第18話 変化
病弱? だからか、ミレーヌはどこか儚い印象だったが、今はなんだか華やかになっていた。
化粧が濃くなったし、装飾が多いチェリーピンクのドレスを着ていて生き生きとしている。
それに反してセオドアは見るたびにやつれていく――。
騎士の制服だから凛々しく見えるはずなのに、くたびれて見えるし老けた気がする。
「幸福度のデフレが止まらない、って感じだな。今まで近寄ってきていた女性たちも離れていったんじゃないか?」
アラン様の言葉にヴァンが頷く。
「そうみたいね。 支えてくれてたルーがいなくなって、うまくいかないことがきっと山ほどあるはずだ」
セオドアにとって私はそんなに大きな存在だったのか、今でも疑問だけれど……。
支えることができていたのなら、私の努力も無駄ではなかったのだと思える。
それと同時に、しなびているセオドアを見ていると「もっとしっかりしましょう!」と活を入れたいようなもどかしさも感じている。
「ルネ、このまま話を聞いてみる?」
「うん……」
ヴァンの質問に頷きながら、彼は私だと気づくだろうかと不安になった。
婚約者以前に幼馴染なのだから、さすがに気づいて欲しいけれど……あまり自信はない。
少しの期待を込めて向かっていると、ノクトさんが小声で尋ねてきた。
「あれが婚約者なのだな?」
「ええ。今のところは」
「今のところ……ということは、破談になる可能性もあるのか?」
「そうだね」
できることなら、これからもみんなと一緒に推し活屋敷で暮らしたい。
でも、全部投げ出して自由に過ごしていることに罪悪感もある。
いつかは家に戻って貴族の娘として生まれた役割を果たさなければいけないだろう。
「婚約破棄した方がいい。俺の方がティアを推していると思う」
「!」
その言葉に思わず目を丸くした。
ノクトさんを見ると、とても真剣と言うか、誇らしげな表情をしていたので思わず笑ってしまう。
「ふふ、ありがとう」
「礼には及ばない。事実を口にしただけだ」
ノクトさんの冗談で気が楽になった。
知らず知らずのうちに、妙な緊張をしていたようだ。
背筋を正し、堂々とセオドアたちに近づいていく。
「お前たちは……!」
私たちに気づいたセオドアが、鬼気迫る顔で迫ってきた。
「ルーはどこだ! 教えなければ、お前たちを誘拐犯として拘束する!」
「わあ、乱暴。不当な権力行使だね」
呆れるアラン様に、セオドアは怒りをぶつけようとしていたが……ふと私とノクトさんに目を向けた。
久しぶりにセオドアの視線を受けて、胸がかすかにざわつく。
「仲間が増えたのか」
私がルクレティアだと気づいている様子はない。
予想していたけれど、少し寂しいしがっかりした。
「ルクレティアが家にいたときは、誘いも断って会わなかったくせに。いなくなった途端に探すなんて、どういうつもりなの?」
「…………!」
ヴァンの言葉にセオドアは苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
「まあ! 素敵な方々ね!」
このタイミングで空気を読まず、ミレーヌが私たちの前に飛び出てきた。
両手を顔の近くで揃えて、可愛らしい仕草をしている。
男性の気を惹こうとしているのだと思うが……四分の三、女性です。
「あなたたち、神子様の仲間なのよね? でも、神子様と一緒にいたら危険よ? 手を切ってわたしたちと仲良くしませんか?」
キラキラと目を輝かせて、今話しかけているその方が神子様です……。
アラン様はというと、上目づかいで誘いかけるミレーヌに、露骨に嫌そうな顔をしていた。
「やだね、ブス」
「!?」
アマネ様ーっ! それはだめです! と思わず声が出そうになった。
いくらなんでもその暴言はいけません!
