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婚約者に浮気される私に必要なのは『愛される努力』ではなく『推し』らしい!  作者: 花果 唯


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第21話 協会調査

 ミレーヌについて調べるため教会に侵入した。


 俺の顔を覚えている者がいるかもしれないからと、神子が変装の指輪を貸してくれたので、今は女の姿になっている。

「美人すぎて逆に目立つわ」と難しい顔をされたから、灰色の巡礼者装束を着てあまり肌がでないようにした。


 道具から人になるために逃げ出したこの場所に、再び足を踏み入れることになるとは思わなかった。

 主に石材でできているこの建物の中はいつもひんやりとしている。

 無機質な白を基調としたこの光景に嫌悪感が湧いた。


 身を隠しながら教会内を調べてみたが、めぼしい成果は得られなかった。

 だが、大司教の元に少女が訪れていると耳にしたので、もしかするとミレーヌかもしれないと思い、たしかめてみることにした。


 大司教の部屋の近くまでくることはできたが、侵入するのは難しい。

 魔法を阻害するような設備があるので、魔法での盗聴もできない。

 だが、俺には心強い味方がいる。


「……室内の会話が聞こえるようにしてくれるか?」


 俺の手のひらで了承するように跳びはねたのは頭に双葉が生えているマイハギの精霊で、音を共有する力を持っている。

 普段は見えないのだが、この精霊と仲良くなった小人が俺に協力するようにお願いしてくれたので、今だけ視認できるのだ。


 精霊が大司教の部屋の中に消えていくと、中の会話が聞こえてきた。

 大司教と少女の声が聞こえる。


「……とにかく、これで教会としても君を聖女として認められる」

「ありがとうございます」


 ……やはり少女はミレーヌだ。

 ミレーヌを聖女として認める?

『聖女』とは神子と同格の存在だ。

 異世界からきた神の力を持つものを『神子』、この世界で神の力を授けられた女性を『聖女』と呼んできた。


「君の能力は『魔物の出現を預言する。そして、魔物を抑制する』というものでいいのだな?」

「その通りです。先日の王都襲撃でそれを証明できたでしょう」


 ミレーヌが魔物の出現を預言していたから、広場に陣取っていたということか?

 魔物の力を抑制する?

 神子はむしろ強くなった、『強化されている』と感じていたようだったが……。

 何かしら魔物に影響を与える能力を持っているのはたしかなのだろう。

 もし本当に抑制するような能力があるのなら……故郷が滅ぼされそうになったときに力を使わなかったのか?


