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婚約者に浮気される私に必要なのは『愛される努力』ではなく『推し』らしい!  作者: 花果 唯


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第23話 離脱

 作業場から紙と画材を取ってくると、私は一心不乱に描き始めた。


「ティア?」

「大精霊様を描きます! カエルが消えたあとに一瞬、美しい大精霊様の姿が見えたの! カエルの姿を描いたらとても怒っていたから、本来のお姿を描いたら喜んでくださるはず!」


『大精霊様、お願いします! ネズさんを助けて!』


 祈りを込めて描き始める。

 仕上がりに時間がかからないよう、絵の具は水溶性のものを使う。

 あの神聖で儚げな美しさを表現するには、この絵の具の透明感がちょうどいい。

 女神様は月光のような光をまとった長い銀髪に、ドレープドレス姿で虹色の不思議な瞳だった。

 できるだけ忠実にあの美しさを紙の上に表現していく。


「美しいな。それが大精霊か」


 絵を覗き込んできたノクトさんの言葉に頷く。


「うん、ほんの一瞬しか見えなかったから、ちゃんと描けているか分からなくて……きっと、もっと美しいはずなの……うん?」


 突然、ふわっと清々しい森の香りがした。

 同時になんだか懐かしい気配が……?


 ――そうだ。だからもう醜い蛙の姿は描くなよ


 頭の中に直接響いた不思議な声に驚く。

 澄んでいながら威厳があり、霧の中からそっと語りかけてくるような神秘的な声だった。

 もしかして……女神様?


「あ!」


 アマネ様の驚いた声に、意識を引き戻された。

 ネズさんに何かあったのかと焦る。

 思わず筆を置いて駆け寄ると、ネズさんの体が点滅しなくなっていった。


「ティアの絵が、より大きな加護を与えたか。……持ちこたえたようだな」


 よかった……効果があった……。

 ひとまず胸をなでおろしながら、やはり今の声は女神様のものだったのだと確信した。

 女神様、ありがとうございます……!


「ネズ? ネズ!」


 アマネ様が必死に呼びかけるものの、ネズさんの意識は戻らない。

 状況はまだ好転していないのではと不安がよぎったが、ヴィーがアマネ様に優しく声をかけた。


「消滅は食い止められたのだから、あとは目覚めるのを待ちましょう」


 ネズさんの体にすがるアマネ様の背中を、ヴィーがそっとさすっている。

 その光景に、胸が締めつけられた。

 私たちは何も言えず、ただ静かに見守ることしかできなかった。




 風に揺れる木々のざわめきだけが、静かに耳に届いていた。

 どれほどの時が過ぎたのだろう。

 やがて、アマネ様が静かに立ち上がり、私たちに向かって口を開いた。


「ヴィヴィ、ルル、ノクト。僕は……もうこの国なんて助けない。王都なんてどうでもいい。絶対に許さない。『すべての防衛設備撤去』『兵を撤退』」


 アマネ様の冷たい声が響くと、システムの画面が浮かび上がった。

 表示された地図から、塔や壁がどんどん消えていく――。

 実際に今、この地図の通りに防衛塔や王都を守る壁が消滅しているのだろう。

 それを私たちは呆然と見守ることしができなかった。


画面が消えたあとも続いていた静寂を破ったのは、ネズさんを心配する兵のひとりだった。


「……ネズ様には、お部屋でお休みいただきましょう」


黒衣の兵たちがネズさんをそっと抱き上げ、階段を上っていく。

アマネ様も、兵たちに支えられながらその後に続いた。

私も心配でついて行きたかったけれど……。


「ごめん。僕たちだけにして」

「……分かりました。私、ネズさんの意識が回復するまで、祈りを込めてものづくりを続けますね」

「アマネ、わたくしたちにできることがあるなら、何でも言うのよ?」


 アマネ様は私たちの呼びかけに力なく微笑むと、上の階へと姿を消した。




「ネズさん、大丈夫よね?」

「ええ。わたくしたちも、できる限りのことをしましょう」


 もちろん、ネズさんのために動き続けるし、アマネ様にも寄り添う。

 そして、考えなければいけないのは王都防衛のことだ。


 アマネ様は防衛から手を引いた。

 王都としては危機的状況といえる。


「アマネは王都を見捨てるわけにはいかないから助けてくれていたけれど、大事なものをなくしてまで救いたいとは思わないでしょう。怒りを王都全体にぶつけずにいてくれることに感謝しないと。わたくしだったら騎士を切り裂いて、王都も滅ぼしているかもしれないわ」


 私だってそうだ。

 守っていた人たちから、こんな仕打ちをうけるなんて……。

 ネズさんを傷つけた騎士も、騎士がそう動く原因を作っている者たちも許せない!


