妖精王女の婿取り事情
――ルドミラは困惑していた。
ルドミラ・チタニア=ストーレイは妖精王の娘だ。
その髪は愛らしいミルク色とシェルピンクのグラデーションが美しい柔らかなウェーブ。瞳は美しいラベンダー。そして柔らかな春の空のような、透き通った淡い青さをもつ羽。
彼女は、多くの者たちに愛されて、この15年間幸せに暮らしてきた。
妖精とは200年ほど生きる種族であるが、15歳ほどでほぼ姿形が大人のものになる。
ルドミラも、つい先日15歳の誕生日を迎え、翌月の満月の日には成人の儀に参加する身だ。
故に今は、翌月の満月に向けて、ルドミラは亜麻の繊維と魔力を撚り合わせて成人の儀に羽織る羽衣を織っていた。
誕生日よりも前からずっと取り組んでいたその羽衣は、今ではルドミラの背丈と同じ5フィートほどの長さになっている。
光に透かすと、モルフォチョウの羽のように、角度によって異なる青を見せる美しい羽衣。ルドミラの父、妖精王ハリル・オーベロン=ストーレイの羽の色を模したものだ。
――王家のストーレイという名は、古い妖精の言葉で「開けた地の神聖なるもの」という意味を持つ。倒木などにより開けた場所へ、新たな精霊樹を植え、その樹の下に住まうことを決めた最初の王に由来しているという。
妖精と精霊は極めて密接な存在である。
同じ妖精の胎から子として生まれ、形を持つが精霊よりもマナを操る力に乏しい妖精。
精霊樹より完成された姿として生まれ、マナそのものとして振る舞える代わりに、形を持つことは難しい精霊。
彼らは互いに尊重しあい、協力し合いながら共に暮らしていた。
そして、稀ながら、精霊に「形ある者」が生まれれば——妖精の王家でそれを配偶者として迎えるという契約が、互いの間に交わされていたのである。
――そこで冒頭の、ルドミラの困惑に戻る。
これまで形ある精霊が妖精王家に嫁いできた、という話はいくつか聞いていた。ルドミラの高祖母ロクサナ・シルフ=ストーレイも形ある風であったものだ。
精霊は、樹より出でた時にはすでに成体となっている。故に、形ある精霊は、生まれて間も無く王家との婚姻が組まれていた。
そして、多くは女性の形ある精霊を、男性の妖精王家の者が娶る関係であったのだが。
「男の形ある精霊とか初めて見たんだけど……!」
つい昨日精霊樹の根元に誕生の光をまとい形を持って座り込んでいたのは、アッシュブラウンの髪に黄金の瞳を持つ、6フィートを優に越えようかという無骨な雰囲気の大男だった。
男は自らを「形ある地」セムと名乗っていた。
「しかもふつうのノームよりめちゃくちゃでかいし……」
ノームはふつう5インチほどの手のひらサイズの精霊。ルドミラたち妖精よりもはるかに小柄だ。
基本的にノームは、妖精の手の上に乗ることや柔らかなキノコに腰掛けることなどを好んでいる。ルドミラの友人である地の精霊メアリ・ノーメも、ハシバミのような低木の影や、ルドミラの掌の上などがお気に入りだ。
だからそんなノームが、まさか形を持つとそんなに大柄になるなんて、ルドミラは考えもしていなかった。
しかもそんな彼は、最も間近に成人を控えた妖精王家の子と婚約関係になる——来月には成人するルドミラが、間違いなく婚約相手だろう。
動揺を写すかのように、羽衣の織り目が少しずつずれる。気づいては整えて、再び織り始めては、ぶり返す困惑にまた織り目がずれる。
父王の美しい羽の色が、昨日から織っていた部分だけ、ずれた織り目でラメのように飛び飛びにキラキラと輝いてしまっていた。気づいて整えはするのだが、ちょっとやそっとでは直らないところもある。ルドミラは困惑と焦燥で泣きそうになっていた。
「もう、もう無理……ダメだもう直んないよ……」
「何を直している」
「ヒェッ」
急な声かけに驚くルドミラ。
振り返ればそこには、ルドミラの頭からずっと離れなかった彼――セムが立っていた。その瞳は黄金色に鋭く輝き、ルドミラを見つめている。
「織物か」
「ああっ、えっ、ええっと」
ルドミラは困惑を隠すように織り機の方を再び見る。合わせてセムも織り機を見て、彼もその織り上がりの様子に気づいた。
「魔力の織り込みがうまくいかないのか」
「……その、うまく集中できなくて」
「原因は」
「……原因……」
ルドミラはセムを改めて見る。間違いなく原因は彼が現れたこと、そして形ある精霊は妖精王家と婚姻を結ぶ、という仕来りからくるものではあった。
