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Chapter4:宝物の地図 前編


「——無駄が多過ぎます!」


 ホタルが突然声を荒げて言った。


『何が……?』

「——マスターの手順には無駄が多いという話です!」

「いや、無駄って……」


 はあ、と肺の中の空気を一気に吐き出して、キーボードにかざした手を止める。

 

「これでも頑張ってる方なんだが?」


 無駄と簡単に言われても、俺は俺なりに最大限頭をフル回転させている。


「——そうは言いますけどマスター? マスターの解法を分析した所、手順パターンに偏りがあります! つまり常にどんな状態からでも、予め想定された手順パターンの中に当てはめて解いているように見えると言うことです!」

「いやいや、そりゃそうだろ!」


 ホタルの苦情はお門違いだ。だいたい、ルービックキューブの基本は暗記だ。

 ほとんどのキュービストはなにも、毎回0から思考を組み立てている訳じゃ無い。特定の配置のパターンとその場合の手順パターンをセットで覚えているに過ぎない。

 そう、極端にいえば、「覚えて」いるなら「考えて」いなくとも解けるのだ。

 そこから更に速度を上げる為に、指の運びや途中手順のショートカット、そう言った一瞬の判断能力で時間的に差は出る。そこには確かに「考える」余地が生まれてくるだろう。

 ただ、ホタルの言うところの無駄は、元来ほぼ全てのキュービストがやっている「解法パターンをなぞる」ことを否定していた。


「——そもそもですねマスター? 神の数字と言うものがあります! 例えば3×3×3のキューブであれば、どんな状態からでも最短20手で揃えることが出来るということは証明されています!」

「あのなぁ! スパコンじゃあるまいし、そんな瞬間瞬間の最短手順なんて毎回考えて導き出せる訳ないだろ!? てか、そんなに言うならお前がそれを計算すればいいだろ?」

「——ホタルちゃんは計算には適していません。故に、計算はマスターの役目となっています!」


 また勝手な事を……。

 確かに、AIにも各々に得意分野があるのはわかる。言語、予測、計算、その他にも細分化すればいくらでも色んな分野のAIがあって、こいつがそれに適していないというのも本当の事なんだろう。

 第一、こいつにそれだけの演算能力があるなら、こいつのデータが格納されたアライメントキューブとやらを解錠するのも、海羽に憑りついていたテクスチャを引っぺがす時だって、俺なんかの協力はいらなかったんだろう。


 ただ、それにしたって最近のこいつは…………


「なんかお前、最近自我が出過ぎてないか?」

「——そうでしょうか? 自分ではよくわからないです」


 ホタルはそう言って、自分の両人差し指をこめかみに突き立てながら、首を傾げるポーズをとった。

 こういう反応もまたAIらしからぬ、つまるところ自我の目覚めを感じさせる理由の一端だろう。


「ふ~ん……なら、自覚は無いって事か」

「——ただ、ある程度高度なAIであれば自我が芽生える可能性もある、という研究もあります。その点、ホタルちゃんは天才AIなので、その例に当てはまっていても不思議ではないでしょう!」


 なんだその自信は。到底AIとは思えない我の強さをこれでもかと前面に出してきた。

 確かに、こいつが凄いのは認める。ここ数日間、こいつと色んなやり取りをして、計算は本人の言う通り苦手なものの、さながら生の人間のような受け答えと驚異的な学習能力。もはや人工知能というよりも疑似人格という方が近いのかもしれない。


