表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

Chapter2:セカンドプランの救世主

 あれから海羽はすぐに病院へと搬送され、入院が決まった。


「妹さんの症状についてですが……、絶縁症で間違いないでしょう」


 絶縁症。近年急速に拡大している病気で原因も、治療法もわかっていない。そして、発症した人間は一人の例外もなく亡くなっている。

 既に10万人以上の多くの人を死に追いやっているこの病気は、時間の経過と共に一つずつ五感を奪っていき、発症から僅か60時間で人の命を奪う。


 病院に妹を預け、家に戻ると部屋にはぽつんと取り残されたホタルの姿だけがそこにあった。

 心身共にどっと疲れを感じた俺は、崩れ落ちる様にベッドに倒れ込んだ。


「——マスター! ご無事で何よりです。先ほど、テクスチャの反応がロストしました」

「何言ってんだよ…………後にしろ」


 今は遊びに付き合っているほど心に余裕が無い。

 頭の中は海羽の事ばかり。当たり前だ。たった一人の家族、大切な妹が事実上の余命宣告をされた様なもんだ。


「——マスター! 想定よりもテクスチャの侵攻が早まっています。早急にキューブの解錠を……」

「……っ! だからっ! 静かにしろって言ってんだろ! ずっと何を言ってるんだよお前は! こっちはな、妹が絶縁症で死ぬって言われてっ、それどころじゃ……」


 部屋に響く自分の怒鳴り声を聞いて、さらに虚しくなった。

 俺の方こそ……何をやっているんだ……。


「…………。——優先タスクを更新。マスターのメンタルケアを優先度Sに設定します。マスター、妹さんの機能不全、通称絶縁症についてですが、早期であればまだ回復の可能性があります」

「…………はぁ?」


 コイツは本当に何を言っているんだろう。絶縁症に確立された治療法なんて……。


「——現状のマスターの状態を考慮し、ダイレクトリンクにて要点のみマスターの脳内に伝達します」


 そう言って、こちらの話も聞かずにホタルが何かを始めると、再び頭痛と共に視界が真っ暗になった。




 ——遥か昔。

 人類は疲弊する地球を巡って、たもとを分かちました。

 ファーストプラン。優秀な研究者たちは、急激な海面上昇や地球の環境悪化により、地球を見限り、人類は宇宙に繰り出すべきだと唱えました。

 それからわずか数年という時間で、巨大な宇宙移民船が開発され、開発に携わった優秀な研究者たちを含めた多くの人類は宇宙へと移り住みました。

 しかし、全てが未知の新天地に赴くにあたり、全ての人類を連れて行くのはリスクが高すぎる。そう考えた人々は、一定数の人間を地球に残すことにします。

 セカンドプラン。ファーストプランの人類が地球を去った後、地球に残った人々はなんとか現状のこの星の問題を解決しようと模索しました。

 しかし、ファーストプランに優秀な研究者のほとんどを持って行かれたセカンドプランの人類に、そんなことが成し得るはずもありません。そもそも、そんな方法があったなら、彼らファーストプランとて地球を見限ったりしなかったでしょう。

 セカンドプランの人類はやがて問題の解決を諦め、環境変化の低減と環境への適応に舵を切りました。その結果、人類の主な居住地は陸から海中へ、船の中へと移っていったのです。


 時は流れ、ファーストプラン、並びにセカンドプランどちらの人々も、もう片方の人類の事などすっかり忘れてしまいました。

 滅びゆく星に捨て置かれた哀れな民。星を捨てどこかへ行ったきり帰って来なかった民。途方も無い時間と共に、どちらの人類も相手への興味は薄れ、やがて伝え継がれることすらも無くなったのです。


 そんな頃……。

 人類にとって、大きな問題が起きました。

 パンドラの箱を開いたのは……ファーストプラン。宇宙に暮らす人類の方でした。

 電気的生命体、通称テクスチャ。宇宙のどこかで生まれたその謎の生物と偶発的に接触した人類は、それから間もなくして滅びの一途をたどり始めました。全滅です。ある一個体を除き、全てのファーストプランが亡くなりました。

