第17話 推しとの邂逅
第一の強力な魔物の襲来が近づいてきたある日――。
アマネ様と談話室でそれぞれ作業をしていると、ヴィーが駆け込んできた。
「ルー! あなたの分の変装の指輪ができたわ!」
「ほんと!?」
嬉しくて思わず立ち上がった。
目立っている二人と一緒に行動しているせいか、私も少しずつ注目され始めているのを感じていた。
人目を気にせず動けるようになるのはありがたい。
何より二人のように素敵になれるかもしれない、と胸が高鳴る。
「ルル、つけてみてくれよ! 早く! 早く!」
アマネ様に急かされながら指輪を受け取り、緊張しながら人差し指にはめた。
自分の体が光ったのは分かったが、それ以外には何も感じない。
いや、服が変わった。
作業をしやすいようにシンプルなシャツとズボンだったのだが、今は白のコートを着ているように見える。
「変わったみたいだけど、どうかしら?」
「「…………」」
二人に尋ねてみたが、無言のまま私を見つめている。
「?」
「「最高っ!!!!」」
突然動き出したかと思えば、拍手で称賛してくれた。
「すっごい美少年だよ! 自分でも見てみなよ!」
アマネ様は部屋に置いてあった鏡の前へと、私の手を引いていった。
鏡の中には、白のロングコートをまとった細身の美しい男性が立っていた。
余計な装飾のない服は質の良さだけが際立ち、動きに合わせて静かに揺れているのが優雅に見えた。
水色の髪は肩までまっすぐに伸び、光を受けて淡く透けて見える。
顔立ちは中性的で、切れ長の金色の瞳が印象的だ。
私の姿がみんなにはこんな風に見えているなんて不思議だ……。
「あ、おかえりノクト」
鏡の前でわいわいしているときに、外出していたノクトさんが戻ってきた。
ノクトさんはどんな反応をするだろう!
緊張していると、アマネ様が私のことを「お客様です」と紹介した。
気づくかどうか、試しているようだ。
「何を言っている? ティアだ」
「さすがに分かるか」
「さすがも何も……そのまんまだ」
女性から男性になっているのだから、さすがに「そのまんま」ということはないと思うのだが、ノクトさんの目には大差ないらしい。
ノクトさんの外見はまた若くなり、今は三十代くらいになって麗しさが増した。
何かともの作りに興味を持ってくれるのでよく話すようになり、私のことは気軽に『ティア』と呼んでくれるようになった。
「ルー、この姿のときの名前はどうする?」
「あ、名前が必要だったわね。そうね……アマネ様がつけてくださいませんか?」
「僕? いいよ! ルルだから……『ルネ』はどう?」
「ありがとうございます!」
今の私は『ルネ』か……新しい自分になったようでドキドキする。
「変装すると外を歩きたくならない? このまま王都の状況確認をしてこようよ」
「いいわね。ルー……じゃなくて、ルネ。どうかしら? ノクトさんも」
知っている人に出会うかもしれないし、このまま王都を歩くなんて緊張するが……。
「行きたい!」
「俺も同行しよう」
「じゃあ、決まりだね!」
アマネ様とヴィーも指輪を使って変装すると、私たちは意気揚々と王都へ繰り出した。
※
「あの四人、素敵じゃない!?」
ノクトさんも大人の色気がある麗しい男性だし、私たちはとても注目されている。
視線から逃れるためノクトさんの後ろに隠れようとしていたら、アマネ様に「美人×美人の歳の差モノは需要がある」と言われた。
何の話か分からないが、ヴァンが「そういう変換はしないで!」ととても怒っていたので、知らないままでいいのかもしれない。
それにしても――。
「今日も推しが素敵だわ」
前を歩くアラン様とヴァンの姿に見惚れていると、隣を歩くノクトさんがまた驚くことを言い始めた。
「俺のことは推さないのか?」
「えっ」
ノクトさんも素敵だが、『推し』とは違う……。
でも、それを伝えるとしょんぼりさせてしまいそうなので言えない。
どうしようと困っていたら、前を歩く二人が声をかけてきた。
「ノクト、推し強要なんて炎上ものだぞ?」
「そうだぞ。そんなことを言っていると嫌われてしまうからな」
「それは困る。聞かなかったことにしてくれ」
発言を取り消すノクトさんに、思わず三人で笑ってしまった。
「うん? あ、あれは……!!!!」
何か気になったのか、アラン様が猛スピードで駆け出していった。
視線の先を見ると、騎士数人と誰かが揉めているのが見えた。
「泥棒を捕まえて! カバンに大切なものが入っているの!」
