Chapter1:AIと少年
キューブの真上に小さく映し出されたそれは…………
「——貴方が、ホタルちゃんのマスターですか?」
一人の女の子だった。
「ホ、ホタルちゃん……? マスター……?」
何を言っているんだ……。いや、それよりも……。
冷静に、目の前の事象を整理しろ。キューブ型の謎の装置、コアキューブとか言ったか? それと目の前にいきなり投影されたこの女の子。
するとこれはつまり————。
「な……なんだよぉ。ただの子供向けのおもちゃじゃないか……」
昔はこういう玩具が子供の間で流行った時代もあったそうだ。犬を模したロボットやお話し相手になってくれる超簡易的な人工知能。いわば、子供のお友達役とでもいうべきか。
こんな大層な厳重ロックの先にあるのが、まさか子供のおもちゃとは……。拍子抜けも甚だしい。
俺は、思わず大きなため息を吐いた。
「——対象との意思疎通に失敗しました。対象の発した言語から伝達可能な言語を検索。日本語と断定。言語設定変更無し。再度認証を試行します」
こっちがへたり込んでいると、そんなのお構いなしに何やらまくし立てて来る。
おそらく、起動時の初期設定シーケンスか。
「——貴方が、ホタルちゃんのマスターですか?」
再び同じ質問を繰り返される。
「あーはいはい。そう」
ひとまずは流れに沿って一連の設定が終わったらすぐに電源を落とせばいいか。
「——マスターの認証を確認しました。改めまして、ホタルちゃんは人類存続の為のミッションを受けこの星に送還されました天才AIです!」
なるほど。設定付きなのか。少し大げさな世界観設定だけど、夢見がちな子供にはむしろちょうどいいかもしれないな。
それにしても、キャラクター設定とはいえ自分で天才を自称するとは……。そもそも人工知能という時点で天から授かった才能ではないだろうに。
「それで、もう設定は終わり? それなら電源をオフで」
早々に切り上げて、さっさと寝たい……。もう頭も手も疲労困憊だ。
「——すみませんマスター。ホタルちゃんはミッションの最終フェイズ完了までシャットダウン不能です」
「……はぁ!?」
シャットダウン不能のシステムなんて聞いたことない。
「もしくは、内臓バッテリーの電力切れにて強制終了されます。現在の消費電力から電力切れまでの時間を計算。ホタルちゃんの寿命は、残り22000分弱と推定されます」
ご親切に聞いてもいないバッテリーの残量まで教えてくれる。なるほど確かに少しばかし頭が良い。ただ、22000分ってどのくらいだ……? 大体16か17日間ってところだろうか。もしかしてコイツ、その間ずっと消えないのか……?
「おいおい、嘘だろ……」
とんだガラクタじゃねーか。恨むぞジャンク屋の爺さん。
とりあえず、もう俺は今すぐにでも寝たい。
「よしわかった。最悪電源は落とせなくてもいいから、せめて寝てる間は静かにしていてくれ。マスターは寝る」
「——わかりました! おやすみなさいマスター。子守歌が必要な場合はお声かけ下さい」
いや、だから静かにしてくれと……。それに子守歌とは、やっぱりどこまでも子供向けのおもちゃじゃないか。
それ以降、ホタルちゃん? AIは、発光は抑えられずにいたものの、命令通り一言も発することは無かった。
…………あと一回。
あとたった一回の試技で、優勝できるかもしれない。
必要なタイムはそれほど好タイムじゃなくていい。普段の練習でも出せているようなそんな程度のもの。
なのに……。
淡灰色のキューブ、冷え切って感覚の無い指先、荒くなる呼吸、いつの間にか音までも聞こえなくなって……。
気付けば俺は————キューブを置いていた。
「……んはぁっ!」
……。
……はぁ、またか。
やけに部屋が明るい。
そうか、飯も食わずにそのまま寝てしまったんだったか。
窓の外を見れば、空……というか船の天井に、明け方の空が投影されていた。
「——おはようございます! マスター」
その声に振り向くと、ニコッと笑ったホログラムの女の子が一人。
それで、全てを思い出した。
そうか、あのあとすぐに寝て、それっきりだったのか。
部屋の照明は消しているが、キューブの発する光で部屋中が照らされている。そのせいで睡眠が浅かったのか、いつもよりだいぶ早い時間に目覚めてしまった。
このままだとしばらくは眠り辛い夜が続きそうだ。彼女のバッテリーが切れるまであと17日だったか、その間の辛抱だ。
……いや、待てよ。別に17日間も待つ必要はないか。
「なぁ、えっと、昨日の話の続きをしよう」
「——はいっ! なんでしょうマスター」
声を掛ければ、自然に返答してくる。スペックはそう低くないか。もしこれで特定のコマンドにしか反応できないようだったら困りものだったが、その心配は無さそうだ。
「お前をシャットダウンするためには、ミッションの最終フェイズ完了? が条件なんだよな?」
昨日の寝る前にした会話を思い返しながら、足りない情報をすり合わせる。
「——はいっ! ホタルちゃんが人類を存続させるために、マスターには10のミッションが与えられています。それを全て完遂するまで、ホタルちゃんはシャットダウン不能です」
つまり、それはあれか? 起動したが最後「10個のステージをクリアしないと電源が落ちないゲーム」みたいなことか?
