第20話 防衛後
「おかえりー!」
「みんな無事! よかった!」
隠れ家に戻った私たちを小人たちが出迎えてくれた。
大きな怪我なく帰ってこられたことを、とても喜んでいる。
中でもノクトさんは、安心して泣きじゃくる小人たちに抱きつかれて揉みくちゃになっていた。
無事に帰ってこられて……この光景を見ることができてよかった。
談話室に入るとすぐに元の姿に戻し、人をポンコツにするクッションに寝転がった。
普段は二つしかないが、小人たちが自分たちの部屋から持ってきてくれたので、それぞれ埋もれている。
「怪我、治す!」
あまり気にしていなかったが、私たちの体のあちらこちらに細かい傷ができていた。
それに気づいた小人たちが、魔法で治してくれている。
動けなくて倒れたままお礼を言っていると、ネズさんが水を持ってきてくれた。
ネズさんも大活躍で大変だったのに、気づかって貰って申し訳ないけれど、とっても助かる……!
ごくごく飲み干し、ひと段落したところでアマネ様が話し始めた。
「みんな、お疲れさま。無事に第一の魔物は倒すことができてよかったよ!」
「本当に怪我がなくてよかったわ」
見る限りでは王都の住人に被害は出ていないし、破壊されたような場所もない。
完璧に近いかたちで王都を守ることができたと思う。
「でもさあ、魔物の流れとか、ゲーム通りじゃなかったのは何でだろう。僕、何も間違ってないはずだけど……ケルベロスも何かおかしかったし……。今思えば、魔物の数も異様に多かった気がする。必ず仲間になるはずの王太子と縁を切ったから、バグッちゃったのかなあ」
アマネ様が「うーんうーん」と唸っている。
想定外の場所から魔物が現れ、王都内に侵入したものは主に騎士団が討伐していた。
彼らがいなかったら、多少被害が出ていたかもしれない。
「ルシアン様やセオドアたちに活躍の場を与えてしまったことが悔しいわね」
「まあ、ちょっとくらい働いた方がいいよ。あいつらは」
アマネ様の言葉に、みんなが苦笑いを浮かべた。
会話が途切れ、みんな疲れでボーッとしていたが、しばらくするとアマネ様は立ち上がった。
「僕、ちょっと散歩してくるよ。ネズ、付き合ってくれ」
「はい」
「あの、お気をつけて……!」
アマネ様に声をかけると、笑顔で手をヒラヒラと振って部屋を出ていった。
どこに行くかは分からないが、王都はまだ混乱しているはずだ。
ネズさんがいるから大丈夫だと思うが、何だか心配だ。
でも……。
「大変だった戦いのあとに散歩ができるなんて、アマネ様の体力はすごいわね」
さすが神子様だと感心していたのだが、ヴィーは悲し気にほほ笑んだ。
「多分、今日の戦いで消えてしまった兵たちを偲びたいのだと思うわ」
「消えてしまった?」
「アマネが神の力で生み出した兵は、攻撃を受けて深刻なダメージを受けると消えるわ。人でいう『死』ね。王都に被害はなかったけれど、アマネの大切な兵だちの中には、被害があったから……」
「!」
「彼らは人ではなく、ゲームではただの一データ。神様が作った人形のようなものだとアマネは割り切るようにしているし、わたくしたちにもそういうスタンスで彼らのことを伝えてくる」
アマネ様がネズさんや兵たちのことを、「人間じゃないから」と言っているのを何度か聞いたことがある。
だから私も、神様の力で生み出された『人ならざる者』だ、という認識でいた。
「でも、実在している姿を見ていると割り切れないわよね。誰よりもアマネが」
アマネ様の気持ちを思うと胸が痛くなる。
それに、身近にいるネズさんのことを「人と変わらない」と思っていたのに、兵たちが犠牲になることにまで思いが至らなかった自分が恥ずかしい。
お守りを渡すだけじゃ足りなかった……もっと私にできることがあったはず……。
「俺たちも悼もう」
「ええ。何か供養のものを作りたいのだけれど……アマネ様の国ではどんな供養の仕方をするのかしら……」
アマネ様に関わるものの方が、彼らもきっと喜ぶはずだ。
「千羽鶴を折りましょう」
「センバヅル?」
「紙を折って鶴を作るの。それを千羽ね。もう犠牲は出さない、と祈りを込めて折るのよ」
