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婚約者に浮気される私に必要なのは『愛される努力』ではなく『推し』らしい!  作者: 花果 唯


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第19話 第一の魔物

「とうとうこの日が来たね」


 今日、強大な魔物が王都を襲う――。

 国や私たちには何も分からない。

 けれど、神の力を持つアマネ様には分かる。

 いつもはお茶目なアマネ様が、今日はずっと険しい表情を崩さない。

 その様子からも運命の日がついに来たのだと察することができた。


「負ける気はしないけど……ちょっと緊張するよ」


 苦笑するアマネ様の背中にヴィーが手を添える。


「大丈夫よ。わたくしたちならできるわ」


 ヴィーの言葉に励まされたアマネ様は「そうだね」と笑顔で頷いた。


「ルルはノクトと一緒に防衛塔で待機して」

「分かったわ」


 私たちは指輪を使って変装をすると、それぞれの持ち場に向かった。


 アラン様はネズさんたちに指示を出しながら、自らも前線で戦うようだ。

 ヴァンはそのサポートにつく。


 私たちは指示された通り、防衛塔へと向かった。

 そこは戦場を広く見渡せる状況把握に最適な場所だった。

 ネズさんをはじめとする黒衣の兵たちが、すでに罠を設置して待機している。

 国や教会にも『今日、強力な魔物の襲撃がある』と通告してあるし、新聞を通じて国民にも警戒を呼びかけた。

 家に篭る者もいれば、教会に避難した者もいる。

 だから、現在の王都に住民の姿はない。


 騎士団も王都の内外で迎撃態勢を整えており、王太子ルシアン様やセオドアの姿も確認できた。

 そして、その近くにはミレーヌの姿もあった。

 安全な場所に避難していた方がいいと思うのだが、護衛はついているようだ。

 彼女を守っているのは、教会の兵たちだろうか。

 そこまでして戦場に出る意味はあるのか疑問だが、彼女の希望……?


 とにかく、今は魔物の襲来に意識を集中させよう。

 魔物は大群で押し寄せてきて、最後に現れるボスが凶悪なのだ。


「ティア――いや、ルネ。緊張してるか?」


 魔物がやってくるとされる方角を見つめていると、ノクトさんが声をかけてきた。


「そうですね。でも、怖いというより、どちらかというと武者震いのような感覚です」

「勇ましいな。……始まったか」

「!」


 ノクトさんのつぶやきを聞いて地平を見ると、うごめく異形の影が見えた。

 ――魔物の集団だ。

 かなりの数で、黒い霧のように広がりながら王都に向けて進行を始める。


 

 それに向けて投石器や砲台、防衛塔の弓兵たちが攻撃を開始し、確実に敵の数を減らしていく様子が見えた。

 ただ、魔物は次々と湧いているので、苦しい持久戦になりそうだ。

 私も防衛塔から、生命力の高そうな魔物を選んで狙撃する。

 ノクトさんも魔法で着実に魔物を次々に仕留めていく――。

 対処に遅れが出始めているところには広域魔法を使って周囲の魔物を殲滅し、体制を立て直す時間を与えるというフォローまでできていてすごい。

 かなり魔法を使っているのに、平然としていて魔力が切れる様子もない。

 また老いることにならないか心配だったのだが、この様子だと大丈夫そうだ。


 魔物の進行も、まだ王都から離れたところですべて対処できているので、騎士たちやアラン様たちが陣取っているラインまで魔物が到達した様子はない。


「今のところ、順調だな」

「でも、そろそろ空を飛ぶ魔物が出てくるらしいです。気を引き締めないと」


 アマネ様から教えて貰った情報が書き込まれた地図を確認する。

 ここには『どの地点から、どんなタイミングで、どんな種類の魔物が出現するのか』など詳細に記されている。


「――たしかに。飛翔系が現れたな」


 空を見上げると、翼を持った影がいくつもこちらへと迫ってきていた。

 ノクトさんが小さく息を吐きながら魔法を放ち、魔物を撃ち倒していく。


 遠距離攻撃ができる部隊は飛翔系の魔物に対応しているため、地上を駆ける魔物たちは罠で数を減らしつつも、徐々にアラン様たちの陣地へとたどり着くようになった。

 それでも王都への侵入は阻止できていたのだが、しばらくすると――。


「……聞いていた動きとは違うな」

「え?」


 ノクトさんが指差す先を見ると、王都の広場に待機していた王太子ルシアン様とセオドアがいる騎士団陣営のもとに魔物が到達していた。

 たとえ王都内に魔物の侵入を許したとしても、広場には向かわないはずだと聞いていたのだが……。

 アマネ様から受け取った地図にもそう記されている。


 数は少ないし弱い魔物ではあるが、想定外の動きをしているのはなぜだ?