そりゃまた何ともはた迷惑な仕様なことで。制作者の頭を小突いてやりたい。
ふざけるな……と目の前のキューブを今にも窓の外に投げ捨ててやりたいところではあるが、流石に不法投棄するほど常識知らずでもない。
ましてやおもちゃとは言え、自分が捨てられているということを理解しているAIを目前に投棄するのはあまりにも寝覚めが悪い。
とあらば、仕方ない。
「よし、わかった。その10個のミッションとやら、さっさとやって終わりにしよう」
どうせ子供だましな内容だろうし、さっさと終わらせればバッテリー切れを待つ必要もなくなるじゃないか。
「——わかりました! 話のわかるマスターでホタルちゃんはお鼻が高いです! それでは、まずはこちらをお願いします」
そう言われ、目の前に投影されたものを見た俺は、呆れたように自分の頭の上に手を乗せた。
「——マスターには、こちらのキューブの解錠をお願いします」
まさかそう来るとは。
と、ここで一つ疑問が浮かぶ。
「なぁ、おい。これってもしかして、10個ともそうなのか……?」
げんなりした様子で訪ねる。
「——はい! 話のわかるマスターでホタルちゃんはお鼻が高いです!」
返答は悪い意味で予想通りだった。
しかも、目の前のキューブをよく見てみれば、またしても一定の間隔でスクランブルが行われ、配列がパチパチと切り替わっている。
昨日の一回でもう十分おなかはいっぱいだというのに、まさかさらに追加で10回もこれをやらされるとは。
まぁ、うだうだ言っても仕方がない。相手にこっちの不満が聞き入れられるはずも無いんだから。
「大体、なんだって俺がこんな事しなきゃ……」
とはいえ人間、理性とは裏腹に恨み言はこぼれ出る。
「——マスター、これは必要な事です。ホタルちゃんの記憶および機能は10個のキューブに分割されて格納されています。これらを全て解錠しないと、人類を救う事が……」
あーはいはい。そういう設定なわけだ。それなりに作りは凝っている。
「それで? このキューブどうやって回せって?」
当たり前だけど、ホログラムのキューブに触れられるはずも無い。
「——こちらのキーボードを使って下さい」
AI少女がそう言うと、今度は上面ではなくキューブの手前の面からキーボードが投影された。
「——こちらのキーボードで、キューブの回転を操作可能です」
ホログラムのキーボードに触れると、感触は無いものの投影されているキューブがカシャっと動く。
操作はそれほど難しく無く、AI少女の説明を少し聞くだけで簡単に理解できた。
要約すれば、上中下の三段をABCとして、Aと打って上段を時計回り、小文字にすれば反時計回り。その要領で右中央左の三列がDEF、奥行きの三列がGHIといった具合だ。これで大文字と小文字のタイピングのみで全ての段を回転させることが出来る。
「これ、制限時間は? あと挑戦回数とか」
「——原則、制限時間は有りません。挑戦回数も無制限です。達成条件は各スクランブル間隔以内にキューブを完成させることとなります」
なるほど、大体理解した。
なにより、時間制限が特に無いってことは……
「よし、帰ってきてからやる」
とりあえずは高校だ。気が付けば、思いのほか時間が経っていた。
遅刻したり成績が落ちたりしたら特待生じゃいられなくなる。そうなれば無駄に学費も払わなきゃいけない。要するに遊びは後回し、何をするにも優先順位ってものがある。
歯を磨いて制服に着替え、リビングに出向いた。
すると……。
「ちょっと、おにぃちゃん! 電気つけたまま寝んごてって言っとるやろ! 余計に電気代かかるやん!」
開口一番、リビングに入るなり猛抗議にさらされる。
「で、電気……? いや、寝る前にはちゃんと消して……」
「もぉ! またすぐバレる嘘つくし。夜中、おにぃちゃんの部屋のドアの隙間から薄っすら光が漏れとったとよ!」
そんな事言われても。