「素敵な文化ね」
折り紙の用意がすぐにはできなかったし、日にちがかかりそうだけど……。
ひとつひとつに祈りを込めて、ちゃんと千羽折りたい。
※
「ふざけるな!!!!」
談話室にアマネ様の怒声が響いた。
私は動揺しながら、アマネ様が投げ捨てた新聞を拾って記事を読んだ。
そこには昨日の魔物襲撃について書かれてあったのだが――。
「……何これ!!」
ケルベロスを倒す主力となったのはアラン様とヴァンなのに、『王太子とセオドアがケルベロスから王都を守った』と大々的に讃えられていた。
「見事な切り取り方ね」
ため息をつきながらそうこぼすヴィーの声には、怒りと呆れが混じっている。
掲載されている写真は、ケルベロスと勇ましく戦っているルシアン様とセオドアの写真だ。
でも、二人だけで勇ましくケルベロスと戦っているように見える一瞬を撮っただけ――。
実際には、二人は討伐にあまり貢献していなかった。
ケルベロスに与えたダメージの中で、彼らが与えた分は一割にも満たないだろう。
「この新聞社ってヴィヴィがずっと懇意にしてたところだよね……。まさか、主に僕たちが対応していたことを知らないわけないよな?」
王都の中での戦いだったのだから、新聞記者ならどこかで見ていたはずだ。
いや、こんな写真を撮れているのだから、すべてを目撃していたに違いない。
「……ルシアン様に買収されたのかもしれないわね。これからは付き合えないわ」
ヴィーの声にもますます怒りが滲む。
「新聞社の近くにある防衛塔は移動させるよ。こんな連中を守るために、僕の兵たちを死なせるわけにはいかない」
アマネ様の激しい怒りの中に、深い悲しみを感じる。
無力な私は、慰めの言葉すら出てこない。
ヴィーもかける言葉がないようで沈黙が続いていたが……。。
「ご主人様」
ネズさんがアマネ様にそっと近づいた。
「昨日、使命を全うした彼らは、今も我々と共にあります。そして、ご主人様の命に従い戦うことが、我らの存在意義です。だから……これ以上、心を痛めないでください」
「ネズ……分かってるよ」
アマネ様はそう言ったが、黙り込んでしまった。
ネズさんはまだ心配そうにしているし、ヴィーと私もそうだ。
しばらく見守っていたのだが、アマネ様は「はーっ」と息を吐くと、頭をガシガシ掻いた。
「ごめん、気をつかわせて。もう大丈夫だから」
「アマネ……無理はしないで頂戴ね?」
「うん、ありがとう」
アマネ様はみんなに心配をかけないように、無理に明るく振舞っているのかもしれない。
もう心を痛めて欲しくない……。
次の襲撃に備え、私はもっと頑張らないと……。
決意を新たにしていると、アマネ様が優しい声で話し始めた。
「みんな、千羽鶴を作ろうとしてくれてありがとう。僕も彼らのために折るよ。ほら、ネズ、手伝って」
「承知しました」
アマネ様や仲間のネズさんが作った鶴なら、尚更喜んでくれるだろう。
ここからは鶴を折りながら話をする。
「王都の人たちに感謝して貰いたいわけじゃないけど、僕たちが大きな犠牲を払って得た成果を盗まれるのは許せないね」
「ええ、本当に。あのヒゲが諸悪の根源な気がするわ。何かしそうだったけど、こんな姑息なことをするなんて……。あんな人の婚約者だったことはわたくしの黒歴史よ。ちゃんと国民には真実を知って貰って、あの汚ヒゲの本性を知って貰いましょう。わたくしに任せて頂戴」
ヴィーの目には闘志が宿っている。
新聞社とやりとりをしていたのもヴィーだし、何か反撃をしようとしているのかもしれない。
「俺はティアの婚約者に張りついていた女が気になる」
ノクトさんの言葉に、私たちは手が止まった。
「ミレーヌのこと?」
私の質問にノクトさんが頷く。
「教会の兵が守るということは、それだけの価値があるということだ。それが何なのか、教会に潜入して調べてきてもいいだろうか」
「いいけど……大丈夫なのか? 僕も何か手伝うけど……」
「いや、一人の方が動きやすい。俺は教会で暮らしていたから構造が分かる。調べてくるだけだから大丈夫だ」