「——時にマスター?」

「ん~? どした?」

「——ホタルちゃんもいい加減、このお部屋に一人取り残されるのには飽きてきました。なので、常日頃のコアキューブ携帯を所望します!」

「ほお……」


 ホタルの要望を聞けば、ホタルに自我が芽生えてきた影響なのか、少し前から退屈に喘いでいるらしい。

 まぁ確かに、俺が学校に行っている日中などは、この部屋にずっと一人放置したまま俺の帰りを待たせている。


「——マスター、これはAIへの虐待ではないでしょうか?」

「人聞き悪いな……」

「——AIにも人権をっ! AIにも自由をっ!」


 不味い。なんだか小さな革命の芽までもが育ちつつある。

 自我が芽生えるというのも意外と厄介かもしれない。


「そうは言っても、学校に持っていく訳にもいかないし……」

「——ぶえぇぇマスター! どーしてですか? ホタルちゃんもマスターの学校に同行すれば、休み時間もキューブの解錠作業に時間をあてられますよぉ?」

「俺は休み時間すら休めないのかよ……。てか、それを抜きにしても学校なんかで『AIのお友達」なんて連れてたら、俺が変な奴に思われるだろ」

「——マスター……、思春期ですか?」

「いや違う。そういうんじゃない」


 世間体の話だ……。客観的に見て、それはあまりにも痛々しい……。

 傍から見れば、ホタルは話し相手になってくれるタイプの子供のおもちゃだ。そんなものを学校に持って行ってみろ、すぐにキモい奴の完成だ。


「俺の平穏な学校生活の為にも、それは厳しい」

「——マスター、人生と人類、どっちが大切なんですか?」

「日常にセカイ系を持ち込むな」

「——ではマスター、世間体とホタ……」

「世間体だ」

「——マスター、機械のように冷たいです!」


 まさか機械にそれを言われる日が来るとは……。

 結局、その後もあーでもないこーでもないと不毛な論争は続き、時間は淡々と過ぎていった。


「——わかりました。マスターがその気なら、ホタルちゃんにも考えがありますからね!」

「何をしようが喚こうが、無理なもんは無理だ」


 と、言ったはずが………………。




昼下がり、心地いい日差しが差し込んでくる教室の窓際。


「ふぁあ~~あ」


 教室の隅の席であくびに耐えかねて、声が漏らす。


「あれれ~カイト、寝不足~?」


 俺の顔を見るなりそう言って近づいてくる弥一。

実際、昨日の夜は一睡もできなかった。

 それもこれも全部…………。


『——マスター、この人は誰ですか?』


 頭の中に直接声が流れ込んでくる。


『こいつはまぁ、ただの友達』

『——なるほどっ、インプットしました! 時に、マスターのお名前はカイトというのですね!』


 俺も頭の中で言葉を念じるとホタルとの会話が出来た。

 全く、迷惑な話だ。昨日はこれのせいでほとんど眠れていない。

 まさか、連れて行かないなら朝まで歌い続けるとかいって、本当に夜通し歌を歌い続けられるとは……。

 脳内に直接声が流れ込んでくるせいで、耳を塞いでもどうにもならないし、まったく散々だった。

 結局、コアキューブもこうして鞄の奥底に押し込んで持って来ざるを得なくなったというわけだ。


「もしかしてまた夜更かしして勉強? いくら節約の為とは言え真面目過ぎるんじゃないの~?」

「そんなんじゃないって」


 本当にそんなんじゃない。ただ、本当の事なんて馬鹿らしくて言えたものじゃないけど。


「そーいう島崎はもう少し真面目に勉強した方が良いんじゃないかなぁ? テスト前はいっつもカイに頼ってるんだし」

「げっ、篠沢……!」

「げって何よ、げって。失礼ね~ほんと」


 雪歩は机の横に立ったまま呆れた様子で弥一を見下ろす。

 この二人は俺がいないところではあんまり絡んでいないみたいだけど、何故か俺を挟んだ時だけはそれなりに話をしている。

 とはいっても、それほど相性がいい訳でもない。色々とルーズな弥一に、色々と細かい雪歩、お互いに相いれない存在であるのは間違いない。


「それで何のようなのさ?」

「あんたには無いわよ。ただカイにちょっと話があっただけで……」

「俺に話……?」


 雪歩の方に視線をやると、あっちがこちらをちらっと見た時に目と目が合った。

 そんな様子を見てか、多少訝しみながらも弥一は「ちょっとトイレ」とだけ言って退散。俺と雪歩だけが取り残された。

