第11話 争わないで
「ヴィー!? どうしたの!?」
糸が切れたかのように倒れたヴィーを心配して駆け寄ろうとしたら、地を這うような姿勢でこちらに迫ってきた。不気味! 怖い!
「きゃ……きゃわわですわああああっ!!!!」
そのままアマネ様の手からフィン君ぬいぐるみを奪い取ると、赤ん坊を抱くように優しく腕に収めた。
「うわぁ……妖怪『推しを浴びたオタク』だ! いいねえ、こっちまで幸せになるよ!」
アマネ様は笑っているが、ついさっきまでアマネ様も同じような感じでしたよ?
とにかく、ヴィーもとても喜んでくれて嬉しい。
「わたくし、推しが二次元から三次元になった衝撃をずっと呑み込もうとして……咀嚼し続けているけれどまだのどを通らないの! 消化までほど遠いの! 一生口に残るかもしれないこの衝撃を抱えたまま公式グッズを渡されたら、立っていられるはずがないじゃない!」
「公式ではなくない? フィン君が認めてないじゃん」
「公式であれ」
「願望で昇華させようとするな」
ヴィーの早口に私の思考はついていかないのだが、アマネ様はしっかりと対応されているので任せよう……。
「ルー! あなたやっぱり天才だわっ! パンまで可愛い……しかも表情差分まで……何てっ……何て尊いのっ!」
ヴィーは緩んだ顔で力いっぱいぎゅっとぬいぐるみを抱きしめている。
少し前の麗しいヴィーしか知らない私なら、別人だと思ったかもしれない。
でも、今のヴィーの方が私は好きだ。
「写真を撮るわ。お花を持ってこなくっちゃ! あとパン、パパパ、パンパンパンが必要だわっ!」
「パンパンパンは草。落ち着け……ってヴィヴィ! 君、カメラを持っているのか!?」
写真機――カメラはとても高価なもので、この国では個人で持つようなものではないので私もびっくりした。
「推し活ハウスには必要でしょ」
「天才」
ウィンクして誇るヴィーに、アマネ様が称賛の拍手を送っていたが……。
「アマネ、あなたには使わせてあげないわよ?」
「ええっ!? なんで……なんでだよ~~~~!!!!」
アマネ様は絶望して地面に突っ伏し、バンバンと床を叩いている。
打ちひしがれるアマネ様にヴィーは容赦なく言い放つ。
「自分で買いなさい。これはわたくしの推し専用よ。ほら、若草色でしょ?」
カメラは黒のものしか見たことがなかったけれど、ヴィーはちゃんと推しカラーで注文していたようだ。
「お願いだよ~~~~!! カメラって死ぬほど高いだろ!? お貴族様しか買えない代物だろ!? 貸してくれよ!! 僕らは運命共同体、一蓮托生って言ったじゃないか~!!!!」
「そんなことを言っていないわよ。捏造しないでくれる? 大体、あなたなら大金をはたいて推しカラーにして『推しのために用意したもの』を、『他人の推し』のために使わせることができるの!?」
「そ、それは……!! でも、『他人』って悲しいこと言うなよ! 僕たちは一心同体だろ!?」
「一心同体ならフィン様を推しなさい! わたくしは同担可よ!! ただし、ガチ恋勢は拒否!!」
説得できずに「ぐぬぬ」と唸っていたアマネ様だったが、突然すばやく動き……ヴィーのフィン君ぬいぐるみを奪った。
「このフィン君がどうなってもいいのか!」
「!!!!」
人質のようにぬいぐるみを掲げるアマネ様に、ヴィーは絶望の表情だ。
「それは卑怯よ!! なんて卑劣で下劣なの!!」
「好きなだけ罵ればいいさ! ハハハハッ!!」
ヴィーが悲鳴のような怒声をあげているが、もはや寸劇のような二人のやり取りに思わず笑ってしまった。
とっても楽しくて私もずっとニコニコになっていたのだが……止めた方がいいかも?
私は隙をみてフィン君ぬいぐるみとバルグさんぬいぐるみをアマネ様から奪い取った。
「仲良くしましょう?」
フィン君とバルグさんのぬいぐるみを手を繋がせるようにして見せると、二人が「「可愛い~~~~」」と眉を下げて顔を緩めた。
「ルーと推しに言われたら……仕方ないね」
「そうね。まあ、仕方ないから使わせてあげるわ」
「ありがとう!!!!」
仲直りした二人は、さっそく写真撮影会を始めた。
ああでもない、こうでもないと言って、細かな差分で写真を撮り続けている。
今度撮影用のクッションなども作ってあげよう。
「ねえ、ルーお願いがあるんだけど」
ひとしきり撮り終えて満足したのか、ヴィーがカメラを置いて話しかけてきた。
「何?」
「そこに線が引いてあるでしょ?」
「あ、うん」
ヴィーが指差す部屋の壁に、若草色の千と黒の線がある。
何だろうと気になっていた。
「それ、推しの身長なの。そのサイズに合わせて推しの写実な絵を描いてくれない? 実物と同じ大きさの写真はできないの」
「僕からもお願いするよ! 等身大パネル、欲しすぎる」
「あ、うん……わかったわ……」
あれってフィン君とバルグさんの身長だったのか……。
推す方法とは無限なのだな、と二人には感服した。
「やった~!! じゃあ、推し活の神様であるルルに感謝を込めて、お礼をしよう」
「そうね」
お礼なんていいのに……と言おうとしていたところで、二人の指輪が光った。
そして現れたもは私の推し――アラン様とヴァンだ。
腕組みをして立っているアラン様の肩に、ヴァンが腕をかけている。
スマートな二人がより麗しく見える。
「素敵~~~~!!!!」
私は条件反射で拍手を送った。
あ、感動の涙が!
一瞬で徹夜の疲れが飛び、心が元気ハツラツ! 推しは偉大だ……!!
「アラン様!! ヴァン!! ありがとう!!」
「どういたしまして」
「!?」
近づいてきたアマネ様が私の手をとり、指先にキスをした。
その瞬間、私の世界は止まった。
「…………」
「アマネ、からかわないの」
「いいじゃないか。ファンサだよ」
「お触りは握手会やハイタッチ会以外はご法度よ。あなた、民度の低い界隈を生み出す推しになるわよ」
「チェキ会とか撮影会ならこれくらいあるかもしれないじゃん」
「ないわよ! とにかく駄目!」
「はいはい。気をつけます」
そう言いつつウィンクをしてきたアラン様に、私もとうとうその場に崩れ落ちた。
「ルー!?」
「ルル!?」
アマネ様もヴィーも地に崩れ落ちていたし、推しができると足腰が壊れがちになるのかもしれない。




