Chapter6:宝物の地図 後編
陸に上がってすぐ、周囲を見渡す。
辺りには、所々に倒壊した建物の残骸とひび割れた道路。この区画が切り離された時期を考えると、おそらくは経年劣化ではなく海底に落下した時の衝撃によるものだろう。
「それでそれで? とりあえず、虹村さんの住んでた家を目指すって事で良いかな?」
弥一がそう聞くと、虹村さんは「えっと、多分……」と不安げに返す。
まぁ最悪おおまかな位置なら、信号の発信源に近づいて行けば目的地の周辺までは辿り着ける。
前を行く虹村さんの後ろをついて抜け殻の街を進んでいく。
夜中でも無いのに誰もいない街というのは違和感が大きい。加えて、遠くの水音すら聞こえてくるような過剰なまでの静けさが何の変哲も無い街をより一層現実離れさせていた。
しばらく歩いた頃、虹村さんがふと足を止めた。
「えっと、着きました。あの角にあるのがうちです」
虹村さんがそう言って一件の家を指差す。ただ、それを見て浮かない顔をする奴が一人。
「どうした? 弥一」
「ん~……いや、どうやらここじゃないみたいなんだよね~」
そう言って、弥一は地図を俺と虹村さんに見せる。
確かに、信号の出ている位置を見れば、俺たちの今いる場所とは大きく離れていた。
「最初は、当然虹村さんの家にある何かだと思っていたけど、どうやら違うみたいだね。ともかく、地図頼りに近くまで行ってみれば何かわかるかも」
そう言うと、今度は弥一が前を行く。となれば当然のように俺と虹村さんが並んで後ろについていく形になる。
弥一が隣の時には特に気にも留めていなかったけれど、虹村さんと肩を並べているとさっきまでは気にならなかった沈黙も気まずく感じてしまう……。
などと考えていると、水を差すかのように頭の中に小さなホワイトノイズが走る。
『——マスター? マスターの思考に著しい乱れを検知しました! 何か心配事でしょうか?』
鞄の中に押し込められているホタルが直接脳内に語り掛けてくる。
外では基本的にコアキューブのスピーカーからではなく、俺とホタル間のリンクを通して脳内で直接やり取りを行うように取り決めをしているため、他の二人にはホタルの声は聞こえていない。
ほとんどの場合は便利の一言に尽きる機能だが、おかげで時と場所を問わずにホタルが急に話しかけてくるところは少し玉に瑕だ。
『別に、心配事とかそういうんじゃない。ただ、少し気まずさで余計なことをあれこれ考えてただけだ』
『——マスター! そんな時はこの天才AIホタルちゃんにお任せください! 微妙な距離感の知人とも必ず盛り上がること請け合いのホットな話題を検索します!』
『いや、頼んでないって……』
こっちの言うことなんぞお構いなしに自称天才AIは検索を強行する。お節介なことこの上ない。しかもこれがまた善意百パーセントなのだからタチが悪い。
『——マスター! 検索結果、該当する話題が三件ヒットしました! 検索結果を羅列します。「休日の過ごし方について」「百年前に飛来した隕石について」「カレーはご飯派ですか、ナン派ですか?」以上三件です!』
…………。必ず盛り上がる……ホットな話題……? そ、それが……?