「……ふむ、俺のような粗野で不作法な男との婚儀を望まぬという気持ちは分からなくもない」
セムはそっと目を背けた。そして、ここに居るべきではないと悟ったかのようにそっと立ち上がり、去ろうとする。
ルドミラは思わず追うように立ち上がり——
「ぎゃ、逆なんです!!」
——とても年頃の姫とは思えぬ大声で彼を引き止めた。
「……逆、とは」
「わた、私、人間の世界のおとぎ話が好きで……それで、たくましくってキリッとして、その、精悍な感じの人に憧れてたんです! そんな人、その、妖精にいるわけないじゃないですか、でも私」
「落ち着け。ゆっくり話すといい」
セムはそっと、ルドミラの肩から背にかけて宥めるように優しく撫でる。彼の手の暖かさが、ルドミラの心に届き、なおも心を騒がせた。
「はひ、あの、私……だから、昨日、樹の下にあなたが座っているのを見て——精霊樹様はもしかして何もかもお見通しで、貴方を遣わしてくださったのではと、そう、思ってしまって……」
動揺を示すようにわたわたと落ち着きなく動く細い指を、セムの骨ばった大きな手がそっと捕まえて、包み込んだ。
ルドミラの白磁のような頬に差していた赤みは、さっと耳まで広がる。
「……俺との婚儀は、嫌ではない、と」
「も、勿論です! 私、私、昨日からずうっと嬉しくて、浮かれて、本当に良いのかなって思うくらい」
「そうか。それを聞けて安心した。俺を厭うあまりに手元がおぼつかないのではと思ってな、あまり苦しめるようならば樹へと帰るべきかと思っていたところだ」
「そんなことを仰らないでください、私、こんなに嬉しいんです……手元がおぼつかないくらいには、嬉しいんです」
ふにゃ、とルドミラは笑った。それを見たセムも、そっと口角を上げ、目を細める。
「なら、よかった」
手をそっとつなぎ直し、セムはその金の双眸でルドミラの美しいラベンダーの瞳を見つめる。そして、今にも鼻が触れ合いそうな距離で、低く、甘く、染み入るような声で囁いた。
「俺も、貴方に一目惚れして樹から出てきたのだ」
その後、無事羽衣を織り上げたルドミラは、まだ少し飛び飛びの輝きが残るそれを広げた。
火熨斗には愛らしい少女が見え隠れする——ルドミラの友人リサ・サラマンドラが、温度を調節しようと炭の隅まで火を行き渡らせているようだ。
「ねえ、ルドミラ。セムと結婚するのよね」
「はい! 私、とても楽しみで、嬉しくて……」
「……貴方、よくいる妖精の男みたいな、ほっそりした美しい男に恋をしなかったことを……今まで不思議に思わなかったの?」
「まったく」
互いの気持ちをすでに確認しあって既に心が落ち着いていたルドミラは、そっと穏やかに火熨斗に魔力を込めていた。飛び飛びに輝く魔力の縒れた織り目は、きっと綺麗になるだろう。
リサはそれを見て、一言、伝えたいと思ったことだけを口にした。
「絶対に幸せになるのよ。あいつのこと、嫌になったら一緒にひっぱたきに行ってあげるんだから」
「ふふ……ありがとうございます、リサ。これからも、いつでも遊びに来てくださいね」
「嫌あよ、遊びに来た時にうっかりそういう真っ最中だったら気まずすぎるわ。もしそんなことになったら二度と暖炉に火を入れてあげないんだから、ちゃんと招いて、ね? 私だけじゃないわ、メアリもよ」
「勿論です!」
リサは、気づいていた。メアリも当然、気づいているだろう。
精霊樹は自らの内に住まう精霊に、伴侶を「用意する」。
――それは妖精王を通し、子を導いて、その精霊を運命とすら感じるように育て上げる。
――導かれた子は、気づくことはない。子を与えられた若き精霊もまた、気づくことはない。
ただ、永き時を見つめてきた、王家に住まう極少数の精霊は気づいている。
真心と愛を尽くして育ててきた愛しい子が、形を持って産まれてきた若き同胞と、運命のように恋に落ちる姿。
それを見続けてきた彼女らのみが気づく、樹の性質であった。
――樹が、永く栄えるための。
ルドミラが去った後の部屋で、火熨斗の上に座ったリサはそっと呟く。
「はあ……ルドミラが選ばれてたなんてね……」
「血が薄まったってだけさ――まあ、四代か。ちっと早かったが、よっぽどセムのやつはルドミラに惚れ込んだんだねえ……」
「やだちょっとメアリ、いつの間にいたのよ」
「あんたが後から来たんじゃないか」
「声かけなさいったら」
結構昔(2019)に書いたやつを改稿しました