「王太子様も君の力を実感してくださったようだ。聖女に関することで、もうすぐお越しになるそうだ」

「それって……」

「うまくいったら……分かっているな?」

「もちろん」


 何か密約があるようだが……。

 俺がいたころの教会は、信仰そのものよりも組織としての拡大と経済的安定が重視されているようなところだった。

 ミレーヌを通して王太子と繋がりを持ち、何かしらの利益を得ようとしているのかもしれない。


「うん?」


 廊下に人の気配がした。

 身は隠しているが、みつからないように改めて気配も消す。

 やって来たのは王太子とセオドアだった。

 二人は大司教の部屋に入っていった。


「よくぞお越しくださいました」


 大司教が王太子を歓迎している。

 セオドアは護衛としてきているのかもしれない。

 大司教と王太子は社交辞令な会話を少し続けていたが、すぐに本題に入った。


「改めて確認する。ミレーヌが聖女であることは間違いないのだな?」

「はい。教会としても正式に発表する予定です。それに、王太子様もミレーヌの力を感じたはずです」


 魔物王都襲撃のとき、危険な場所にいたのは、王太子に能力を確認させる意味もあったのか。


「ああ。聞いていた通りに魔物が動いた。おかげで色々と采配することができた」

「もったいないお言葉です」


 ミレーヌが殊勝に感謝を伝えている。


「聖女は神子と同格だ。君には私の婚約者になって貰う。聖女ならふさわしい」

「光栄です……!」


 これには少し驚いてしまった。

 ティアをないがしろにしてまで選んだ女が、他の男と婚約する場面にいるセオドアとやらはどう思っているのだろう。


「セオドア、構わないな?」


 王太子も同じことを気になったようで確認したが、セオドアは淡々と「はい」と答えた。


「これからも怪しげな黒の集団には頼らず、王都は我々だけで守る。頼んだぞ」

「はい」

「……もう神子たちの好きにはさせない」


 用件は終わったようで、王太子とセオドアは早々に帰っていったのだが……。

 ミレーヌがそのあとを追いかけた。

 気になった俺も、精霊に戻るよう呼びかけて追う。


「王太子様、少しセオドアと話す時間を頂けませんか?」

「ふむ……。お前たちの事情も把握している。しっかり話をつけておくといい」

「ありがとうございます」


 去っていく王太子の背中に礼をして見送ると、ミレーヌは空いている部屋にセオドアを連れ込んだ。

 何か企んでいるかもしれないので、こちらの話も聞いておこうと、再び精霊に頼む。


「ねえ、セオ! わたし、皇太子妃よ! セオにもっといい想いをさせてあげられるわ! 早く騎士団長になれるように推薦するわね! 騎士団長になって、王太子妃の警護をしてね?」

「そんなことは望んでいない」


 部屋に入った途端にはしゃぎだすミレーヌと反し、セオドアの態度は冷めている。


「わたしが婚約したことを怒っているの? これは必要なことだから浮気じゃないわ。好きなのはセオだけ」

「そんなことは考えてないし、元々君とはそれほど深い関係になったこともない」

「嘘言わないで! わたしのこと、可愛いって……大事だって言ったじゃない!」

「そんなの社交辞令だよ」

「婚約者より優先してくれたじゃない!」

「それは……」


 痛いところをつかれ、セオドアは言葉に詰まっている。


「もう暗い顔をしないで? そうだ! 甘いものを食べにいきましょう? 服も買ってあげる」

「必要ないし、そんな気分じゃないよ……」

「もしかして、まだあの女に貰った安物の服を着ようとしているの?」

「全部君が捨ててしまったじゃないか!」

「わたしが買ってあげたものがあるんだからいいじゃない!」

「いらない! ルーがいてくれたときはすべてうまくいっていたのに、君に関わってから何もうまくいかない!」


 俺は何を聞かされているんだ?


「結局、この男は自分が一番可愛いつまらないやつだ」


 馬鹿馬鹿しいと呆れた俺は、会話を聞くのをやめた。




 教会を出て変装を解くと、すぐに隠れ家に戻って談話室に向かった。

 ちょうど女性三人が揃っていたので、さっそく報告をする。


「『聖女』だあ? 魔物の出現を預言と抑制?」


 俺の話を聞いた神子は、理解不能の話を聞いたような呆れ顔をしている。


「ケルベロスは抑制されたような感じはしなかったわ。むしろ、本来は本能で抑制するところなのに、それが外れてしまって死に向かっているのに止まらないというか……」


 ティアの言葉にみんなが頷く。


「あ、でも、ルシアン様とセオドアたちのところに現れた魔物は、弱いものばかりだったかも……。ねえ、ノクトさん」

「そうだったな」


 小物を倒して歓声をあげていた恥ずかしいやつらを思い出す。

 たしかに王太子たちは小物ばかり相手していたな。


「うーん……『魔物の出現を預言と抑制』という言葉の通りの能力ではないんだろうね」

「ああ。教会やミレーヌの都合がいいように曲げている気がする」


 俺の感想にも、みんなが同意した。

 魔物に関する能力があるなら、次の魔物襲来は警戒しなければならない。


「別にあいつらが魔物を倒して王都を守ってくれるならいいんだけどさ。まだ何か仕掛けてきそうだし……やっぱり踏み台にされるわけにはいかないんだよね」


 そう零す神子に申し訳ない気持ちが湧いた。

 この国を救うために、生まれ育った世界との縁を断ち切られて連れてこられたのに、王太子に利用されてしまうかもしれない。

 そう思うと、道具として扱われていた自分と重なるものがある。


「それにしても、あの小娘が未来の王太子妃か」

「いい後釜をみつけたじゃない。汚ヒゲと病弱詐欺不幸自慢でお似合いよ」

「だが、ミレーヌの本命はセオドアのようだ。王太子との関係を利用して尽くそうとしていたぞ」


 ティアが複雑そうな顔をしている。

 セオドアがまだティアに執着している様子だったことは伝えない方がいいだろう。

 なるべくあの男のことを考えさせたくないし、関わらせたくない。

 やっぱり俺の方がティアを推していると思う。


「王太子が金づるにされるなんて面白い。女を馬鹿にしたやつが馬鹿にされているんだからザマないね」




――次の日、ミレーヌは聖女だという新聞が世に出回った。

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