「私、王都の人たちには絶対に真実を知って貰うわ!! アマネ様がこれ以上悪く言われないように、王都に被害も出さない!! アマネ様が守ってきた王都を、私が守り続ける!! 何ができるか分からないけど……とにかくやるわ!!」


 ものづくりと遠距離攻撃しかできない私だけれど……成し遂げてみせる!


「俺もティアと同じ気持ちだ」

「……ありがとう、ルー。わたくしとしたことが弱気になっていたわ。そうよね、散々アマネや彼らに守って貰っていたわたくしたちが、今度は守る番だわ」


「ヴィクトリア様、ルクレティア様」

「!」


 声をかけられて振り向くと、黒衣の兵たちがいた。


「我々はアマネ様の命令で動きます。それと合わせて、ネズ様からアマネ様を守るように指示を受けております。アマネ様を守るためなら、我らをお使いください」

「あなたたち……」


 彼らの申し出に、胸がいっぱいになる。

 アマネ様とネズさんを慕う彼ら――そして徹底して「アマネ様を守りたい」というネズさんの想いに深く心を打たれた。


「ありがとう」と感謝の言葉を伝えていると、ヴィーが何かに気づいたのか、突然「はっ!!」と大きな声を上げた。


「そうよ、ルー! あなたがいるじゃない! 大精霊の加護を受けたあなたが!」


 活路をみつけたのか、私の手を握るヴィーの目が輝いている。


「精霊に『真実』を伝えて貰うの! 嘘をつける人間が作る新聞より、見ることができない精霊が伝えてくることの方が人々は信じるわ!」

「それはそうだけど……どうやって?」

「ルー、『真実を伝える歌』を作るのよ。どんな精霊でも覚えて口ずさんでくれるような。そして精霊や大精霊に、人々にも届けたいと祈るのよ。そうすれば声も聞こえるようになるわ!」

「!」


 歌、か……!

『歌』が人に『真実』を伝える手段になり得ることを、私は考えもしなかった!

 ノクトさんも「それは名案だ」と頷く。


「精霊の存在を感じられない多くの人々が衝撃を受けて、奇跡を目の当たりにしたと感じるはずだ」

「やってみる!」


 いい結果を生む可能性があるものはどんどんやっていきたい!


 そしてヴィーは黒衣の兵たちにもお願いをした。


「アマネの指示通り、魔物は倒さなくていい。ただ、『住民の命』だけは守って欲しいの」

「構いませんが……」

「あなたたちが撤退したことで、ルシアン様たちがすべての魔物に対処しなければならなくなる。ミレーヌの能力は未知数だけど……やって来ると予想される魔物の数と、こちらの騎士の人数や戦力を考えると、きっと手に負えなくなるはずよ。そこで被害がでたら、手を引いたアマネが責められるかもしれない。それを防ぎたいの」

「理解しました」


 理由を話すと、黒衣の兵たちは了承してくれた。


「すべてに対応することはないわ。騎士が助けられなかった場合だけ、助けてあげて。ただし、騎士はいっさい救わなくていい。こうなった責任は、彼らにあるのだから」

「……もちろんです」


 なるほど――。


 アマネ様と黒衣の兵たちがいなくなり、騎士たちだけで対応することになったが、処理しきれずに被害がでそうになったところを、黒衣の兵たちが住民の命だけは助ける。

 神子は住民の命はだけは見捨てないけれど、王都は見放した。

 そんな状況に真実を伝える精霊の歌が聞こえる、と……。


「さあ、わたくしたちの筋書き通りになるか、王太子たちが上回るのか……。せいぜいがんばって貰いましょう」

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