寝る前にはちゃんと電気を消したはずだけど…………あ。
数秒もかからない内に、心当たりが浮かぶ。
「いや、電気は消してたんだって本当に。ただ、昨日手に入れたやつがちょっと……」
「またガラクタ買ってきたと!? まぁ自分のお小遣いの範疇やけん良かけど、そんなもん買っとらんで、もっと可愛い妹に課金した方が良かと思うよ」
また始まった……。いつものやつだ。
「日頃から妹連れてスイーツ巡りとか、お買い物とかそげんことしてくれとったら、もっと、おにぃちゃん好きーとかおにぃちゃんかっちょいいとか言うてあげるとよ?」
なんか言動が危ういな……。
こんなのでも妹は妹、一応兄としてはちゃんと導いてやらないといけない。
「海羽お前、絶対そういうの知らないおっさんとかにするなよ……?」
「なん言っとると? こんなことおにぃちゃんにしか言わんやろ。あんまりバカにせんでよね。このシスコンおにぃ」
何故か怒られる俺。それと俺は別にシスコンではない。
そんなこんなであーだこーだと言い合いながら椅子に着く。それを見て、「はい、どーぞ」と海羽の手で朝食がテーブルに置かれる。
「おにぃちゃん、昨日の朝ご飯食べんで行ったやろ。やめんね、私が朝練でおらん日でも面倒くさがらずにしっかり食べんしゃいね」
「いや、面倒臭がったわけじゃ……。ただ、寝る時間を惜しんだだけで」
「それを面倒くさがっとるっちゃ言っとっとよ! もぉ!」
確かに、俺は妹が朝食を用意してくれる火曜日と木彫日しか朝食をとらない。
両親はもうしばらく前に亡くなっているし、二人暮らしな手前、妹が家にいない時は誰に口うるさく言われることも無い。
ただウチの妹、海羽は健康オタクで、健康食品やら体操やら、あと栄養面にもうるさい。「おにぃちゃんは今後もずっと私が作ったもんだけ食べとけばよかと!」なんてよく言うくせに、食べないと食べないで怒るから結構気難しい。
おかげで俺の朝食はいつもかなり青々しい。本当は別にそんなに好きでもないサラダも黙って食らう。これもある種の兄の愛だ。
「あ、そうや、おにぃちゃん。雪歩ちゃんに借りとった漫画、後で渡すけん、代わりに返しとってくれる?」
「なんで俺が。会った時に自分で返せばいいじゃん」
「どうせ同じ教室なんやけん、別にいいっちゃけん」
何が悲しくて妹が借りた少女漫画を幼馴染の女子に返さなければならないのか。
「そいじゃー、お願いね?」
そう言ってにひひと笑う妹に、俺は結局なし崩し的に「はいはい……」と返すしかなかった。
「ふわぁ~あ」
ついついあくびが出る。
今日は弥一が風邪で休んでいることもあり穏やかな一日。
そんでもってやっとこさ昼休み。
買い弁だった昨日と違って、部活の朝練が無い曜日は海羽が俺の分も弁当を作ってくれている。本人は朝練がある日でも作ってあげると言ってくるが、ただでさえ早起きな日にさらにそんな事をさせるのは流石に遠慮する。
うちでは、海羽は家事を色々とやってくれている代わりに俺が最低限の生活費を稼いでいる。と言っても、お世辞にも安定しているとは言えないようなバイトで、節約ありきで何とか生活できているという感じだけど。
バイトの内容的には鍵開けの依頼がメインで、この電子化が進んだご時世に、開けられなくなった物理ロックの古めかしい金庫やら鍵やらを出向いて開けるような依頼を請け負っている。ガジェット好きの俺としてはそこそこ楽しくやれていい。相手も老夫婦ばっかりで基本的に優しい。
ともあれ昼食だ。鞄から弁当を取り出して、机の上に広げる。
相変わらず、健康に気を遣った色鮮やかな献立。ただ願わくば、ハート型に切り抜いた海苔だけはやめていただきたい。
「うわぁー! 相変わらず凄いお弁当ね」
見上げると、いつの間にか机の横に立ちこっちを覗き込んでいる女子が一人。
「愛妻弁当ならぬ、愛妹弁当だぁ~」
茶化す様に笑う女子。まぁ、関係性あっての事だからいちいち怒るほどの事でもない。