 その魔物はセオドアが即座に討伐し、騎士たちからは歓声が上がった。


「あんな小物を倒して喜ぶとは……まったく、恥ずかしいやつらだな」


 ノクトさんが呆れたように肩をすくめる。


「とにかく、私たちはやれることをやりましょう!」


 その後も私たちは順調に魔物を討伐していく。

 予想外の場所――王都周辺からも魔物が湧き、ひやりとした場面はあったが、そういった魔物は騎士たちが倒していった。


 もうどれくらい戦っただろうか。

 さすがに疲労がたまって休憩したくなったが、アラン様たちは今も前線で戦い続けている。

 推しががんばっているのに、私がくじけるわけにはいかない。

 推しに恥ずかしい姿はみせられない!

 私は気合を入れ直し、再び弓を握った。


 ひたすら現れた敵を倒す、ということを続ける。

 意識が遠くなっても己奮い立たせ、足に力をいれて踏ん張る。


 そして、とうとう――王都の前についに現れた。

 三つの頭を持つ巨大な黒い獣――ケルベロス。


 漆黒の毛並みに覆われた巨体。

 三つの頭がそれぞれに唸り声を上げるたび、空気が震えた。

 血のように赤い瞳が獲物を探して動いており、鋭い牙からは常に涎を垂らしている。

 油断すれば一撃で命を落としかねない強敵だ。

 各持ち場で魔物を倒し終えた黒衣の兵たちも、続々と駆けつけてきた。


「ルネ、俺たちも行くぞ」

「はい!」


 ノクトさんと私も加勢に向かう。

 既にアラン様、ヴァン、ネズさんが応戦しており、そこにルシアン様とセオドアも駆けつけてきた。

 さらに教会の騎士たちに守られながらやってきたミレーヌの姿まである。


 危険な前線に、なぜ……?


 王都に被害を出さぬよう、私たちは街を背にしてケルベロスと対峙する。

 総攻撃の甲斐もあって、徐々にケルベロスの動きは鈍くなっていった――はずだった。


「……動きがおかしいな」


 ノクトさんの低い声に私も頷く。

 生き物であれば傷ついた箇所を庇い、退く仕草があるはずだ。

 だがケルベロスは違った。 

 まるで傷の痛みすら感じないかのように、無謀とも思える突進を繰り返す。


 まるで――何かに操られているかのように。


「クソッ、やけにしぶといな。とっくに死んでてもおかしくないのに……!」


 アラン様が忌々しげに唸る。

 聞いた話では、三つの頭のうち二つを潰せば瀕死状態になるということだったのだが……。

 すべての頭がまともな動きができなくなった今でも、ケルベロスは立ち上がって戦意を失わない。

 このままでは緊迫した戦いを続ける私たちの方が、早くに力尽きてしまうかも――。


 セオドアもすでに限界が近いのか、足元がふらついた。

 その瞬間――ケルベロスの爪が、倒れかけたセオドアを狙って振り下ろされた。


「あぶない!」


 私は即座に矢を放ち、ケルベロスの前脚を打ち抜いた。

 獣が苦悶の咆哮を上げ、前脚を引きずる。

 尻もちをついていたセオドアが目を見開いて、驚いたように私を見ていた。

 でも、私はかまわず戦闘に集中する。

 

 バランスを崩したケルベロスに、全員がトドメの総攻撃を仕掛けた。


 ルシアン様に続いてセオドアも起き上がり、攻撃に参加してきた。

 それをヴァンは邪魔そうに見ていたが、構わず銀の剣で攻撃をひたすら打ち込んでいく。

 私も矢を撃ち続け、ノクトさんの魔法で大きくダメージを与えた。


 そして最後に――見事な一撃でとどめを刺したのはアラン様だった。


 ケルベロスの巨体が地に崩れ、騎士たちから歓声があがった。


 私は無事戦闘が終わったことに安堵の息を吐いた。

 アラン様やヴァン、ノクトさんと顔を見合わせ、「お疲れさま」と声をかけあう。

 ほんとに疲れた……!

 このまま倒れ込みたいところだが、ルシアン様たちに捕まってあれこれ聞かれるわけにはいかない。


「とにかく帰るとして……考えなければいけいことがありそうだな」


 ケルベロスの亡骸を見てつぶやくアラン様に同意する。


 予想外の魔物の動き、そしてケルベロスの様子もどこかおかしかった。

 気になることはあったが、それでもどうにか討伐は成功した。

 今は勝利を喜び……何より休みたい!


 帰還の準備を始めようとしたとき、ふと視界の隅にミレーヌの姿が入った。


「…………」


 笑った……?


 そういえば戦闘中も彼女は怯えることなく、ずっと平然と様子を見ていた。

 今思えば不気味だ……。

 何かがおかしいと感じたけれど、私たちはこれ以上面倒ごとに巻き込まれぬよう、その場を静かに後にした。

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