第16話 優れた手仕事
「私、自分の部屋に戻って作業をしますね」
二人が戻ってきたら、すぐに『アクスタ』なるものを作ることができるように用意しておきたい。
談話室をでようとしていると、ノクトさんが声をかけてきた。
「モールドジェルに直接描く方法と、何かに描いて用意した絵にモールドジェルで加工を施す方法があると思うが、どうするつもりだ?」
「両方しようと思います。今はとにかく紙に描いてみようかなって」
「それなら水晶に描いてみるのはどうだ? いくつか持っているものがあるから使ってくれ」
「水晶……。いい仕上がりになりそうだし、モールドジェルに描く練習になりそうですね! ありがとうございます」
嬉しい申し出を受け、さっそく水晶に描くことにした。
ノクトさんの部屋まで一緒にいき、水晶を受け取る。
「よかったら作業を見せてくれないか?」
「いいですよ」
即答してから男性を自室に招くのは問題があると思ったが……作業場の方なら構わないか。
小人たちもよく見学にきたり、手伝いにきてくれるから今更だ。
人の出入りが多いので、もはや自室というより作業室である。
「どうぞ」
「失礼する」
画材を使うので換気のために窓を開けると、庭で遊んでいる小人たちの姿が見えた。
元気な声が聞こえて思わずほほ笑んでいると、隣にきて同じように窓の外を見ていたノクトさんの顔もほころんでいた。
「大きな声を出しても安心して遊ぶことができるのは、幸せなことだ」
これまでの苦労がにじみ出る言葉に胸が締めつけられたけれど、ノクトさんが幸せを感じてくれているのが伝わってきて、私も心から嬉しかった。
「では、さっそく始めますね」
作業台の上に貰った水晶と、必要な道具を出す。
ノクトさんは窓際に凭れて、私の作業を見たり小人たちの様子を見たりするようだ。
いくつかある水晶の中から表面がなめらかなものを選び、油分や汚れをとる。
下絵を描いて水晶の裏から透かし、それを参考にして描いていく――。
私は作業をしている時間が好きだ。
手を動かしながら、考えをまとめたりもする。
『愛される努力』についても未だに学びたい気持ちがあるが、推しを得た私は情熱を知って人としての魅力はあがった気がする。
『恋愛』と『推しを推す感情』は私の中では別物だけれど、推しに向けているほどの熱量をセオドアにも持てることができたら、私たちの関係はうまくいけるのかもしれない。
でも、それができるとは思えない。
私とセオドアの関係は、修復できるものなのだろうか。
いや、修復するべきものなのか……。
そんなことを考え込んでいたのだが、ノクトさんが私をジーッと見ていることに気がついた。
「すみません、黙々と作業しちゃって。何か気になりますか?」
「作業する様子が美しいな」
「え」
突拍子もないことを言われて驚いた。
今まで「令嬢のくせにものづくりに熱中するなんておかしい」とばかり言われてきたから、褒められると戸惑ってしまう。
「あ、ありがとうございます……」
私は職人が作業をする様子に見入ってしまうことがある。
おそらく、それと同じようなことだと思うのだが……びっくりした。
「そもそもの疑問なのだが……お前たちがよく口にしている『推し』とは何だ?」
私もまだ分かっていないけれど、と前置きをして伝える。
「見返りがなくても力になりたい。幸せになって欲しい、好きでいたいと思う存在かしら」
「そうか。だったら俺の推しは君かもしれない」
「え?」
ノクトさんは私を驚かす才能を持っているのでは?
まったく想像していなかったことを言われて思考も手も止まった。
「君のクッキーはすばらしい。あれを生み出せる君には幸せになって欲しい」
えーと……私のクッキーが推し、ということだろうか。
小人たちもノクトさんも、私が焼くクッキーをとても気に入ってくれているので、それなら納得だ。
「『人を幸せにできるもの』を生み出せる君はすごい」
あまり褒められると動揺して筆がブレるのですが……!
心を落ち着かせながら「ありがとうございます」とお礼を伝えた。
「ノクトさんも、小人たちを幸せにしているからすばらしいですね」
そう伝えるとノクトさんは目を丸くしたが、すぐに苦笑いのような笑顔を見せた。
「ありがとう。でも、俺は自分がしたいことをしているだけだ。
そうは言っても、小人たちはノクトさんに救われているのだからとても立派だと思う。
「俺はものを生み出す力――無から有を作り出すことをすごいと思うんだ。君の力を尊敬しているし、憧れる。」
「!」
ノクトさんの言葉に、不意を突かれて胸が熱くなった。
『ものづくり』を否定されてきた私にとっては、救いのような言葉だ。
父が言う『普通の令嬢』らしくしようと思ったこともあったけれど、好きなことを続けてきて本当によかったと思った。
「できた!」
水晶に思い通りに描けて、自分でも驚くほど綺麗に仕上がった。
「モールドジェルが届いたら、絵がはがれないよう加工しよう」
「そうですね」
「ところで……その子どもと大男のどこがいいんだ?」
「それはぜひアマネ様とヴィーに聞いてみてください。存分に語ってくれると思います」
「布教していいの!?」とグイグイくる二人の姿が目に浮かぶ。
一日拘束されることを覚悟して聞いてくださいね。
「失礼します」
開け放っていたドアから、ひょっこりとネズさんが顔を見せた。
防衛施設から戻ったようだ。
「おかえりなさい。アマネ様はまだよ」
「承知しております」
さすが、アマネ様のことは私よりも詳しいか。
「あ、ネズさん! ちょうどいい!」
「?」
渡したいものがあったので待って貰う。
まとめていた袋を取り、ネズさんに渡す。
「これ、ネズさんたちにプレゼントです」
「!」
渡したのは小さくアマネ様の顔のイラストを入れた『お守り』だ。
アマネ様の国ではお守りというものがあると聞いて作ってみた。
「安全祈願の祈りを込めて作りました」
いつも危険と隣り合わせのネズさんたちが怪我をしないよう、少しでも加護が働くように渡したかったのだ。
「素晴らしい……。これを持っていると、ご主人様をそばに感じることができそうです。ありがとうございます」
一つを取り出してみたネズさんは、嬉しそうにお守りをみつめている。
「喜んでもらえてよかったです」
そう伝えると、ネズさんは驚いた顔をした。
「私は喜んでいますか? 人間のように?」
「ええ、そう見えます。よくアマネ様を見て、嬉しそうにしていますよ」
「そう、ですか……? 人ではない我々には、感情はないはずなのですが……」
ネズさんは不思議そうにつぶやいているが、『感情がない』なんてことはないと思う。
主従の尊さを私は何度も観測しているもの!
