第2話 浮気相手の助言
明るいオレンジ色の髪に高身長でたくましい体の彼——セオドア・クロヴァルは私の婚約者で伯爵家の次男だ。
ピンと背筋を伸ばして歩く姿は凛々しい。
騎士らしい体格の良さと端正な顔立ちで、街行く女性たちも目を惹かれている。
「はあ……」
彼とは恋人というより友人のようではあったけれど、良好な関係を築いてきた。
だから、会える時間がないと言われても信頼していたのに……。
今日だって邪魔にならないか気づかいながらも、一緒に過ごせないかと手紙で誘って断られていた。
それなのに、他の女性と楽しそうにしているなんてどういうこと?
しかも、相手は……私の『気がかり』の元になっている女性だ。
「あ。ルー……」
近づく私に気づいたセオドアが足を止め、顔を引きつらせた。
「ごきげんよう。セオドア」
女性については触れず挨拶をする私に、セオドアは「あ、え、う」と言葉にならない声を出している。
『忙しそうね』と嫌味を言いたくなったけれど……やめた。
あたふたしている彼を見ていると冷静になった。
街なかでみっともない姿を見せることはできない。
「人目がある場所では、誤解を生む行動は慎まれた方がよいかと思います」
威圧するでもなく淡々と話す私に、一層セオドアは戸惑っている。
その様子を見ながら、私は自分の身の振り方を考えた。
恋愛結婚に憧れていたから、セオドアともただ婚約関係にあるというだけではなく、恋人になりたいと思っていたが……。
そういう気持ちだったのは私だけだったらしい。
でも、幼い頃から婚約しているから、セオドアに好きな人ができる可能性も考えていたし、外聞が悪くなるようなことがなければ好きにして貰っていいと思っている。
だから、婚約破棄をするようなことはないが、面目を保つためにも『隠れてやってくれ』ということを遠回しに伝えたのだが……。
「……ご、誤解って何ですか?」
おずおずと尋ねてきたのは、彼の背中から顔を覗かせている女性――ミレーヌ・ロアンだ。
この子と会ったのは初めてではなく、去年から何度か顔を合わせている。
セオドアの遠縁の親戚で小さな町で住んでいたが、一年ほど前に町が魔物に襲われて一人生き残ったという。
病弱な上に精神的なショックも受けたということで、セオドアの家で引き取って面倒をみているのだ。
色白で儚げな印象の、ふわふわとした桃色の長い髪と水色の瞳を持つ、可愛らしい女性だ。
不幸な目に遭っている女性に強く意見を言うのは気が引けるが……さすがに婚約者がいる殿方と腕を組んで歩くのは感心しない。
「ご存じの通り、私とセオドアは婚約しております。さっきのような様子では、不貞を疑われます」
毅然と言う私に答えたのは、ミレーヌではなくセオドアだった。
「いや、ミレーヌは病弱だから支えがあった方が楽なんだよ! だから、腕を組んでいるわけじゃなくて……これは『介助』なんだ。決してルーが疑っているようなことではないから!」
「介助?」
楽しそうにおしゃべりしながら歩いていて、どう見ても『デート』だった。
その言い訳が通ると思うのだろうか。
百歩譲って介助だとしても、デートだと思われる時点で問題大有りだ。
それを言おうと思ったが……言っても無駄かなあと思案していたら、ミレーヌが話しかけてきた。
「セオはわたしを助けてくれただけです! でも、嫌な気分にさせてしまいましたよね……ごめんなさい。わたしが頼りすぎるからいけないんだわ! でも、誰かが一緒にいてくれないと不安で……今でも魔物がやってきた日のことを思い出して!」
「ミレーヌ! 大丈夫だから! ルーも分かってくれるから!」
「セオッ」
「…………」
怯え出したミレーヌをセオドアが支える。
何度か見たやりとりに、私は『無』になる。
境遇は気の毒だけれど……。
同じような謝罪を何度も受けているし、『逃げ道』として使っているのではないかと思ってしまう。
……そんなことを考える自分にも嫌気がさす。