ひどい言葉を投げられたミレーヌは、目を見開いてショックを受けている。
セオドアはオロオロしているし、ヴァンは笑いを堪えて肩を震わせた。
「俺も嫌だ」
アラン様に続いて、ノクトさんもミレーヌの誘いを率直に断る。
そして笑いを必死に堪えていたヴァンも、まっすぐとミレーヌを見て告げた。
「おれも嫌だ」
「私もお断りします……」
ヴァンに私も続いたことで、全員に断られたミレーヌはぷるぷる震えている。
「類は友を呼ぶ、ってね。君には君にふさわしい仲間がいるからいいじゃないか。じゃあな」
「そうそう。もうおれたちに話しかけてこないでね」
アラン様とヴァンはそう言い残して、ミレーヌから離れていった。
おろおろするセオドアや騎士たちを横目に、私とノクトさんも二人の後を追う。
「……許さないわ。神子一派なんて、第一の魔物が終わったら用無しなんだから」
振り向くとミレーヌが忌々しそうに何かつぶやいていたが、ショックすぎておかしくなってしまったのだろうか。
まあ、セオドアがいるから大丈夫でしょう。
「はー、すっきりしたわ〜!」
セオドアやミレーヌが見えなくなったところで、アラン様が背伸びをした。
「まったく、アランは……そういうところがほんと好きよ」
「ヴァンが筋肉ムキムキになったら恋人にしてあげてもいいよ」
「それは遠慮する」
みんなで笑い合っていると、再び気配ひとつ感じさせずネズさんが現れた。
すぐにアラン様に報告をする。
「目標を発見しました。この先に潜伏しております」
「よくやった! 案内してくれ! 行こう!」
ネズさんを先頭に一気に走り出す――。
「いた!」
バルグさんの奥様から聞いていた特徴と一致する男が、すでにネズさんの部下によって拘束されていた。
偏見かもしれないが、清潔感のないだらしない格好で、昼間から酒場にたむろしていそうな風体の男だった。
整えられていないヒゲ面だし、ヴァンが嫌いそう……。
「盗んだカバンは返してもらうよ」
アマネ様が淡々と告げると、男は途端に言い訳をまくしたてた。
「ほんっと汚ヒゲなんてこの世から消えてしまえばいいのに」
案の定、ヴァンが軽蔑のまなざしをむけている。
「ちょ、ちょっと声かけただけだろ!? 無視されたからムシャクシャして、つい盗っちまっただけだって! 中身も大したもんなかったし! なんでこんな大ごとに……!」
その言葉を聞いた瞬間、アマネ様の全身から黒いオーラが立ち上る。
「……勝手に開けたのか? 推し夫婦のプレゼントを?」
声が低く、そして震えていた。
「万死に値する!!!!」
怒声とともにアラン様が静かに黒剣を抜き、無言のまま高く振り上げた。
さすがに止めないと! と思ったけれど、ヴァンが「大人しく見ていなさい」と止める。
本当に大丈夫!?
アラン様の全身から殺意を感じますが!
「ひっ、ひいぃいいい……わああああああ!!!!」
黒剣が勢いよく振り下ろされ――泥棒の鼻先でピタリと止まった。
泥棒はその場で白目をむき、泡を吹いて気を失ってしまう。
肩をすくめたアラン様は、剣を鞘に収めながらつぶやいた。
「……根性のないやつだ」
ヴァンは「ふん」鼻を鳴らして笑い、私は苦笑いだ。
無事、盗られたものを取り戻し、泥棒のことは騎士団に任せようと木に括りつけて、カバンをバルグさんの元に届けた。
「ありがとう。あんたらの依頼は、優先して受けるよ」
「こちらこそありがとうございますっ!」
推し夫婦から感謝されて、アマネ様はずっと涙を流していた。
そして、「たまに夫婦のマンネリを解消するための当て馬になりたい」と、よく分からないことを言っていた。
壊れちゃったのかな?
それにバルグさんの鍛冶屋が、罠や砲台のことで協力してくれることになったそうなのでよかった。
※
推し活屋敷に戻り、それぞれの部屋で休息を取っていた。
月は高く昇り、屋敷の中は静まり返っている。
でも、私は眠れなかった。
昼に刺激的なことがたくさんあったから、興奮してしまったのかもしれない。
眠れそうにないから、そっと二階のバルコニーに出た。
廊下で出会ったネズさんがココアを入れてくれたので、月を眺めながら飲む。
「眠れないの?」
振り向くと、ナイトガウンを着たヴィーが立っていた。
手にはホットミルクを持っていて、「フィン様のイメージドリンクなの」とほほ笑んだ。
「目が冴えてて……。私の推しが素敵すぎて興奮しちゃったのかも」
「わたくしたちがいい男すぎて、ごめんなさいね」
なんて言いながら私の隣に立つ。
「この隠れ家にきて、色々あったわね」
ヴィーの言葉できっかけになった『あの日』のことを思い返す。
セオドアの浮気をきっかけに、こんな生活をすることになるなんて……。
「ルー、ここに来てよかった?」
「もちろん!」
迷いなく即答すると、ヴィーは「よかった」とほほ笑んだ。
「魔物の襲撃を乗り越えましょうね」
「ええ」