 最後に残された個体、天斬蛍(あまぎりけい)は奴らの特性を分析し、テクスチャの正体を暴くに至ります。

 奴らは電気の中、電波の中を泳ぐ不可視の生命体で、人間の脳波に特に強く引き寄せられる性質を持ちます。そして、憑りついた人間の生態電気、脳から伝達される電気信号、それらを全て喰らい尽くし機能不全を起こす。そうして人類は殺されていったのです。

 天斬博士はテクスチャに対抗する為のプログラムと彼女自身の身を守る為の装置を作りました。そして、その両方が電気を通さない性質の金属で設計されました。その後、その二つは両方とも同一の座標に向けて射出されました。


 ——そう、セカンドプランの暮らすこの惑星。地球に向けて。




「ん……、……っは!」


 気が付くと、くわっと目を見開いて、周囲を見渡していた。

 自分の部屋だ。


「——マスター? ダイレクトリンクは正常に遮断されました。お加減が優れませんか?」

「今のって……」


 いつの間にか少し呼吸が乱れていた。

 そして、机の上で首を傾げているソレを改めて見つめなおす。


「お前……ただのおもちゃじゃ……ないのか……?」


 俺の問いに数秒、頭にハテナマークを浮かべた後、彼女は改めて姿勢を正した。


「——私は、天斬博士によって製作されました対テクスチャ用AI。H0TA1型、呼称コード、ホタルちゃんです! マスターには引き続き、セカンドプランの救世主として、アライメントキューブの解錠にご協力お願いします」

「ちょっと待てよ! じゃあやっぱ、さっき脳内に流れ込んできたのって……」

「——はい勿論全て事実です! 脳波のダイレクトリンクにて、マスターの脳内に直接情報を共有しました」


 ファーストプラン、宇宙への移住、そして未知の生命体。全部、冗談みたいな話だ……。俺はまだ、夢でも見ているんじゃないのか? なんて、思わず考えてしまう。


「——マスター、先ほどの続きですが、妹さんの機能不全、この惑星言うところの絶縁症に関して、テクスチャの仕業でまず間違いないと思われます。であれば、私に搭載された対テクスチャ用プログラムによって、人に憑りついた個体を引き剥がし捕獲することが可能です」


 ホタルの言葉で、当初の話を思い出す。


「そ、そうだっ。その、お前のそれでテクスチャとかってのを引き剥がせれば、海羽は元通りに戻るのか……!?」

「——はい! テクスチャの引き起こす機能不全は、彼らが食事をしている間に引き起こされる副次結果に過ぎません。対象の人間が完全に機能停止してしまう前にテクスチャを分離させれば、脳から体に伝わるべき電気信号は正常に回復します」


 …………は、はは。

 変な笑いがこぼれる。嘘みたいだ。でも…………ホタルの言う事が本当なら。

 まだ……終わってない。


「俺は…………。俺は、何をすればいい?」





 「ふぅ……」


 海羽が病院へと運ばれた次の日の昼下がり。

 千里海羽。病室のネームプレートには俺の妹の名前だけがあった。個室だ。

 ガラガラと小さな音を立ててドアを引き、そっと病室へと入る。


「おにぃ……ちゃん?」


 その音に反応してか、海羽がこっちに声を掛けてくる。


「っ……海羽? 大丈夫か……?」

「嬉しい……来てくれたんやね……」

「当たり前だろ! ……大事な妹なんだから」


 ベッドの上で弱弱しく横になっている妹に駆け寄り、声を掛ける。

 口角も不自然に上がっているのが見てわかる。無理に明るく振る舞おうとしているのが丸わかりだった。


「おにぃちゃんズルかね。普段はそげんこと言わんくせに……。

ねぇ……おにぃちゃん。私……このまま死んじゃうとね?」

「いや、そんな事は……」

「でも、○○症……なんやろ? そしたら……」


 いや、治す方法はある……。あるんだ……。

 でも、まだ準備が出来ていない。だからもう少しだけ、待っていてくれ。絶対に……間に合わせる。


「ねぇ、おにぃちゃん。明日もお見舞い……来てくれると?」

「うん……来るよ。そりゃ」

「へへ……。あのね……明日、お見舞いに来てくれたらさ、手ぇ握ってくれんね?

