔物を倒させてあげたじゃない!」


 追いかけてくるミレーヌに、セオドアは振り向かず冷たく言い放った。


「でも、結局こんな最悪な状況だ」

「じゃあ、次の強い魔物をあなたが倒したら、誰も文句なんて言わないでしょ?」


 その言葉に、セオドアの脳裏にある光景がよみがえる。

 あの強力な魔物と戦ったときに自分を助けてくれた、美しい水色の髪の青年――。


(きっとまた、ルーも来る……)




 ※




 そしてとうとう、強力な魔物の襲撃がある日になった。

 不穏な気配を映すように、空は分厚い雲で覆われていた。

 明日は青空が広がるように、今日を乗り越えよう。


 ルネの姿になって隠れ家の玄関に向かうと、すでにヴァンとノクトさんが待っていた。

 ノクトさんはもうすっかり元の若さ、二十歳の美青年に戻っている。

 キラキラと眩しい二人の美しさに圧倒されながらも、「おはよう」と挨拶を交わした。


「第一の魔物のあと、いろいろあってどうなることかと思ったけれど……。ルーのおかげでここまで順調にこられたね」


 出発を前にして、ヴィンがこれまでの心境を振り返っている。


 精霊の歌をきっかけに、思惑通りに神子様や黒衣の兵に対する印象が大きく変わった。

 神子様は偽物ではなく本物――。

 王都を守るために尽力してくれていたのに、王太子率いる騎士団の策略により偽りの悪評を広げられ、仲間まで傷つけられ王都を見放したのだ、と多くの人に分かって貰えた。

 まだまだ『完全』とは言えないが、それも今日を乗り越えばなんとかなるだろう。


 ヴィーは、新たに「小さいけれど信頼できる新聞社」を見つけ出し、今回の戦いが正しく記録され、王都の常民たちに届けられるよう手配を整えた。

 また、ノクトさんを通じて教会内の真っ当な信徒たちとも協力関係を築き、サポートも得られているため、きっとうまくいくだろう。


 そしてヴィーを裏切った新聞社の末路はというと――。

 運営陣は人生終了、と言っても過言ではないほどの借金を背負ったようだ。

 王太子と新聞社の癒着の証拠も押さえたようで、「魔物襲撃を乗り切ってからの楽しみができたわ」とよい笑顔を浮かべていた。


 教会の方も大司教は罷免され、上層部は混乱中だという。

 魔物による混乱が治まったら、内部処理による清算をするようだ。

 どこまで自浄作用があるのか分からないが、ノクトさんや小人たちに関する過ちも正してくれると信じたい。


「ルシアン様たちには、魔物を倒してから存分に鉄槌を下しましょう!」

「そうね! 私たちで必ず王都を守りきるわ」

「最善を尽くそう」


 頷き合い、いざ家を出ようとしたそのとき――背後から声が飛んできた。


「行くのか」


 三人で振り返ると、二階へと続く階段の上にアマネ様の姿があった。

 ネズさんに付きっきりで、ほとんど眠っていないのだろう。

 目の下にはくっきりとクマができ、疲れきった様子が痛々しいほどだった。


 私たちは質問に「はい」と答えたのだが、アマネ様は無言のままだった。

 きっと、私たちを心配してくれているのだろう。

 そして、優しいアマネ様のことだから、ネズさんのことがあって防衛から手を引いたとはいえ、戦闘に参加しないことを心苦しく思っているのかもしれない。

 なんとなくそれを察している私たちは、アマネ様に「どうか気に病まないで欲しい」という思いを込めて微笑んだ。


「アマネ様。平和になって、ネズさんが起きたら……みんなで王都を散歩しましょう。アマネ様に見せたいものがあるんですよ」

「ええ。きっと喜ぶわよ。だから、楽しみにして待っていて頂戴」

「俺たちは行ってくる。ネズのそばにいてやれ」


 私たちの呼びかけに、アマネ様は涙をこらえるような顔をした。


「いってきます」



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