セオドアと距離感が近いミレーヌのことを家族に相談しても「悲惨な目に遭い、両親まで失った可哀想な子なのだから」と諭されてきた。
むしろ私の方が『思いやりがない』『心が狭い』と叱られたこともある。
最近は『私が間違っているの?』『私が不出来な人間なのだろうか』と心が沈みがちだ。
「ルー、ごめん……。でも、本当に何でもないんだ! ミレーヌは妹みたいなものなんだよ!」
責めることを憚って、何も言えなくなった私にセオドアが訴えてくるが……。
「じゃあ、どうして『忙しい』と嘘をついて私の誘いを断ったの?」
「そ、それは……」
『やましいことがあるから』『隠したいから』ではないか、と私は思う。
何にしてもセオドアはミレーヌを選んだのだ。
言動よりも、とった行動の方を私は信じる。
ちらりとミレーヌを見ると、セオドアの後ろで薄らと笑ったような気がした。
「!」
弱弱しい姿しかみたことがなかったのでとても驚いた。
セオドアと距離が近いのは、少し世間知らずなところがあって天然でやっていると思っていたのだが、わざとだったのだろうか。
そんな強かな女性なら、『病弱』というのも疑わしい?
詳しく聞こうか迷ったが、私たちのことをちらちらと見ている人がいることに気づいた。
これ以上注目されては、よからぬ噂がたってしまうかもしれない。
「とにかく、何度も言いますが『誤解を招くような行動』は慎んでください。私があなたに望むのは……もうそれだけです」
「ルー、ほんとに違う! ちゃんと説明させてくれ!」
話を切り上げて去ろうとする私にセオドアが慌てているが、言いたいことは言えたので離れようとしたら――。
「そういう態度が可愛くないんですよ? もっと『愛される努力』をした方がいいですよ?」
「!」
ミレーヌが放った言葉は、大きな声ではなかったが私の心に衝撃を与えた。
私はものづくりばかりしている変わった令嬢だし、大人しい性格だ。
自分の振る舞いや言動が、同年代の令嬢たちに比べて可愛げがないことに自覚はあった。
でも、それを改めて『愛される努力』なるものをしようとしたことはなかった。
「……なるほど?」
結婚後は何かと支えられるように資金を増やしたり、騎士団に作ったものを提供したり、騎士の奥様方とお会いして人脈を広げたり、私なりに努力はしてきたがそれ以前の問題だったらしい。
これは目から鱗だ。
もう愛されたいとは思わないが、『ある程度良好な関係を続けていくためには必要な努力』なのかもしれない。
「わたしはセオドアにいつも感謝を伝えているし、素敵なところは褒めますし、たくさんプレゼントもしています。セオドアもそんなわたしを可愛いって言ってくれますよ?」
「プレゼント?」
ミレーヌが持っているお金は、亡きご両親の遺産だと思うのだが……。
そのお金でセオドアに何か買ってあげているの?
思わず眉をひそめた私に、セオドアはさらに焦りだした。
「ミ、ミレーヌ、何を言っているんだっ! 変なことを言わないでくれ! プレゼントは感謝の気持ちとして貰っているけど、それは家族としてというか……!」
「変なことって何? わたし、本当のことしか言ってないわ!」
そのやりとりは二人でやって貰っていいでしょうか?
まだ騒いでいるけれど、私は構わずこの場を離れることにした。
『愛される努力』について、無性に見識を高めたくなったのだ。
裏切られたショックで立ち止まってはいられない!
「助言、痛み入ります。それでは、失礼します!」
「え、ルー!? 待って!」
必死に呼び止める声がしたが、私はスタスタと歩き始めた。
早く彼女に……親友に話を聞いて貰おう!
曲がり角の前でちらりと二人の様子を伺うと、私を追おうとするセオドアをミレーヌが止めていた。
セオドアの腕を掴んでいる必死な顔には迫力がある。
「あら、結構元気なのね」
『やっぱり思っていたよりも健康そうでよかった』とほほ笑んだあと、私は親友の元へ急いだ。