篠沢雪歩(しのさわゆきほ)。こいつとは小さい頃からの仲で、いわゆる幼馴染だ。だから海羽ともかなり仲がいい。
「いいなぁ~。あたしも海羽ちゃんみたいな妹欲しかったなぁ~」
「じゃあ試しに海羽にそう言ってみれば? 案外、海羽もお前みたいな姉が欲しいって思ってるかもな」
なんて、冗談交じりに言ってみる。
「ねぇカイ。もしそうだったら海羽ちゃんあたしにくれる?」
「いや、それはおかしい」
「うわぁ~シスコンじゃん」
「いやいや、別にシスコンではない」
そう、俺は別にシスコンではない。ただ二人だけの家族で兄妹仲もまぁ良い方だろうし、普通に大切に思っているのは確かだ。
「ま~その場合はあたしやカイの意見は抜きにしても、海羽ちゃん自身が一番許してくれないだろうね~」
「どういう意味?」
俺がそう聞き返すと、雪歩は何故か呆れたように首を横に振った。
「ていうか、お前弁当は?」
「ん~? これ、カツサンド~。ここで一緒に食べていい?」
「え、なんで」
こっちの言葉は聞こえぬふりで、構わず購買で買って来たカツサンドを開け食べ始める雪歩。まぁ別にいいけども。
「ほら、あれ」
雪歩が目配せをして自分の席の方を示す。すると、雪歩の席はすっかり男女グループのたまり場と化していた。
「買いに行ってる間に乗っ取られちゃって」
「言えば退いてくれるだろ?」
「いいよ別に、めんどくさいし。それともカイ、お昼あたしと一緒じゃ嫌なわけ?」
「別にそうは言ってない」
実際、このクラスの中なら弥一を除けば次に俺と親密度が高いのは雪歩だろう。
「あ、そうだ雪歩」
と、今更になって、今朝海羽から頼まれたことを思い出す。
「これ、海羽から返しといてッて頼まれてたやつ」
「ん? ああ~、ありがと」
危うく、完全に忘れるところだった。ともかく、これで妹からの依頼は完了っと。
「そういえばさ、実はあたしもカイにちょっとお願いしたいことがあって……」
「ん……? 何」
次から次へと。まぁ、とりあえず話くらいは聞いてみることにした。
「実はさ、友達のお父さんが最近亡くなったらしくて。絶縁症だったんだって……。それで、その遺品整理で何かのメモリー? みたいなのが出てきたらしいんだけど、ロックが掛かってて開けられないんだって。昔からデジタルにも強かったし、そういうの何とかならない?」
雪歩は打って変わって真剣な顔で相談を持ち掛けてくる。
けど…………
「それは無理だな。デジタルは管轄外。強いって程でも無いし」
「冷たいなぁ~。とりあえず見てくれるだけでも良くない?」
「見たって無理な物は無理。そういうのやってるちゃんとしたところに頼めばいい」
「それが古すぎる形式らしくてさ、結構値が張るんだって。ね? お願い!」
そう言われても。俺はもう一度首を横に振る。
別にデジタルに弱い訳じゃないけど、俺は専門的な事が分かるほどでもない。
雪歩には悪いが、出来そうにも無いことに時間を割くほど暇人でもない。
結局、渋々とはいえ雪歩も納得してそれ以上は頼んでこなかった。まぁ、あっちもある程度ダメ元で頼んできたようだし、こっちが気に病むことでも無いだろう。
昼食を終えると、すぐに午後の授業も消化し、ほとんどの生徒が部活や委員会に繰り出す放課後。
俺はと言えば今日は仕事の依頼が入っていた。学校帰り直接に依頼者のもとへと向かい、解錠の依頼をこなしてそのまま帰宅する予定だ。
「悪いねぇ……。物置の鍵がどこかにいっちゃってねぇ」
「いえ、大丈夫ですよ。すぐに開きますから」
俺のところに回ってくるのは、この手の依頼が多い。ほとんどが電子ロック錠のこのご時世で、物理的な施錠を好むのはお年寄りに多い傾向があるからだ。おかげで、俺みたいな個人にもそれなりに依頼が回ってくる。
「今日はありがとねぇ。はい、これ」
「どうも。また何かあれば呼んでください」
依頼料の入った封筒を受けとって軽く挨拶を交わし、その場を後にする。