このポンコツAIの検索結果には思わず苦言を呈したい……。
『どれもそんなに盛り上がりそうには思えないんだけど……』
『——そんなことはありません! ちなみにホタルちゃんのおすすめは、流石に「カレーはご飯派ですか、ナン派ですか?」ですね!』
『なんで当然かのようにそれなんだよ……』
『——「ナンで。当然かのようにそれ、ナンだよ」と。なるほど。マスターのナン派を登録しました!』
『いや言ってない!? そんな事言ってない!? どちらかといえば普通にご飯派だよ』
『——はぁ、ご飯派ですか……。はぁい、登録しました』
『なんで不服そうなんだよ……。あとそんな情報登録しとく必要ないだろ……』
なんて、ホタルのくだらない会話に付き合っていると、不意に、前を歩いていた弥一が足を止めて振り向いた。
「ここ……かな?」
目の前には風化した一軒家があった。弥一は虹村さんを見つめ、知っている場所かと尋ねる。
「ここ多分、父のアトリエです。小さい頃に来て以来ですけど、ぼんやりと覚えがあります」
「一応、地図に出てる反応はこの中みたいだけど」
弥一が玄関のドアに手を掛けて引くと、ガチッと重い音が響く。まぁそりゃ、当然のように鍵が掛かっている。
一応、道具があればこんな鍵如き簡単に開錠出来はするけど、あいにくと工具の類は持ってきていない。まぁ仮に持っていたとしても、そんな空き巣紛いのことはあまりしたくないけど。
「ん~、せっかく三人でここまで来たし、窓でも割って中に入るかい?」
「いやいや、廃棄されたといえ流石にそれは気が引けるだろ……」
弥一も普段は温厚な部類だが、好奇心が絡むと手段を選ばなくなるというか、倫理観が薄れる節がある。
ならどうすると俺と弥一が言い合っていると、見かねたように虹村さんが玄関に近づく。
「確か……この辺に……」
玄関のすぐ脇に置いてあった植木鉢の中の一つを虹村さんがそっと持ち上げる。すると植木鉢の下に何かが光った。
「ありました、合鍵。初めて来たとき教わっていたのを思い出しました」
「「ずいぶん原始的な……」」
ともかく、これで鍵の問題は解決っと。
弥一と虹村さんが先頭を入れ替えて、虹村さん自身がドアの鍵穴に鍵を差し込み、一瞬の間を置いて、捻る。ドアはガチャリと重々しい音を鳴らしながら開いた。
衝撃を受けてはいたがドアが歪んでいなかったのは幸いだった。中に入ると、物が床に散乱しているものの、ほとんど当時のままと思われる状態。
「さて、地図の反応でわかるのはここまでだね。目当てのお宝がこの家のどこにあるかまではわからないからね」
「じゃあ、三人で手分けしてしらみ潰しかよ……」
「えっと、なら私はあっちの部屋から探してみます」
さっそく二人が捜索を始める。
正直、面倒臭いけど、逆に考えばさっさと見つけないことには帰りは遅くなる一方だろう。仕方なく俺も気合を入れて捜索を行うことにした。
とりあえず、二人がまだ見ていないリビングと思われる一番大きな部屋と足を踏み入れる。
「……。探すって言ってもな……」
リビングを一目見て、思わずため息をつかずにはいられなかった。
これは何というか……、生活感が無い。いや、そりゃ数年前から放置されているんだからそうなんだけど、そういうことじゃなくて、明らかに物というか家具が少ない。
「これが俗にいうミニマリストってやつか……?」
今にはテレビも無ければソファも無い。あるのは、一つのダイニングテーブルとセットの椅子が数脚、それと部屋の隅に倒れこんだ観葉植物がこれまたぽつんと一つ。
物悲しいリビングを見るとほんの少しだけど、虹村さんの父親の人柄が伺える。
まぁ、実際に家族で暮らしていた家と別けていたってことは、こっちは完全に仕事専用のアトリエだったんだろう。だからこそ、仕事に関係ないものは最低限しか置いていない。
にも関わらず、大事な何かをこのアトリエに保管していた。家ではなく、あえてこっちにそれを保管していた。仕事に関係無いものを極力排除しているはずのこの空間に。それほどまでに、ソレは特別な何かだったのだろうか。
もしくは、むしろソレは…………
「カイ~、虹村さ~ん、何かあった~?」
