第10話 グッズ
私の素敵な推し活ハウスでの暮らしが始まった。
推しを得たことで人生に光が灯ったように明るく、そして楽しくなった。
ヴィーが言っていた通り、推しとは偉大だ。
自分の部屋も好きなようにさせて貰えてとても嬉しい。
白の壁紙のシンプルな部屋で、半分を工房のような作業場にした。
作業台などは塗装しておらず木目がそのまま見えているので、木の温かみがある。
木製の棚もあって、ここに作ったものを並べていきたい。
二人の役に立ちたい一心で、私はさっそく作業場にこもって『推しグッズ』制作に取りかかった。
けれど、自分の道具も素材も、資金すら持ってきていないことに気づき、早々に手が止まってしまう。
そこへアマネ様とヴィーが、惜しげもなく必要なものを一式提供してくれた。
費用はのちほど必ず返すと伝えたのだが、素材に関しては「どんどん使ってくれ!」とプレゼントしてくれたのだ。
しかも私が手に入らないような貴重素材ばかり——!
「この大量の綿……ロックウールだわ」
魔石を混ぜた餌を食べて育った羊の毛を加工したもので、高価な魔法使いのローブにも使われたりする。
「ぬいぐるみに入れる綿として使って」と手渡されたのだが……そんな贅沢な素材を本当に詰めものにしてしまっていいのか正直戸惑う。
この糸も月の光を吸収させた『月白糸』だし、エルフしか取り扱いをしていないから、滅多に手に入れられない森樹墨で染めた布まである。
「ちょっとしたボタンとかも魔獣の角や鱗を加工している貴重なものばかりね……」
アマネ様は「魔物退治をしていて手に入れたり、対価として貰ったものがほとんど」と言っていたが、お一人で騎士団くらいの戦力があるのでは……?
神子という存在は、想像していたよりもはるかに偉大なようだ。
受け取った素材を、見れば見るほど恐れ多くなっていくが……。
同時に、初めて触る素材たちに胸が高鳴る!
職人魂に火がつき、気づけば徹夜で作業していたが……後悔なんて一つもない。
好きな場所で、好きなものを、好きなだけ作れるなんて幸せすぎる!
寝ている場合じゃない! 意識が途切れたら寝る!
そのくらいの気持ちだったが……倒れてしまえば二人に心配をかけてしまう。
さすがにそこは自重して、短い仮眠だけは取った。
グッズの他にも、ついでに庭の木に吊るすオブジェも作った。
アマネ様と従者の彼、そしてヴィーと私を模した小さなもので、玄関の近くにかけてきた。
こっそりつけてきたので、二人は気づいてくれるのかと少し楽しみにしている。
作ったものを見せたくて談話室に行くと、神子様がクッションに凭れて何かしていた。
正確に言うと私の推しは『アラン様とヴァン』なのだが、同一人物であるアマネ様にももちろんドキドキする。
「アマネ様、ごきげんよう」
「やあ、ルル……って眠れなかったのかい? 目の下にクマができているよ」
「徹夜しちゃって……。さっそく色々と作ってみちゃいました」
つくったものを入れてぱんぱんになった袋を抱え、アマネ様の隣にお邪魔する。
まずは最初につくったものを見て貰おう。
「アラン様とヴァンのぬいぐるみを作りました!」
20センチくらいの小さめのぬいぐるみで、まずはアラン様の方だが——。
髪は黒が美しい森樹墨で染められた布を使い、目はレアな赤い黒真珠をはめ込んだ。
布には汚れ防止の魔法加工を施し、月白糸を欲しい色に染めて丁寧に縫った。
中にはもちろんロックウールを詰めており、柔らかさと形の安定を兼ね備えている。
ヴァンの方は、ゴージャスな赤髪を表現するために光彩加工を施した。
全体の質感を揃えて違和感がないようにするのが難しかったが、可愛いうえに麗しいぬいぐるみにすることができた。
また、服の刺繍や装飾類にもこだわった。
ヒドラの鱗を初めて加工したが、毒々しかったものを妖艶に仕上げることができたので、とても達成感を得られた。
こちらも、もちろんロックウールを詰めている。
それぞれ一体で、上級冒険者の装備を整えられるくらいの費用がかかった。
素材の良さはもちろん、私が持てる技術のすべてを注ぎ込み、自信を持って作った一品だ。
世界で一番上質で愛らしいぬいぐるみだと思う。
何といっても、モデルがアラン様とヴァンなんだもの!
