学校の漫談
・夕方の空き教室でしか会えないあの子の話
その子の名前を私は知らない。訊いても教えてくれなかったからだ。
(私のことが嫌いなのかな……)と思い距離を空けるのが、この場合に求められる正しい対応なのかもしれない。
だけど私は、あの子から離れなかった。逆に詰め寄る。
「てめえ、この野郎! アタシに向かってナメた態度とりやがって、ふざけんじゃねえぞコラ!」
ブチ切れる私に、あの子は言った。
「あなた、死にたいの?」
「ああン? 死にてーのはソッチだろボケ!」
「あたしと関わる人は皆、死ぬの」
見るからに陰キャ女子な名無しが、学校の最上級カーストである私に言うべき台詞じゃなかった。頭に血が上る。
(殺してやろうか!)と当時の私は、本気で思った。あまりに怒りに治りかけていた吃音が、ぶり返す。
「こっこっこっこっ」
「コケッコー?」
あの子は小首を傾げて私に尋ねた。全力で否定する。
「ちゃう! ちゃう!」
「チャウチャウ?」
「ちゃいまんがな!」
あの子に私は、不覚にも突っ込んでしまった。すると彼女は舌をペロッと出して頭を掻いたのである。
「(・ω<)」
「てへぺろリアルでやんな!」
再び突っ込みつつ、私は思った――こいつとなら、漫才が出来るかもしれない、と。
新入生歓迎会の出し物で漫才をやりたかった私は相棒を探していた。しかし良い相方が見つからず困っていたのだ。
「ちょっとアンタ、アタシと漫才しない?」
「え、いいけど……でも、あたしと関わったら死ぬよ」
「大丈夫! 人間はいつか死ぬ!」
そして私たち二人は夕方の空き教室でネタ合わせを始めた。すぐに手ごたえを感じた。
(これなら優勝できる!)
だけど、そのとき、恐るべきライバルが学校内の別のところで蠢き始めていたのだった。
・新学期になって部活に後輩が入ってきた!
「新歓イベントで隠し芸の大会があるじゃないですか! あれに出ましょうよ。うちの部を代表して、先輩と僕で」
先輩ことワイ君は困惑した。
「隠し芸なんて、できないよ。それより<小説になろう>への投稿を先に済ませよう」
「なんですか、それ?」
ワイ君は募集要項を見せた。
【「春のチャレンジ2025」のテーマは「学校」です。
日常の一コマ、青春、スクールラブ、魔法学校、俳優養成所などなど、「学校」が舞台の作品であればOK!
文字数やジャンルの指定はございません。
皆様のご参加を心よりお待ちしております!
例えばこんなお話
うちのクラスの担任は謎が多い
試験で負けた方が相手の言うことを一つ聞くことになって……?
などなど】
パソコンの画面に表示された企画概要を見て、後輩は言った。
「つまんない企画ですね」
「おいおい!」
「これはひとまず置いておきましょう、それより隠し芸ですよ」
「俺たちは文芸部だぞ、隠し芸サークルじゃない」
部室の扉がガラッと開いたのは、その直後だった。
「話は聞いた」
「先生!」
部室に入ってきた文芸部の顧問の先生は二人に言った。
「面白いじゃないか、やりたまえ」
後輩は目を輝かせた。
「さっすが先生、話が分かる!」
それからワイ君に言う。
「この先生は謎が多いんですよ、うちのクラスの担任なんですけどね」
「待て待て、先生には特に謎はないぞ」
「本人にも謎だったら大ごとですよ」
そんな二人にワイ君が不満を述べる。
「ちょ、ちょま、ねえ、ちょっと待って下さいよ! 隠し芸なんてやりません! なろうに投稿します!」
謎の多い担任で文芸部顧問の教師は言った。
「なろうの締め切りまでには時間がある。まず隠し芸が先決だ」
後輩がはしゃぐ。
「ですって! 先輩、何やります?」
「そう言われても……」
困り顔のワイ君に先生がアドバイスを送る。
「試験で負けた方が相手の言うことを一つ聞くことになって……? というお題で漫才をやるといい」
ワイ君は頷いた。
「なるほど……それなら、なろうのお題に転用できますね」
「そうだろ?」
後輩が訊ねる。
「先輩は、ボケと突っ込みのどちらをやります? 僕は突っ込みがいいなあ!」
「俺は人前で話すの苦手だから、お前の横で立っているだけにする」
「それ、漫才じゃなくて漫談ですよ」
そして新入生歓迎会の当日が来た。
舞台の袖で出番を待っているとき、あの子は言った。
「あたし、もう行かなきゃ」
「え、どこ行くの? もうすぐ本番なんだけど」
「あたし、死後の世界に行くの」
「あはは、ウケる~って笑ってる場合じゃないや、なにそれどゆこと?」
「あなたとたくさんお喋りしたら、この世への未練が無くなったの。だから、あの空き教室を出られたのよ」
そして彼女は私の手を強く握って、こう言った。
「あなたに出会えて、本当に良かった。ありがとう……それじゃ、さよなら」
あの子の体がフッと消えた。私は空っぽになった手を握りしめ、叫ぶ。
「ちょ、ちょま、ねえ、ちょっと待ってよ! どうせなら本番が終わってから成仏してよ!」
謎の多い教師が現れたのは、そのときだった。
「話は聞いた。漫才の相棒が必要なようだな」
「先生!」
「君と同じように漫才の相棒が必要な生徒がいる。彼と急造ペアで出演するといい」
「いや待って、次が出番なんですけど」
「時間がないな。おい、ワイ君、早く来い」
学校における最低カーストに属する男子が、生まれたての小鹿のように足を震わせて私の前に現れた。
「せ、先生……俺、この子、怖い……」
「怖がっている場合じゃないぞ。病欠している後輩の代わりをやれるのは、この子だけだ」
「でも……」
涙目になっている男子生徒の手に握られた紙の束を、謎の多い教師が奪い取った。私に渡す。
「漫才の台本だ。君たちの漫才より面白い。急いで目を通せ。覚える必要はない。バカだから覚えられませんでした! と最初に言えばつかみのギャグになる。後は朗読劇の要領でやれ。大事なのは間だ。とにかく良いタイミングで、テンポよく喋れ。時間がないぞ。さあ、早く読め」
私の漫才より面白いなんて、ありえな~い! と腹立たしかったが、私は一応その台本を読んだ。驚く。面白い。滅茶苦茶、面白い! 私は低カースト男子を凝視した。こいつは、天才だ!
「なろう! じゃなかった、やろう! アタシと漫才やろう!」
「次の方、順番が来ました。お願いします!」
ステージ担当の生徒が私たちに呼びかける。私は怯える低カースト男子の襟首をつかんで舞台の上に駆け上った。私たちの漫才は最高にウケた。極度のあがり症らしく、低カースト男子は緊張してずっと黙っていた。だから実質、漫才じゃなくて漫談だったけど。
あれから歳月が流れた。私は女漫談家として二代目山田邦子と呼ばれるまでになった。低カースト男子は放送作家になった。舞台だと緊張して吃音になるから、恥ずかしいと言っている。気にするなと私は言うけど、どうしても嫌なんだとさ。私との結婚式で挨拶するのも怖いんだって。人聞きの悪いこと言わないでほしいわ。それじゃまるで、私と結婚するのが嫌みたいじゃないの。