廊下の方から弥一の声が聞こえてくる。探すと言ってもこの殺風景なリビングには言うほど探す場所もない。隠し扉でもあれば話は別だけど、当然そんな仕掛けもあるようには見えない。まぁそもそも、見てわかるなら隠し扉とは言えないか。
「こっちに、鍵の掛かった部屋がありました」
今度は、虹村さんの声が響いてくる。その声の方へと俺と弥一も向かうと、鍵の掛かった扉の前に立ち尽くす虹村さんの姿があった。
家中の部屋をしらみ潰しに漁って、残すはこの部屋のみ。しかもこの部屋だけ唯一外側から鍵を掛けられるようになっている。
「ん~これは怪しいね」
「多分、ここが父の仕事部屋だと思います。ほかの部屋には画材が見当たりませんでしたので……」
怪しむ弥一はドアを試しに開こうとしてみるが、やはり鍵が掛かっていた。止むをえないとみて、弥一が力づくでどんっどんっと体当たりをしてみるも中々開きそうにない。かくいう俺も力には自信が無いし、多分俺がやっても結果は変わらないだろう。
「全然ダメだね、ビクともしないよ。ていうかよく考えたらさ、こういうのカイだったら開けられるんじゃないの?」
「まぁ、何か道具でもあればできるだろうけど、残念ながら今は針金一本ですら持ってない」
弥一と虹村さんには悪いが、こればっかりは流石に手の施しようが無い。
「ん~こういう時って映画とかだと、何か身近な物を代わりに使ったりするよね。定番だと、ヘアピンとかさ」
「お前、俺がそんなもん持ち歩いているように見えるわけ?」
「あはは、冗談だって。まぁそんな都合よく……」
そんなたらればの話の最中だった。
「あの……、ありますけど……? ヘアピン」
虹村さんがスッとヘアピンを手渡してくる。
「お~言ってみるもんだね!」
無邪気に喜ぶ弥一を尻目に、俺は虹村さんに本当に使っていいのかと尋ねる。見たところ普通に安物だとは思うが、ピッキングなんかに使えばヘアピンとしては使えなくなってしまうだろうと思ってのことだ。
虹村さんはこちらの心配を汲んでか「全然大丈夫ですよ」と快諾。本人がこういうなら、こっちとしては別に渋る理由もない。
弥一の持っていたデバイスで鍵穴の中を照らしてもらいつつ、中を覗き込む。見た感じ、やっぱりこの程度の施錠ならいつも通り簡単に開けられそうで安心する。鍵穴にヘアピンを差し込んでカチャカチャと試行錯誤すること数分、十分と掛からない程度の時間でガチャリと鍵が鳴いた。
「よし……開いた」
俺の呟きに小さくガッツポーズを作って声を漏らす弥一。あとはドアを開けて部屋の中へと踏み込むだけだ。俺はスッと扉の前から退いて虹村さんにハンドサインを送る。もちろん、開けるのは虹村さん本人の役目で俺が勝手に開けるもんじゃない。
促されるまま扉の前へと立たされた虹村さんは少し緊張した様子でグッと取手を掴む。それから約一秒、「じゃあ……開けます」と一言合図をした虹村さんが徐に扉を開けると、ついに閉ざされていた部屋の中が露わになる。
部屋の中央には一脚の椅子とイーゼルに乗せられたキャンバス。長らく放置されていたこともあって少し埃っぽいが、それ以外は荒れた様子もほとんど無く、おそらく当時の状態のままになっている。
キャンバスを覗き込んでみると、淡い風景画が描かれている途中で、素人目にもまだ完成していないのが見て取れる。
「父は、風景画を好んで描く人でした。逆に人物画はほとんど描かない人で……」
「それはまた、なんで?」
不思議思った弥一が虹村さんに尋ねる。その質問には俺も少し興味があった。
「昔、母から聞いた話ですけど、本当に美しいと思ったモノしか描けない人だったらしいです。母は結婚前に一度だけ描いてもらったことがあるらしいんですけど、私に至っては、父に描かれたことなんて一度も……。多分、私は父に好かれていなかったので」
虹村さんは悲しそうな表情一つせず、涼しい顔で父親のことを語る。
話を聞いて、少し気まずくなったのか弥一が部屋をきょろきょろと見まわしていると、部屋の隅の丸テーブルの上に、小さな手記を見つける。
「これ、父の字です」
手記を受け取った虹村さんが呟いた。
〇月×日。最近、納得のいく絵が描けなくなってきた。
最後に納得のいく絵が描けたいつだっただろう。そんなことも思い出せないほどにはるか昔のことのように思える。