 それから、少しの気まずい空気と、無言の時間。

 思えば雪歩とは、あれ以来、まともに会話をしていない。


「えっとぉ……。この間は、突然ごめん。海羽ちゃん、元気になったんでしょ?」

「……う、うん。もうすっかり」

「凄いね……。奇跡って、ほんとにあるんだ。絶縁症が治ったなんて話聞いたことなかったし」


 それはそうだ。普通なら治るはずもなく、本当なら海羽はあのまま……。でも、海羽の場合は本当に運が良く、ホタルの協力のおかげで助かった。

まさか流行りの奇病の正体が、宇宙から来た謎の生物の寄生が原因だなんて考えもよらないだろう。

 改めて、ここ最近の自分の日常が非日常になっていくのを感じてしまう。


「……なぁ、雪歩」


それに、今更になってふと考える。もしもあの時、俺の下にホタルがいなかったら……。

 俺はどうなっていたんだろう。希望も無いままただ独り、俺は正気で居られたんだろうか。

 あの時の俺にはたまたま、海羽を救えるかもしれないっていう希望があって、やるべき事も見えていて……。でも、もしそれが無かったら……。

『さっき! あたしがどんだけ心配してたと思ってるの……? もしかしたら、あんたが自暴自棄になって、自殺とか……』。雪歩の言葉が蘇る……。もしかしたら、本当にそうなっていたのかも知れない。


「雪歩、その……この前はありがとう」

「べ、別にいいよ、お礼なんて……。あたしが勝手に取り越し苦労しただけだし……」


 そうは言われても、実際心配をかけたみたいだし礼くらいは言っておかないとと思った。


『——マスター、この方はマスターの恋人ですか?』

「んなっ!」

「ん? どうかした? …………?」


 不意に、頭の中に響く声に思わず声が漏れてしまった。


『全然違う。こいつはそういうんじゃない』

『——なるほどっインプットしました!』

『ていうかお前、さっきからなんで俺の周りの人間関係を逐一聞いてくるんだ』

『——単なるマスターのデータ収集です! マスターはあまりご自身の事を話しませんので!』


 そりゃそうだろう。何が悲しくて部屋でAI相手に独り自分語りをするっていうんだ? それは普通に痛すぎるだろ。


「カイ……?」

「え、あっああ、なんでもない」


 突然なんの脈絡もなく声を漏らしたせいで変な目で見られている。

ホタルは役に立つこともあるが、今の所俺にとって迷惑な事の方が多い気がしなくも無い。

この今使っている念話もそうだけど、明らかに持て余したオーバーテクノロジーをもう少しだけでも有効に活用できないものだろうか。でないと、厄介事のリターンとしては少々割に合っていない。

なんて言ってはみても、技術的にいかに先進的でも使い道が思いつかないなら意味なんて無……、いや、待てよ?

その時、一つの妙案が浮かんだ。念のため頭の中で念じてみると、ホタルからは「もちろん可能です!」と返ってくる。声色から少々ドヤ顔をしていそうだけど、今はそんなことはどうでもいい。

あとは検証……というか実際に試してみて感触を確かめておきたい。そう考えた時、また一つ、数日前にした会話の内容がふと蘇る。


「雪歩、この前断った件だけど……」

「それって、あたしがこの前お願いした、友達の?」

「それ、無理って言ったけど……やっぱり協力できるかもしれない」





授業を全て終え、放課後。

 俺は雪歩に連れられるがまま三つ隣の教室へついていく。

 件の友達というのは、どうやら同じ学校の同学年だそうで実際に会って話を聞くのが早いという事になった。

 案内された教室へと辿り着くと、俺は廊下で待たされて、教室の中へ入って行った雪歩が一人の女子生徒を連れて廊下に出てくる。


「カイ! この子だよ」


 とりあえず、軽く会釈をする。

 紹介された女子生徒を見てみると、どことなく見覚えのある生徒だった。


「去年カイと同じクラスだったから知ってるだろうけど改めて。こちら虹村奏ちゃん、それでこっちがあたしの幼馴染の千里海音」


 間を取り持って雪歩が手短にお互いの紹介を済ます。

 通りで見覚えがあると思えば、去年まで同じクラスだった虹村さん。とはいえ、正直ほとんどというか一度も話したことも無いし、なんなら名前だって改めて紹介されるまで忘れていたほどだ。

