第13話 ヒロインの運命の相手は高齢者?
耳を澄ませて声を辿ると、30センチくらいの人影が逃げていくのを見た。
精霊かと思ったが……あれはめずらしい種族の『小人』だ。
みんなくすんだ茶色の髪で瘦せており、全身汚れている。
「みつけた! 追いかけっこか? 望むところだ!」
やばい! と繰り返しながら逃げる小人たちを、アラン様は意気揚々と追いかけていく。
本当に追いかけっこのつもりなのか、はしゃぎながら小人を追うアラン様を、ネズさんは『ご主人様かっこいい』とキラキラした目で見ている。
少年のような推しが可愛いし、その従者も主人大好きで可愛い。
推し主従が尊い!
奥に行くと、洞窟の中にこぢんまりとした木製の小屋があった。
湿気で腐っている部分があるので、衛生面や安全を考えると人が住めるところではない。
でも、小人たちは揃ってその小屋の中に駆け込んでいく。
「怖いのきたっ」
中に入ると十人ほどの小人たちが誰かに抱きついて一塊になっていた。
「な、なんだ!?」
もみくちゃになっている小人たちの中心には、長い白髪とヒゲ面の高齢男性がいた。
八十歳くらいだろうか、本当におじいちゃんだ……。
アマネ様と恋愛をする運命にある人、というには高齢すぎるのでは?
「攻略対象者の『ノクト』! 僕たちの仲間になれ」
「どうして俺の名前を知っているんだ……?」
ご老人も小人たちを抱きしめ返しながら、持っていた杖をこちらに向けて威嚇している。
「僕、めちゃくちゃ警戒されてない?」
「それはそうでしょ」
ヴァンがアラン様のつぶやきに呆れている。
「おかしいな。ヒロイン補正が……あ。この姿だからか!」
そうつぶやいたアマネ様は変装を解き、元の姿に戻った。
「女?」
「どうして疑問形なんだ。どこからどう見ても美女だろう。それにヒロイン補正があるはずだから僕のことが気になるはずだ! 言うことを聞け!」
「へ、変なやつ」
「アマネったら。ヒロイン補正を打ち消す唐突さね」
ヴァンの姿で「どうしようかしら」と頬に手を置いて困っている姿を見て苦笑していると、視界の端から視線を感じた。
小人がこちらを……というか、私が持っているバッグを見ている。
もしかして?
「クッキー、食べますか?」
甘いにおいに気づいたのかもしれない。
ぱあっ! と笑顔になって受け取り、すぐに食べた。
他の小人たちもおずおずと近づいてきたので、クッキーを配ると嬉しそうに口に運んだ。
「ああっ、僕たちのおやつが!」
「こら、意地汚いことを言わないの」
「まだありますし、また作りますから」
悲しそうにクッキーがなくなっていく様子をみるアマネ様をなぐさめていると……。
「え?」
クッキーを食べた小人たちの体が白く輝き始め……。
光がおさまると、彼らの髪が赤や青、黄色にピンクと色とりどりになっていた。
痩せた体や服はそのままだが、顔の血色もよくなって健康的な印象になった。
「それを食べたら、小人たちの魔力が増した? 俺にもくれ!」
ご老人が駆け寄ろうとしていたけれど、立ち上がれない様子だったので近づき、しゃがんでクッキーを一枚差し出した。
「どうぞ」
「…………」
私の顔を見て固まっているので首を傾げたが……。
「あ、もしかして、手も動きづらいですか? では、口を開けてください」
口元まで持っていくと、動揺していたけれど食べてくれた。
「まさか……枯渇していた力が少し戻った」
「え!?」
「ええ!?」
小人たちが食べかけていたクッキーを、次々にご老人の口に突っ込みはじめた。
「ノクト! 元気!」
「たべて!」
「ぐっ! お前たち、待って……窒息する!」
どうやら小人たちはご老人に元気になって貰いたくて食べさせたいようだ。
でも、このままだとクッキーがのどに詰まって死んでしまうので慌てて止めた。