今回は特に手間の掛からない楽な仕事だったのもあって、時間的にも体力的にも余裕がある感じだ。
帰ったらアレも早めに片付けないといけないか。今朝は海羽からの誤解を解けたとはいえ、ずっと部屋でピカピカ光られていてはかなわない。
そんなことを考えながら電車に揺られ、乗り継ぐこと数十分、投影された空が薄茜色になるのと時を同じくして、俺は家にたどり着いた。
「——おかえりなさいませ。マスター」
相も変わらず起動しっぱなし。早い所こっちもケリをつけないと俺の睡眠の質に関わる。
「よし、今朝の続きをするから。キューブを出してくれ」
「——はい! 了解です。キューブ、展開します」
ホタルの合図で、瞬時に空中にキューブが構築される。
キューブは、当然のように10秒間隔でスクランブルが行われ、色の配置がシャッフルされている。
俺は、ふぅと肩の力を抜いて呼吸を整えると、目の前にホログラムで投影されたキーボードへと静かに指を置いた。
「んっ、んぐ、んあぁ~……」
凝り固まった体をぐーっと伸ばして、声を上げた。
一時間と数十分の格闘の末、何とかキューブの解錠に成功する。
二度目だからか、起動時のキューブの解錠よりもかなり早くクリア出来た。
「——アライメントキューブNo.01の解錠を確認——。内部データをインストールします」
そう言ったままフリーズしたホタルの頭上を見れば、ゲージ状の表記があった。
どうやら連続での挑戦は出来ない設計らしい。煩わしいけど、そういうルールならこっちとしては従うほかない。
しばらくそのまま放置して、十数分経過した頃……。
「——インストール完了——」
「ん? 終わったか」
「——マスターへのダイレクトリンクにて情報を共有します」
「んんー?? 共有?」
瞬間、視界が真っ白になり、かと思えば、突然モニターの電源が切れたかのように真っ暗になった。
(ここは……?)
上も下も分からない暗闇の中。
突然、頭に刺すような痛みが走る。
それと同時に、大量の断片的な映像、音声が直接脳内に流れ込んできた。
『ありえない! ファーストプランたる我々が——』
『もうほとんどの人間が奴らに侵食されてしまいました……。これ以上は——』
『あの小娘の研究はまだ形にならんのか! クッ、能無しめ——』
『電気的生命体……テクスチャ——』
『我々は、パンドラの箱を開けてしまったと言うのか——』
間もなくして、全ての情報を読み終えたのか、はたまた痛みに耐えかねて意識が飛んだのか、そのどちらかはわからないけれど、俺の意識はそこでぱったりと途切れた。
「ま……」
薄っすらと声が聞こえる……。
『ます……』
そして、だんだんと鮮明に……。
「——マスター! 起きて下さい!」
「……はっ!! な、なんだ!」
聞こえていたのは、ホタルの声だった。いつになく切迫した呼び声に、閉じていた意識が叩き起こされる。
「な、なんだったんだ……さっきの。ただの……夢?」
寝ぼけた眼を擦り、窓の外を見ると、既に日は暮れていた。
「てか、もうすっかり夜かよ……」
「——マスター。近くに反応があります」
「ん? 反応って、なんの??」
「——当該パターンを分析……間違いありません。テクスチャです」
……テクスチャ? それって、そういえばさっき夢の中で見……
バリンッ!!
まるで思考をぶった斬るように、甲高い破裂音が家の中に響き渡る。
何事かと急いで音のした方へ駆けつけると、床には割れた皿の破片とへたり込んだ海羽の姿があった。
「み、海羽! 大丈夫か!?」
「……あ、あれ? おにぃ……ちゃん? ……え?」
明らかに、海羽の様子がおかしい。
すぐにそう気づいて、小さく震える海羽の肩を掴み、顔を覗き込む。すると……
「おかしいと……。わ、私……目、見えんくなっとる……」
光るように赤くなり、さらにチカチカと点滅する海羽の目。
「こ、これ、まさか……! ぜ、絶縁症……?」