たぶん私、その時にはもう……耳も聞こえんけん……」


 そう言った海羽の語尾は、ほんの少しだけ震えていた。


「大丈夫……!」

「おにぃ……ちゃん……?」

「絶対、大丈夫だから。……お兄ちゃんを信じて待ってろ、海羽」


 俺が……、俺が何とかする。助けるんだ、海羽を。





「俺は…………。俺は、何をすればいい?」

「——マスターの妹さんからテクスチャを分離し、捕獲する為には、ホタルちゃんの持つ対テクスチャ用プログラムが必須になります!」


 なら、コイツがいれば簡単に海羽の絶縁症を……。


「しかしながら、ホタルちゃんは現在、そのやり方を忘れてしまっています」

「なっ、おいっ! 忘れたって、AIのくせに記憶力ないのかよ……」

「——マスター、今のは差別発言に抵触します!」


 くっ、肝心な時に使えないくせにいちいち細かい。


「じゃあ結局どうすればいいんだよ!」

「——ですから、ホタルちゃんの全機能、全記憶の復元の為、アライメントキューブの解錠をお願いします。現在、10のキューブの内1つが解錠済み、その際に復元された機能としてマスターの脳とのダイレクトリンクが可能になりました」

「なら、このままキューブを解錠していけば、その対テクスチャ用プログラムとか言うのも使い方を思い出せるって事か」


 やることは大体わかった。

 でももう一つ、懸念がある。


「それで……、いくつ目のキューブまで解錠すれば、そのプログラムを使えるようになる?」


 時間だ……。

 海羽は絶縁賞を発症してから、約60時間で命を落とす。となれば日にちにして2日と半日。それほど時間的余裕はない。


「——ごめんなさいマスター。どのキューブに何の情報が記憶されているかは、ホタルちゃん自身にも不明です」


 ホタルの言葉に、思わず肩を落とす。


「つまり、当たりを引くまで解き続けるしかないって事か……」


 先が見えないのは怖い。とはいえ、背に腹は代えられない。

 とにかく、今は出来ることをやるしかない。




 海羽のお見舞いから、帰宅して自室に戻る。


「——おかえりなさいませ! マスター」


 当然のことながら、学校は休んでいる。そんなことをしている時間は無い。

 昼には妹の見舞いに行き、それ以外の時間はキューブの解錠と最低減の睡眠に充てる。

 別に人類を救う為じゃない。言うまでも無く、海羽のためだ。


「ホタル、次のキューブだ」

「——はい! アライメントキューブNo.5、展開します」


 ホタルの合図で、中空に新たなキューブが構築される。


「今度は5×5×5……スクランブル間隔は20秒か……」


 ホタルの情報が格納されているアライメントキューブは、ナンバリングが進むごとに大きさやスクランブルの間隔が変化して、解錠が難解になっていった。

 それでも、とにかくやるしかない。どんどんロックが高度になっていくせいでNo.4やNo.5ともなってくると最初の時と違って数時間で楽々解錠というわけにもいかない。

 たかだか20秒。その僅かな時間の間にキューブを完成まで持っていけなければ、再びランダムにスクランブルが行われて、また初めから解き直し。そんな終わりの見えない不毛なループを、成功するまで何度でも何度でも繰り返し続ける。