「いくらでもあげるから、ゆっくり食べさせてあげて! 今はお水を……!」
「水!」
今度は水! と連呼しながら、葉っぱで作ったコップの水を次々と飲ませようとしている。
これじゃ水責めになっちゃう! と慌てて止めた。
何とか落ち着いたところでご老人をみたら、小人たちと同じように血色がよくなって肌にもハリがでていた。
クッキーの効果か分からないけれど、小人たちの願いが叶ったようだ。
「元気になってよかったね」
「!」
小人たちとご老人に向けて微笑むと、みんなの顔が赤くなった。
「そういえば家庭的な女性っぽいセリフを選んだ方が、好感度が上がるキャラだったな」
「ヒロイン補正より、元々の好きな女性のタイプの方が強いかもしれませんわね」
何やら後ろで話し合っている二人に顔を向けると、アマネ様が「ルルのおかげでうまくいきそうだよ」とほほ笑んだ。
首をかしげる私の肩に手を置いて、アマネ様は小人たちに語りかけた。
「僕たちの仲間になるとルルのクッキーをいつでも食べられるし、ルルと一緒にいられるぞ? 小人どもも、ルルと一緒にいたくないかーい?」
「一緒! いる~!」
嬉しそうに声を上げる小人たちにノクトさんは困惑顔だ。
「お、お前たち……」
「小人は大賛成みたいだけど……君はどうする?」
「……俺に何をさせたいんだ?」
「話が早くていいね! 王都を襲う魔物の撃退に加勢して欲しいんだ」
「魔物の撃退? ……話を聞こう」
それからアマネ様は自身が神子であること、そして魔物の襲撃があることを話し、私にも見せてくれた地図のようなもの『神様の力』を見せて証明していた。
「理解した。魔物を退けられるなら……俺がいなくなってもこの子たちは安全だ。こんな俺にできることがあるのか分からないが協力する」
ご老人は納得して、私たちの仲間になることを了承してくれてホッとしたが……『いなくなっても』?
「君はこのまま、縮まってしまった寿命で朽ち果てる覚悟かい? でも、僕の手を取ってくれたからには……そうはならないんだ」
「?」
「さっそく君に現時点で浮いているポイントをぶっこむぞ!」
アマネ様は不思議そうにしているご老人の手を握る。
すると、二人の体が光彩色の光に包まれた。
「な、なんだ? この感覚は……!」
怯えたご老人がアマネ様の手を振り払おうとするが、アマネ様は両手でしっかりと握り直すとさらに光が強くなった。
私は眩しくて思わず目を閉じる――。
何も見えないが、とても暖かくて神秘的な気配を感じる。
「……よし、全部使った!」
しばらくするとアマネ様の声が聞こえ、薄っすら目を開けると光は消えていた。
そして、ご老人は――四十代くらいの男性になっていた。
「若返った!!!?」
「本来分散されるポイントをすべて投入したのだから、目に分かるほど若返るとは思っていたけれど……予想よりもかなり若返ったわね」
「ノクトはね、小人を守るために魔力と生命力を使い果たしてしまったんだ。だから、本来は二十歳の若者なのに、おじいちゃんになってしまっていたんだよ。僕がポイントをつぎ込むことで、回復して若さも戻るんだよ」
助けたいと言っていたのは、『仲間にしないと近いうちに老いて死ぬ』ということだったのか……。
「女! もっと戻る!?」
「女、じゃなくてアマネだよ。一緒に過ごしていたら、僕のポイントとルルの加護で本来の年齢に戻れるかもね」
「やったー!」
「ノクトとまた遊べる~!」
呆然とした様子で、若くなった自分の手や顔を確認しているご老人――いや、ノクトさんのまわりを小人たちが嬉しそうにくるくる回っている。
その光景にヴァンが感極まったのか「よかったわね」とハンカチで目頭を押さえている。
私も胸がいっぱいになり、ほろりときた。
その横でアマネ様は「うんうん」と頷いている。
「これでさらに王太子たちが活躍する余地をなくせるな」