「この声は……バルグさんの奥さんだ」
ヴァンのつぶやきを聞いて、アラン様が爆速で走っていったことに納得した。
何か揉めているようなので、私たちも駆けつけることにする。
「絶対に取り返したいの! お願い!」
騎士たちに必死の訴えをしているスタイルがいい金髪の美女がアマネ様の推し、バルグさんの奥様だ。
「どうされました?」
騎士を押しのけるようにして現れたアマネ様は、とても美しい笑みを浮かべて奥様の前にでた。
「あら、あなたは……。よく主人に依頼してくださる方ね?」
「すぅー…………はい、ご主人にはお世話になっております!」
深呼吸の中に『推しに認知されているの心臓に悪いっ』というアマネ様の叫びが聞こえてきたのは気のせいだろうか。
「何か困っているご様子なので、力になりたくて。よかったらあちらでお話を――」
騎士が苛立っているので離れたところで話を聞こうと、アラン様がエスコートの手をさしだしたところで……。
「嫁に触るな!」
四十歳くらいの大柄な男性――バルグさんが全速力で走ってきた。
そしてアラン様の前に立つと、奥様を背中に隠した。
「お、推しに嫉妬されている……!」
聞こえないように声を押さえているが、アラン様がとても興奮している。
バルグさんに睨まれてショックを受けたのかと思ったが……杞憂だったようだ。
「アラン……そんな夢小説みたいな体験ができるなんてずるいっ!」
私なら推しの二人に睨まれたり嫌われそうになったら悲しいのだが、アラン様とヴァンは嬉しいらしい。
「僕の天職、推し夫婦の間男かもしれん。公式ファンブックに載せてくれ」
アラン様、しっかりして!
「他のファンに恨まれたい! そのためにこの世界にきたんだ」
違います! あなたは神子様です!
『推し』について理解できたつもりでいたが、まだまだ奥が深いようだ。
バルグさんは少し落ち着いたのか、奥さんと話し始めた。
「あなたに買ったプレゼントが入っていたの」
「そうだったのか……。お前が無事だったならそれでいい」
奥様が必死に「取り返したい」と言っていたのは、そういうことだったのか。
本当に仲がいい夫婦で素敵だ。
「くっ……推し夫婦がてえてえ……!」
アマネ様が涙を流している。
「バルグさん、奥様。僕が絶対にみつけますので犯人や盗まれたカバンの特徴を教えてください」
怒っていたバルグさんも、真剣なアラン様の気迫に圧されている。
「あなた、この方たちを頼りましょう。泥棒の特徴は……」
奥様は今になってショックの影響が現れたのか、つらそうな様子を見せていたが、バルグさんに手を取ってもらいながら泥棒の特徴について話してくださった。
「ありがとうございます。必ず泥棒を捕まえて工房にお届けするので……。バルグさん、どうぞ奥様を休ませてあげてください」
「あ、ああ……そうさせて貰おう」
バルグさんは困惑していたが、奥様を優先して帰っていった。
「泥棒は僕がみつけるぞ! 騎士なんぞに負けない! ネズ!」
「はい」
隠れ家にいるはずのネズさんが突然現れて驚いた。
「手が空いている兵たちと犯人を探してくれ!」
「承知しました」
返事をすると、ネズさんの姿は消えていた。
「みつけてくれるとは思うけど、僕たちも探そう。まだ王都にはいるはずだ」
逃げて行ったという方向に進んでいくと、パンのいい香りが漂ってきた。
そうか、この先にあるのは――。
「フィン様っ」
パン屋の近くに行くと、店先にフィン君がいた。
くすんだ金色の髪に若草色の瞳で、今日も生き生きと働いている姿が眩しい。
ヴァンは爆発しそうな感情を押さえ、平静を装ってフィン君に近づいていく。
「こんにちは。少し聞きたいことがあるのだけれど、カバンを持った男を見ませんでしたか?」
「……あんたか」
フィン君は頻繁にパンを買いにくるヴァンの顔はもう覚えていて、変な人だと認識しているのか警戒している。
「騎士団にも言ったんだけど、あっちの方に走って行ったよ」
「ありがとう! あと、今あるパンを全部くれるかい?」
「……ありがたいけど全部は困るよ。仕事の帰りに楽しみにして寄ってくれるお客さんもいるからね」
「じゃあ、お金だけ置いていくよ」
「……意味わからないから」
ヴァン、やっぱり私も怖いわ。
少しだけパンを買って、名残惜しそうにしているヴァンを引っ張り、フィン君に教えて貰った方へ行くと騎士団の姿があった。
彼らは泥棒の件とは別件で動いているようだが……。
「あ……」
その中にはセオドアとミレーヌがいた。




