第22話 祈り
新聞には「ミレーヌが聖女である」と大きく報じられていた。
清らかで無垢なドレスに身を包んだミレーヌの写真も掲載されている。
『魔物の出現を予言し、魔物を抑制する』
その能力についても紹介されており、先日の魔物襲撃の際にもミレーヌが大きく貢献したと記されていた。
そして、王太子ルシアン様と聖女ミレーヌの婚約についても、新聞の紙面を大きく飾っていた。
王都の住民たちも、王太子と聖女の婚約を喜んでいるようだ。
それに伴ってルシアン様への不信感も次第に薄れていった。
そんな中──。
『神子は偽物かもしれない? 魔物討伐は自作自演?』
という疑惑が、突如として浮上した。
「……愚かだわ」
その記事を目にした瞬間、ヴィーは心底呆れながらそう吐き捨てた。
私も驚きを通り越して呆れるしかない。
「ルシアン様や教会が手を引いているのか、あの新聞社の逆恨みでしょう」
新聞社近くの塔をなくしたことで、新聞社は魔物の被害を受けた。
深刻な事態は免れたが記者や配達員が怪我をし、新聞に使う紙も数日分燃えてしまったという。
デマを流す機会が減ってよかったのでは? と思ってしまったけれど、そもそもあの新聞社に使われる紙がもったいない。
読み書きを学べない子どもたちに教材を作って配った方が、何倍も意義がある。
神子は偽物? というデマ記事に対する王都の反応はというと――。
これまで黒衣の兵たちが王都を守ってきたということを、多くの人が知っていたため、当初は真に受ける者は少なかった。
だが、王都内に突如として現れた魔物には、ミレーヌの指示を受けた騎士たちが対応する場面が多かったため、住民には騎士たちの活躍ばかりが目に映った。
その結果、次第に『神子と黒衣の兵』に対する疑念の色が濃くなっていった。
『やっぱり、神子って偽物だったんじゃ……?』
神子を疑い、黒衣の兵を恐れる声が増えていく。
生まれ育ったこの王都を、私は心から大切に思っている。
けれど、そんな私ですらアマネ様たちに申し訳なくて、「もう、王都のことは見放してください」と口に出しそうになった。
恩知らずな人々に怒りが湧いた。
しかし、彼らは限られた情報しか知らないのだから、仕方がないのかもしれない。
すべてを知っていながら真実を広めることができない自分に、ふがいなさばかりが募る。
ヴィーもでたらめを書く新聞社に圧を掛けたり牽制しているようだが、相手は王家が味方をしていることもあり、うまくいっていないようだ。
──そして、事件が起きた。
「ルクレティア様! すぐにお戻りください!」
指輪で変装して王都に出ていた私のもとへ、黒衣の兵が慌てた様子でやってきた。
「な、何かあったの!?」
「とにかく早く!」
ただごとではない様子に急いで隠れ家に戻る。
何が起きたのかは分からなかったが、悪いことだということは察した。
不安に駆られながら家に到着すると、屋敷の敷地に入ってすぐのところに仲間たちが集まっていた。
そして、その中心には横たわるネズさんの姿があった。
「ど、どうなっているの……」
ネズさんの体の至るところが一瞬消えては戻る、という点滅現象を繰り返している。
「ルル!!!! ネズを治して!!!!」
ネズさんのそばについていたアマネ様が勢いよく迫ってきた。
とても狼狽していて、目から涙が溢れている。
見たことがないアマネ様の様子に、私はとても衝撃を受けた。
「ネズが消えちゃう!!!! 早く!!!!」
状況についていけずにオロオロしている私に、黒衣の兵の一人が説明をしてくれた。
「魔物を退治しているときに、突然騎士が攻撃してきたんです。ネズ様は他の兵をかばって……。なんとか帰還することはできたのですが、ネズ様の体が今にも消えそうで……。でも、ルクレティア様の加護を思い出して、みんなのお守りをネズ様のもとに集めたら……何とかそれが効いたのか、消えるのは止まって……」
「システムでは何もできないし、僕の回復魔法では効かないんだ!! お願いだから治して……!!」
私に縋るアマネ様を、ヴィーが支えながら補足してくれる。
「おそらく、本来は消えている状態を加護の力で繋ぎとめているのよ! だから、加護しか効果がないんだわ!」
「……わ、分かったわ……。アマネ様、やってみます!」
すがりついてくるアマネ様をヴィーに託し、何をすべきか必死に頭を働かせる。
動揺していて、どうすればいいのか分からない。
けれど――せめて加護の力が宿るようにと祈りながら、何かを作らなくちゃ……!
「早く形になるもの……!」
「手伝おう。俺が協力すると効果が上がる」
焦る私を落ち着かせるように、ノクトさんが肩に手を置いた。
「千羽鶴がいいわ! 回復を祈る意味もあるの!」
ヴィーの言葉を聞いた兵たちが、すぐに折り紙を持ってきてくれた。
以前作った千羽鶴も持ってきて、ネズさんの傍らに置くと……点滅する速度が落ちた!
「多少存在が安定したのだろう。ちゃんと効果がある!」
ノクトさんの言葉に希望を見出し、私は鶴を折り始めた。
でも、動揺してうまく手が動かない……!
焦っていたら、ノクトさんが私の手を握った。
「落ち着け。工程を分けよう。俺が最初の方を折るから、ティアが完成させてくれ」
「……すみません。分かりました」
最初の工程を折っているあいだに気持ちを落ち着けられるよう、あえて余裕をくれたのだろう。
ノクトさんの言葉で心を落ち着け、今度はしっかりと祈りを込めて折り始めた。
ただ静かに延々と折り続けていると、ネズさんの傍らに戻ったアマネ様が想いを語り始めた。
「突然異世界で生きなければいけなくなって、僕は不安だったよ。強がっていたけど、本当は怖かった。そんな僕にずっと寄り添ってくれたのがネズだった」
いつも飄々としているアマネ様に、そんな胸の内があったなんて気づかなかった。
ちらりとアマネ様の様子を見ると、いつもは覇気があって頼もしい背中がとても小さくなっていた。
堪えきれない悲しみと不安に圧し潰され、まるくなって震えている。
「ネズが消えたらどうしよう……」
微かに聞こえたつぶやきに胸が締めつけられる。
そして、アマネ様のことが大好きで、アマネ様印のおまもりをあげると無表情なのに喜びが溢れていたネズさんの姿が脳裏に浮かんだ。
ネズさん、消えたらだめだよ……アマネ様を悲しませちゃだめだよ!!
嗚咽をあげて泣くアマネ様を見て、私も涙を堪えられなかった。
でも、泣いてなんていられない……!
「もっと効果がありそうなものを作ることができたら……」
「……大精霊が好むものはないか? それなら祈りが大精霊に届くかもしれない」
「!」
ノクトさんの言葉を聞いた瞬間、幼い頃の光景が頭に浮かんだ。
森の木々の間から差し込むまぶしい光。
楽しそうにさえずる鳥たちとはしゃぐ精霊たち。
そして、すべてのイボが消え、カエルの姿もなくなった場所で、一瞬だけ見えた美しい女神の姿――。
「あれだわ!!!!」