時折、ふと考えてしまうことがある。私は今、何を描いているのだろう……。
〇月×日。美しいものを探しに街へ出た。果てしなく河川敷を行き、海沿いを歩いて、展望台へと昇って、公園で一息つく。あてもなく練り歩いても、描きたい景色には出会えなかった。公園のベンチでため息を吐き、帰るか。そう諦めが頭をよぎっていたそんな時、私の耳に透き通るようなトランペットの音色が流れ込んできた。音のする方へと向かってみると湖の畔に一人、まるで自然に溶け込んでいるような少女の姿があった。
ああ、これだ。この感情の高ぶりはとても言葉では言い表すことが出来そうになかった。
〇月×日。彼女はいつも決まった曜日、決まった時間にそこにいる。公園の湖の畔で独り、空に向けてトランペットを吹く。ある日、彼女に声をかけてみた。練習をしているあなたを描いてもいいかと尋ねてみると、彼女は少し驚いて、けれど照れくさそうに了承した。
「これ……父が母と出会った時のことだと思います」
手記に少し目を通して虹村さんがこぼす。
その後も日記は続き、何かがあった日付にはその記録をつけてあった。
〇月×日。最近、また納得のいく絵が描けなくなってきた。あの頃と同じだ。
そういえば、幼い娘が絵を習いたいと言ってきた。もしかしたら、娘に絵を教えることで私自身も何か得られる刺激があるのかもしれない。
〇月×日。娘に絵を教え始めて数日が経った。娘は一生懸命に絵を描いている。その姿に微笑ましいと思う反面、私は失望せずにはいられなかった。勿論、娘の絵の才能にではない……言うなればこれは、枯れ果ててしまった己の感性に対してだろうか。妻と出会った時のような感情の高ぶりは、そこには無かった。
〇月×日。娘が絵を描かなくなってからしばらくして、今度は音楽に興味を持ったらしい。妻の影響だろうか。普段は父親らしいこともしていない手前、せめて道具くらいは揃えてあげるべきだろう。そこから先は本人次第だ。
その先も、男の苦悩の日々が綴られ続けていく。いわゆるスランプってやつか、読み進めているとこれを書いていた本人がかなり思い詰めていたことが伺える。
ある日突然、好きだった事が本当に好きなのかわからなくなる。状況は違うがそんなような経験が俺にもあるからか、どことなくこの人の苦悩が、少しだけわかってやれる気がした。何をしても気分が晴れない、何も上手くいかない、そもそも何をすればいいのかもわからない……そんな時もある。
〇月×日。明日、娘のヴァイオリンのコンクールがあるらしい。思えば、娘が演奏しているのを今まで見に行ったことが無い。父親としては、薄情なのだろうか。あの子を愛していないわけではない……。ただ、情けないことに私には余裕が無い。何も描いていないことに焦燥感だけが募っていく。自分が何を好み、何が大切なのか、何を描きたかったのか、それすらももうわからない。ならば私は、何の為に生きているのだろう。
〇月×日。今日は娘のヴァイオリンのコンクールがあると妻から聞いて知った。娘の演奏を聴きに行ったことなど今まで一度もなかった私だったが、今日は足を運んでみることにした。娘には、まして妻にも告げず、独りホールの隅の席に着いた。
結果、娘は銀賞。誇れる結果と言えるだろう。遠目に見える妻の横顔は嬉しそうに拍手を送っていた。それを受けて、私も拍手しようとした時だった……。
私の探していたモノが、そこにあった。
妻と娘に声をかけることも無くホールを飛び出した私は、アトリエへと籠り筆を取る。この激情が覚めぬうちに、あれを描き上げなければ。私にもまだ何かを美しいと思える感性が残っていたのだ。それがこの上なく嬉しかった。
手記はこのページを最後に、白紙のページが続いていた。
「結局……」
手記を読み終えて、最初に声を上げたのは虹村さんだった。
「結局、この人は何がしたかったんですかね……」
虹村さんは呆れたように苦笑交じりにこぼす。彼女からすれば、父親の悩みを知ったところで「家庭を顧みなった父親」という印象は変わらないのだろう。