「わああああっ! とっても可愛いね!? 自分がこんな素敵なぬいぐるみになっているなんて、何だか不思議な気分だなあ。嬉しいよ!」
アマネ様がそっと両手でぬいぐるみを抱えた。
いろんな角度から見ならが、目を輝かせている。
そんなアマネ様に、私は得意げに追加情報を伝えた。
「剣を持っている『戦闘仕様』もあります」
本物の剣と同じものを作ろうと思ったけれど、安全性を考えて切れない素材にした。
魔樹の樹脂で作っているので加工しやすく、見た目をそっくりにすることができた。
「えー! すごい! 剣も僕たちが持っているものと同じじゃん!」
「さらにシャツとパンツだけのラフな『休日仕様』も——」
「すご。こんな姿でルルの前にでたことはないから、もう妄想で作っちゃってんじゃん」
勝手に休日のアマネ様を想像して作っていたことを指摘されて気づいた。
自然に脳が働いていたことに我ながら引いてしまったが、アマネ様が笑ってくれているので照れてごまかした。
「あ、あと……」
「まだあるの?」
ぬいぐるみ作りがとても楽しくて、ついたくさん作ってしまった。
私の推しの次に作ったのは――。
「!!!! ああああああああっ!!!!」
アマネ様に渡したのは鍛冶屋のバルグさんのぬいぐるみだ。
無骨そうな鋭いまなざし、仕事をしているときの姿で、手には仕事道具のハンマーを持っているが、これは外すこともできる。
「推し~~~~っ!! ハンマー持ってる~~!! 可愛いねえ~~っ!!」
キリッとしていていつもスマートなアマネ様が、悲鳴のような声をあげてふにゃふにやの緩い表情になってしまった。
アラン様&ヴァンのぬいぐるみが完成したときの自分と重なり、思わず笑ってしまう。
「これもあります」
豪快に笑って腕を組んでいる別バージョンのバルグさんぬいぐるみを差し出すと、アマネ様は目を見開いた。
「表情差分まであるの!? しかも貴重な笑顔! 神!!!! いくら渡せばいい!? 僕、自他ともに認めるケチなんだけど、生涯収入を差し出すよ!!」
アマネ様の言葉に思わず笑いながら「お金は受け取れません」と恐縮する。
「喜んで頂けたらそれでいいんです!」
「え~いいの!? いや、神供給を無料で受けるなんて罰が当たりそうだけど……っ! 無料もルルもバルグさんも特大大好き!」
「あははっ! ありがとうございます!」
あまりにも素直な気持ちを吐露するアマネ様にまた笑ってしまった。
「ヴィーにもフィンさんぬいぐるみを作りました。ほら、この通り」
「わー! パンが可愛いね! 絶対喜ぶよ!」
ヴィーの部屋にあったパンの看板が可愛かったので、細長いバゲットを持たせてみた。
パンはサンドイッチに変えることもでき、エプロンも着脱式だ。
こちらも表情差分としてお店に出ているときの笑顔と、女の子をかばおうとしていたときのような勇ましい表情の二体だ。
我ながらとても可愛くできたと思う。
「あ、手を止めさせてしまってすみません。何か作業されていたんですよね?」
アマネ様の前には透明な絵のようなものが浮かんでいる。
先ほどはそれに手を触れて何かされている様子だった。
アマネ様はバルグさんぬいぐるみをひざに乗せて並べたあと、私に解説を始めた。
「これはシステム――神様から貰った能力で王都の防衛機能を高めているんだ」
「そんな重要なことをされていたのですか! お邪魔してすみません」
慌てて謝ると、「ちょっと疲れてきたなあってときに、特大の供給を貰えて嬉しい限りだよ!」バルグさんぬいぐるみを撫でながら笑ってくれた。
集中が途切れたりしていなくてよかった……。
「言葉にするとすごく難しいことをしているみたいだけれど、そうでもないんだ。僕がどういうことをしているか教えてあげる。おいで」
同じ目線で見られるよう、すぐ隣にくるようにと呼ばれた。