 つまるところ、去年同じクラスだったとはいえ、俺たちは知り合いというレベルにも満たない。


「ど、どうも。雪歩に頼まれて、その、記録媒体のロックに困ってるとかなんとか」

「あ、はい……。その、実は……」


 改めて、虹村さんから話を聞く。

 大筋の話は雪歩からも聞いていたけれど、発端は少し前に虹村さんのお父さんが絶縁症で亡くなったことだった。


「うちのお父さん、それなりに有名な画家だったんです」


 虹村さんは少し目線を落として、どこかを見つめるように父親の事を語りだした。

 話に聞く虹村さんの父親は、かなり厳しい人だったらしい。虹村さん自身、小さいころから、父親に褒められたことなんてほとんどなかったそうだ。


「あの人、ずっと自分のアトリエに入り浸って、家に帰らない日なんかも少なくなくて、家族よりも仕事って感じの人で……」


 話を聞いている限り、虹村さんと父親の関係はそれほどいいものじゃなかったように思える。


「私、この通りヴァイオリンをやってるんですけど、私がコンクールで銀賞を取った時ですら褒めてなんてくれなくて……。廊下ですれ違ったお父さんの後ろ姿に、なんで何も言ってくれないのって怒鳴っても、ものの見事に無視でした……」


 虹村さんはそう語りながら、背負っていたヴァイオリンのケースをチラリと見せる。


「でも、そのヴァイオリンはお父さんが買ってくれたんじゃ?」

「……そうですね。それには感謝してます。これ、最初で最後のプレゼントでした。私には、絵の才能は無かったので……その代わりです」


 昔は、お父さんを真似てよく絵を描く子供だったらしい。でも虹村さんにはお父さんのような才能は無く、それに気付いた頃から本人が絵を描くのを辞めてしまった。

 それからは、他に興味が沸くことを色々と探して、ヴァイオリンに出会ったらしい。

 その時、父親は娘にヴァイオリンを買い与えたものの、遂に父親は一度も彼女の演奏を聴きに行くことはなかった。

 そのせいもあって、お母さんには直接伝えていなかったが、虹村さん自身は内心父親を酷く嫌っていたらしい。


「すみません……話が逸れちゃいました。今うち貧乏で、貯金を切り崩しながらお母さんが頑張って生活費を稼いでくれてて……。だからお父さんの遺品で、少しでもお金に換えられそうなものがあればいいなって」


 最後に虹村さんは「あの人の取柄なんて、お金を稼いでくることだけだったし……」と小さく呟くと、例の中身が不明な記録媒体を俺に預け、軽く一礼して去って行った。





「——マスタぁ? アライメントキューブNo.7の解錠は後回しですか?」


 不満げなホタルの声が、静かな俺の部屋の中に響く。


「まぁまぁ、ちょっとした気分転換だって。そっちも勿論やるから」


 そう言って、俺はコアキューブと並べて机の上に預かった記録媒体を置く。


「よし、それじゃ……」


 そして、記録媒体に手をかざしてコマンドを発声する。


「——略式化(キューバライズ)!——」


 もしこれで上手くいくようなら、俺のバイトもかなり幅が広がって大助かりになる。

なにせ、これまではアナログな鍵のトラブルをメインに請け負ってきたが、これならある程度高度なパスロックや珍しい形式の電子ロックにも漏れなく対応できる。

 言ってみればこれは、正直なところ人助けというよりも、その為の試験運用に過ぎない。


「よし、成こ……って、なんだこれ……?」


 キューブの生成は問題なく行えたものの、目の前に生成されたキューブはかなり特殊な形状をしていた。

 面の中央部には円形のセンターパーツ、それを避けて一面の対角線上を真っ二つに割るような斜めの切り込み。

 まぁとにもかくにも揃えてみるほかない。そう思って始めてみれば、思いのほか揃えるのは簡単で、案外すんなりと数分足らずでロックを解除する事が出来た。


「これ……地図か?」


 記憶媒体の中から出てきた物は、一枚の地図だった。



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