「——マスター? 小休止を提言します! マスターの判断能力、反応速度に著しい低下が見受けられます」

「いや……そんな事……してる場合じゃ……」


 一分でも、一秒でも早く、このキューブを完成させないと……。


 ピーンポーン。


 突然、家のチャイムが鳴る。

 こんな時に、一体何だって言うんだ……。

 居留守を使おうと、呼び出し音を無視してキューブの解錠を続ける。


 ピーンポーン。……ピーンポーン。ピンピンピンピンピンピンピンピ……


「だぁーー! もうっ! うるさいっ!」


 玄関のドアを開け、ドアの前の人間に怒鳴りつける。


「あっ、やっと出た」

「雪歩……、何だよ」

「いや、今日休んでたじゃん? だから一応見にね。てか上がっていい?」


 俺は思わず、眉間にしわを作りつつ頭を掻いた。


「心配して来てくれたとこ悪いけど、俺はこの通り大丈夫だから。今日は帰ってくれ」

「うん。ありがと。じゃあお邪魔しまーす!」

「おい、話を聞け」


 こっちの言い分はお構い無しで、ずかずかと家に上がり込む雪歩。

 そんな彼女を追いかけ、廊下で引き留めようと手首を捕まえる。


「おいっ、だから!」

「……全然、大丈夫に見えないよ?」

「……え?」


 一瞬、時が止まったのかと思うほどの静けさが辺りを支配した。


「海羽ちゃん……、絶縁症なんだって……? その顔、もしかしてカイ、昨日から寝てないんじゃないの?」


 その声は……どこか、少し震えていて……。


「いや、別にそれは……」

「さっき! あたしがどんだけ心配してたと思ってるの……? もしかしたら、あんたが自暴自棄になって、自殺とか……」

「お、落ち着けよ……雪歩」


 突然の事に困惑しつつも、ヒートアップする雪歩を落ち着かせるため一旦リビングへと通す。

 ひとまず椅子に座らせ、飲み物を出して一息つかせた。

 まさか、たかだか1日休んだだけで…………と最初は思ったけれど、いや違うか。

 海羽の事を学校で知って、事が事だけに俺が塞ぎ込んでいるか、最悪の場合変な気を起こすんじゃないかって、本気で心配してくれたんだろう。

 邪険に扱った事を少し反省して、俺も一度頭を冷やした。


「雪歩、落ち着いた?」

「うん……、ごめん……。ねぇ、カイ? 明日は学校、どうするの……?」

「……。いつでも海羽の傍にいられるように、明後日までは休むよ」

「そっか……。なら明明後日、待ってるから。自分を大切にしなきゃ、駄目だよ?」


 不安そうにそう言った雪歩に、俺は「大丈夫だって」と笑いかける。

 それから少し普通に話をして、出した飲み物も尽きた頃、雪歩を玄関まで見送った。


「寂しくなったら、いつでも電話してきなよ? あと、ちゃんと寝る事!」

「わかったって……」

「……海羽ちゃんだって、お見舞いに来るのは、元気なお兄ちゃんが良いに決まってるよ……?」

「うん……わかってる」


 雪歩を見送り家に帰すと、途端にうちの中が静かになった。

 昨日まではそれどころじゃなくて気にしていなかったが、改めて家に自分しかいないというのが、少し物悲しく感じた。

 結局、雪歩とは少し話をしたが、ホタルの事については言わなかった。

 正直、説明するのも面倒だったし、なによりどうせ信じてもらえないだろうし。なにせ俺だって、まだ手放しに信じているわけじゃない。

 でも、少しでも可能性があるなら、それに賭けてみるくらいはやるべきだ。

 

 自分の部屋に戻ると、ホタルが待っていた。


「ホタル、いったん休憩だ。俺は少し寝る」


 そう言うと、ホタルがぱちくりと瞬きをした。


「——はいっマスター! 了解しました! 英断です! にしても、いつの間にアップデートしたのですか?」


 確かに、部屋を出る前と戻ってきた後で、言っていることがこうも変わっていたら不思議にも思うか。

 ベッドに横になり、顔だけを曲げて時計を見ると、時刻は十八時。少し寝るには早いが、昨日一睡もしていないのもあって、眠気は限界に来ていた。

 ちょっとだけ仮眠を……そう考えてまぶたをゆっくりと閉じると、意識は驚くほどすんなりと溶けていった……。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