近距離で並ぶなんてドキドキする。
特にアマネ様は優雅な男性のような仕草をするから心臓に悪い。
「これから強力な魔物が襲撃してくることは話したね。その魔物――『ボス』がくるまでも魔物はやってくるし、増えていく。だから、常に王都が壊滅しないように守り切らないといかない。僕には守るための神の力があるんだ」
「これは……王都の地図ですか?」
「そんな感じ。今日は王都の周囲に……こうやって壁を作ったんだ。あと弓兵を配置する防衛塔とか。さっそく新聞にも載ったよ。ほら」
そう言って渡してきた新聞を受け取る。
新聞を広げると、取材を受けているアマネ様と王都をぐるりと囲っている壁の写真が大きく載っていた。
「取材を受けて魔物襲撃についても話してきたのですね」
「うん。ヴィヴィに手配して貰ったんだ。僕がやっていくことは、新聞を通して王都の人たちに伝えていくことにした。王族や国、教会の人間にいいように利用されたくないからね。ちゃんと国の人たちとは関係を切って、個人で国を救うと主張してきたよ」
アマネ様が指差したところには『国の人たちと信頼関係が築けず不信感を持ったため』と書いてある。
「国の操り人形にはなりたくないし、王太子がヴィヴィを捨てて僕に乗り換えようとしたクソだから、って言ったんだけどね」
さすがにそのまま記事に載せることはできなかったのだと思うが、アマネ様は不服そうだ。
「でも、ヴィヴィのおかげですっきりしたよ」
そう言って次に指差したところには、ヴィーのことが書かれてあった。
「ルシアン様とヴィーの婚約破棄について書かれてありますね。何の非もないのに一方的に破棄されたこともちゃんと書かれてある……」
ヴィーは『王家からの通達』という証拠も出したようで、強気に王家を批判しているような内容だ。
「王都での声はヴィヴィに同情的だね」
ヴィーからすると同情されるのは嫌だろうけど、悪いことをしていないのに責められるようなことにならずにすんでよかった。
「これで『婚約破棄はなかったことに』とはいかなくなったね。僕とヴィーに逃げられてどうするんだろうね? あのヒゲは」
他の令嬢……となっても、ヴィー以上の娘はこの国にはいない。
周辺国にも条件が合うような姫君はいないだろうし、それなりの方を選ぶしかないだろう。
「君の方はどうだい? 家とか婚約者に動きはあった?」
「特に何もないと思います」
私の関係者は誰もここにいることを知らないから、連絡をしてくるようなこともない。
二人のような有名人ではなく世間を騒がせることもないので、目立った動きはないはずだ。
「あのぼんくら、婚約者がいなくなったのに何もしてないの? ほんと、しょうもない攻略対象ばかりだよねえ」
アマネ様にまでぼんくらと言われているセオドアが少し不憫だが、近頃のセオドアだと仕方ない。
「そういえば……どうして、アマネ様とセオドアの関係を噂されるようなことになったのか分かりますか?」
「さっぱり分からないな。護衛してくれたときに少し話したくらいだよ。まあ、主人公と攻略対象という、一応運命的な繋がりは用意されているから、まわりには特別に見えたのかもね」
「なるほど……?」
周囲が勘違いしやすいというのも、用意された運命を辿りやすくするための補正なのだろうか。
そんなことを考えていたら、でかけていたヴィーが帰ってきた気配がした。
「あ! そのフィン君ぬいぐるみ、僕が渡してもいいかい?」
「ええ。どうぞ」
いたずらっ子のような顔をしたアマネ様が、扉に体を向けて待ち構える。
すると、すぐに扉が開いてヴィーが姿を現した。
「『おかえり、ヴィクトリア!』」
「!!!!!!」
アマネ様の両手にあるフィン君ぬいぐるみを見たヴィーは、瞬時にその場に崩れ落ちた。




