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第1話 見てしまった

 晴れの王都はにぎやかだ。

 そろそろおやつどきということもあり、スイーツを食べながら歩いている人や買い物を楽しんでいる人たちとすれ違う。


 私はルモワーヌ侯爵家の娘、ルクレティア。

 貴族なのだがお供もつけず、一人でのんびりと王都を歩くのが好きだ。

 服装も高級なドレスではなく、自分で作った白のワンピースを着ている。

 裾に小花の刺繍をお気に入りの糸で施してあるのが、このワンピースの好きなところだ。


 周囲に馴染めているからか、危険な目に遭ったことはない。

 昔は家族も「もっと貴族の娘らしくしろ」と言ってきた。

 でも、私は昔から服を一から仕立てたり、工作するため自分用の工具箱を持ったり、道具を作って絵を描いたり、何かを作り出すこと――『ものづくり』が好きで没頭してきた。

 嗜む程度なら教養として許されたと思うが、突き詰めるタイプで職人的なことをしてきたので、ほどほどにしなさいと窘められてきたものだ。


 でも、最近は事業をしている父の取引相手が私の作品を気に入ってくれて良い結果に繋がったり、母の友人に配ったものの評判がよかったりするので「好きにしろ」と許して貰っている。


「また何か材料を調達しようかしら。あの道具屋、前はなかったわね。見覚えのない看板……なんだか、妙に気になるわ」


 布だったり花だったり木材だったり、気分次第で好きなものを買うのが楽しい。

 咎められることもないので王都の雰囲気を楽しんでいたのだが、仲睦まじく歩いている恋人たちを見かけて少し胸がチクリと痛んだ。

 私にも親が決めた婚約者がいるのだが、最近ほとんど会えていない。

 今までは一緒に行けていた祭りも今年は忙しいと断られたし、よほど大変のだろう。


 彼は新人騎士だが、去年『ワイバーンを倒す』という功績をあげたので、色々と特別な任務を与えられているそうだ。


「無理していないといいけれど……」


 体力がある騎士とはいえ、怪我をしたりしていないか心配だ。


「あら」


 花壇の上を虫が飛んでいると思ったら……ツノがあるトンボのような姿の『精霊』だった。

 本来、人間は精霊の姿は見ることができない。

 でも、まれに私のように見ることができる者もいる。


 私は幼児の頃に巨大で不気味なカエルを助けてあげたことがきっかけで見られるようになった。

 蛙の恩返しで、不思議な世界を覗かせてくれるようになったのだと思っている。


 あのとき幼かった婚約者も一緒にいたのだが、彼はカエルが怖くて逃げてしまったから精霊は見えない。

 勇気を出しておけばよかった、とあとから悔しそうにしていたことを思い出して笑みが零れそうになった。

 そんな怖がりだった彼が、今は立派な騎士となっているのだから応援してあげたい。


 ……『気がかなりなこと』はあるけれど。


「ルクレティア様! いらっしゃいませ!」


 昔をなつかしんでいる間に目的地に到着した。

 庶民に人気のスイーツ店の女性店主がほがらかな笑顔で私を迎えてくれた。

 この店にはよくきているので店主とは顔なじみだ。


「ゆっくりしていきますか? この通り満席だけど……ルクレティア様なら特別にお席を用意しますよ!」

「いえ、今日は手土産のケーキを買いにきたの。とても繁盛しているわね」


 若い女性が楽しそうに談笑している店内を見回す。

 大通りからは離れている隠れ家的な店だったため、初めてみつけたときはほとんど客がいなくて静かだったのだが今は大賑わいだ。


「ルクレティア様が描いてくださった広告のおかげさ! ルクレティア様は商売繁盛の女神様だよ!」


 客がいなくて私と店主の二人だったときに、「広告を用意したいけどお金がないから自分で作るしかない。でも、それに必要な才能がない」という話を聞いた。

 私は絵を描くのも好きだから、ここで美味しい紅茶とケーキを食べながらゆっくりさせて貰ったお礼に、ポスターやチラシ、メニュー表を描いてプレゼントしたのだ。

 それの評判がよかったようで嬉しい。


 店内に貼られている私が描いたメニュー表を見ると、ケーキの絵にヒヨコのような精霊が集まっていた。

 泡でできているような体でふわふわ浮いており、その可愛さに思わず顔が緩んだ。


 よく見ると、店内のあちらこちらにいる。

 繁盛している店では精霊を見かけることが多い。

 以前はいなかったこの店にも、精霊がたくさんいるようになった。


「それにしても、ルクレティア様は今日も美人だねえ。宝石のような金色の瞳に、その綺麗でサラサラな水色の髪を見ていると爽やかな気分になれるよ。私が男なら放っておかな……って余計なことを言いそうになっちゃったよ。ごめんね」


 親しくなった店主には、婚約者とあまり会えないことを話していた。

『同年代の令嬢はみんな婚約者とでかけたりしているからうらやましい』などという本音をこぼしてしまったこともある。

 今では一人の時間を楽しむことができるようになったし、逆に気を使わせて申し訳ない。


「ふふ、構わないのよ。褒めてくれてありがとう」


 店主にお礼と笑顔を返しつつ、ケースに並ぶスイーツを見ていく。


「今年も桃のタルトを始めたんだよ」


 すすめてくれたのはみずみずしい桃をふんだんにつかったタルトだ。


「とってもおいしそう! これを二つ頂くわ」


 これから友人に会いに行くのだが、このタルトなら彼女も喜ぶに違いない。

 彼女は私よりも身分が高い公爵家の令嬢だが、こうした庶民に親しみがあるお店の商品も好んで食べるのだ。


「ありがとうございました! またくつろぎに来てくださいね」


 手を振って応えながら店を出て、ケーキを見て目を輝かせる友人を思い浮かべながら歩き出す。

 思わず笑みをこぼしていたところで、ふと腕を組んで仲睦まじく歩いているカップルが目に留まった。

 このカップルもデートかな? と思っていたら……。


「!」


 男性の方が私の婚約者だったため固まってしまった。

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