「あ、公爵家に届いたルクレティア様宛のお手紙を預かって参りました」
用件を思い出しました、とネズさんから手渡された封筒の刻印を見て、思わず溜息を漏らした。
公爵家に届いたと聞いた瞬間に分かってしまったが……やっぱり父からの手紙だった。
読む気がしないが、無視するわけにもいかない。
そう思いながら渋々と封を開け、目を通した。
「…………」
手紙の中身は、思った通りだった。
『得意先に贈り物をしたいから、会談の前に一度帰ってこい』
予想通りすぎて、思わず乾いた笑いが漏れる。
やはり家族にとって私は、『大事な娘』ではなく『使えるもの』だったらしい。
「たっだいまー!」
「戻ったわよー!」
そんな重たい空気を吹き飛ばすように、階段を駆け上る音と元気いっぱいの声が聞こえてきた。
「ルル! モールドジェルをしこたま取ってきたぞ!」
「これでたくさんのフィン様をお迎えすることができるわ!」
二人は両腕いっぱいに抱えたモールドジェルをドサッと床に置いた。
「ま、まあ……こんなにたくさん……よく持ってこられましたね……」
推しのこととなるとタガが外れる二人のことだから、とんでもない量を持ってくると思っていた。
「私の方も、早速描いてみたの。水晶に描いたらすごく綺麗になったわ」
「ほら」とできあがったばかりのものを見せると、二人は目を見開いた。
「うああああああああっ!!!!」
「きゃああああああああっ!!!!」
アラン様とヴァンが同時に崩れ落ちた。
やっぱり推しを浴びると足腰が弱るらしい。
「アクリルブロックじゃん!! いや、これは……クリスタルブロックか!?」
「最高よ!!!!」
興奮気味の二人に押されて、私も思わず顔を綻ばせた。
「仕上げをしてやろう」
ノクトさんがそう言ってモールドジェルを溶かし、水晶に描いた絵をコーティングしてくれた。
これで絵が剥がれないし、いい具合に絵の表面に光沢ができた。
「ありがとう……ノクト、ルー……本当にありがとう……」
「あまりにも尊い……」
推しが泣くほど喜んでくれて私も感無量だ。
「『私たちで生み出したもの』を喜んでもらえて嬉しいわね。ノクトさん」
そうほほ笑むとノクトさんは一瞬きょとんとしていたが、微笑みを返してくれた。
「……そうだな」
※
静まり返った王太子執務室に、私の声が鋭く響いた。
「魔物の討伐はどうなっているのだ!」
自分でも分かるほど、その一言には怒りと苛立ちがにじんでいた。
叱責を受けた騎士は、動揺を悟られまいとしているのか淡々と答える。
「現在のところ、民間への被害は一切確認されておりません」
「……それは騎士団の成果なのだな?」
私の鋭い眼差しが、返答を逃さぬように相手を射抜く。
騎士はわずかに視線を落とし、慎重に言葉を選んだ。
「……騎士団が尽力しているのは、間違いございません」
その曖昧な言い回しが、かえって私の怒りに油を注ぐ――。
怒りを抑えられず、机を叩かんばかりに身を乗りだした。
「では、なぜこのような新聞が出回るのだ! 私に恥をかかせるなと言っている!」
怒りに任せて投げ捨てた新聞が床に広がる。
そこには『王太子への信頼が揺らいでいる』という記事が載っていた。
貴族たちの間でも話題にされていることだろう。
「申し訳ありません」
それ以上の釈明を控えるように騎士は頭を下げて退出していった。
「失礼します」
騎士と入れ違うように一人の従者が入室してきた。
緊張感漂う空気を察しながらも、丁寧に頭を下げて報告をする。
「殿下、教会より連絡がありました。お目通りを願いたい女性がいるとのことです」
「……教会から?」
神子を逃がしてしまったことで、私に対して悪感情を抱いている者もいると聞いている。
だから教会とは距離を置いていたのだが……。
神子の所在について何か情報を得ることができるかもしれないし、出向いてみてもいいかもしれない。
「分かった」