「でもコンクールを見に来ていたのは知りませんでした。別に、知っていても嬉しいとか、よりいっそう頑張ろうとかは無かったと思いますけど……。結局はそれだってこの人の自己満ですし……。挙句最後は何を描きたくなったかは知らないですけど、それでまた母や私を放ったらかしにするような人なんですよね……」
行き場の無い怒り吐き出すかのような虹村さんに俺と弥一はこれと言って掛ける言葉も持ち合わせておらず、気まずさから部屋に目を滑らせた。
すると、弥一が何かに気付いたように歩み寄る。
俺たちが部屋に入ってきたドアの側の壁に備え付けられたクローゼット。何気なくそこを開いた弥一が、中にあった物を取り出して、声を上げる。
「お! これじゃないの? 日記に書いてあった、お父さんが最後に描きたくなった絵ってさ」
弥一はキャンバスを持ち上げて、抱えたまま俺と虹村さんに見せる。
その絵は美しいと形容するには少し複雑な物で、言ってしまえばそれは、銀賞を抱えて不満そうに膨れた少女の絵だった。言うまでもない、この絵のモデルは虹村さんだろう。
「…………。」
隣に立つ虹村さんは何も言葉を発することも無く、やけに長く感じる数秒が経った。
ほどなくして、彼女が満を持したかのように徐に口を開く。
「私……、こんな顔してたんですかね……? ううん、そんなはず無い。ちゃんと笑えてたはず……全然嬉しくなんかなくっても、こんな風に表に出したりなんか……」
「……に、虹村さん?」
思わず、心配して虹村さんへと駆け寄るが、「……大丈夫です」と手で制止され、俺はまた目の前の絵へと向き直る。
すると、一度息を吐いた虹村さんはまたゆっくりと口を開き始めた。
「……私、本当は全然嬉しくなかったんです」
「嬉しくなかったって、何が……?」
「……銀賞です」
そう言った彼女の横顔は、どこか遠くを見つめる瞳をしていた。
「お母さんは褒めてくれました。先生も友達も。でも逆に、あの人はなんにも……。だから私、あの人に……当たりました。なんで娘が銀賞取ったのに何も言ってくれないのって。でも、違うんです……。本当は褒めて欲しかったんじゃないんです。悔しかったんです。悔しくて悔しくて、悔しいまま無理やり笑って。褒めてくれる人達に怒ることなんて出来るわけなくて、体よくあの人に……八つ当たりしたんです」
俺と弥一は、ただ、無言のまま虹村さんの話を聞いていた。
別に、これは誰が悪かったとかそういう話じゃない。虹村さんの周りの人達は素直に彼女を称賛した。彼女はそれを肯定する事も否定する事も出来ず、だから何も言わなかった父親に八つ当たりをしてしまった。
けれど……目の前のこの絵を見れば、一つだけわかることがある。
「お父さんは……わかってくれたと思うよ」
「千里君……?」
「虹村さんのお父さんは多分、気付いていたんだと思う。君の作り笑いの裏側の真実に」
「あの人だけが……気付いていた……? 私の本当の気持ちに……」
そして、独りの画家はそこに光を見たんだ。作った笑顔の下で食いしばった歯に。瞳の奥底で燃え滾る炎に。ひたむきなその向上心に。
きっとそれが、美しいモノを探し続けた男の、その画家が最期の最後に見つけたいつ以来かの、美しいモノだったんだろう。
結局、虹村さんは絵を持ち帰るとは言わなかった。
持ち帰るには少し大きかったというのもあるし、何よりあれは他人に売るようなものじゃない。当初は遺品整理という名目で、何かお金に変えられそうな物があるんじゃ無いかと遥々潜ってきた海の底のアトリエには、蓋を開けてみればそんな物は何処にも無く、あったのはタグをつけて大事に保管されていたたった一枚の絵。
けれど、当の依頼主の彼女は、どこかスッキリとした面持ちをしていた。それだけでも、全くの無駄骨ではなかったのかもしれない。
「ほら、カイ! もう帰るよ~。ダラダラしてたら海上を通過してる船に置いて行かれちゃう」
「ああ、今行く」
弥一の声に軽く返事をして、潜水艦に乗り込んだ。そして潜水艦はハッチを抜けて、海中へと放り出される。
——ホ……ル?
不意に、知らない声が脳内に響いた気がした。聞き覚えの全く無いその声に、ただの耳鳴りかと意識から切り捨てようとしたその瞬間。
『———! ケイ……ちゃん?』
その声に呼応するように、ホタルの声が小さく頭の中に響いた。