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Prologue:海中にて

 ハァ……ハァ……。


 自分の指先が冷えていくのがわかる。

 意識していないと呼吸も自然と浅くなっていく。

 息苦しい……極度の緊張状態。

 まるで真冬の海で凍えながら溺れていくような、そんな感覚の中。


 俺は合図と共にパッと目を開く……

 すると目の前には、白と灰色だけの景色が、広がっていた……。




ピピピッビピピッ……。


「んー……んっ……」


 朝日を擦り落とすようにまぶたをゴシゴシと掻く。

 朝か。そしてまたしてもあの時の夢。

 こうも周期的に同じ夢を見ていると、もういい加減、見飽きてしまった。

 とりあえず、歯でも磨くとするか。


 Averageアベレージ ofオブ 5(ファイブ)


 「一番良い記録」と「一番悪い記録」を除いた残りの三つで優劣を競う形式で、スピードキュービングの大会では概ねこの形式が主流だ。

 そもそもスピードキュービングとはなんぞやと言われれば、まぁ簡単に言えば「ルービックキューブをより早く揃える」という競技の事だ。

 かくいう俺も、昔はいわゆるキュービストの一人で、神童なんてもてはやされたり、世界大会で優勝に手が届きかけた事もあった。でもそれも数年前の話、ここ何年かはキューブに触れてすらいない。


 スピードキューブ世界大会のあの日……。

 俺は四回の試技を終えて、結果としては……下振れ、普段通り、上振れ、上振れ、といった具合に絶好調だった。残す最後の一回の試技で贅沢を言わずとも普段通りのタイムが出せれば、優勝も夢じゃないところにつけていた。

 ただ、最後の一回、その途中で俺は…………極度の緊張から、色が見えなくなった。

 勿論、ずっとって訳ではなく、一時的にだ。

 おかげで大会の結果は散々だったが、その後の日常生活に支障は無い。


「~~近年拡大を続ける絶縁症による死者数が遂に10万人を記録しました」


 テレビをつけると朝のニュースがリビングに響き渡る。


「次のニュースです。百年前に飛来後、海中から回収調査が出来ずじまいとなっていた謎の隕石。そのサルベージが行われる事が正式に発表されました。サルベージの実施は本日より二週間後に通過予定の練馬海域にて行われる見込みです」


 さっきまでの暗いニュースからは打って変わり、今度はテレビからくだらないニュースが垂れ流される。

 こう言ってはなんだが、いまさら百年も前に降ってきた隕石なんて引っ張り出してきて、一体何をするっていうんだ。


 結局、これまで百年もサルベージが行われなかったのは、回収の優先度が低い代物だったってことじゃないか。

 膨大な費用が掛かるサルベージは、未回収の年数以前に、優先度が高い物から順に行われる。特に優先度が高い物と言えば、海中に沈んでしまった科学技術のデータ類や重要な機材、人命などがそれにあたる。


 水底に沈むロストテクノロジー、それを拾いながら航海を行う移民船マリンステーク。

 海中に突き立てられた巨大な杭のような形状からそう名付けられたこの船には、実に三千万人のもの人が今日も暮らしている。


 制服に着替えて、テレビの電源を切り、靴を履いて外へ出る。

 相変わらずの人工日光、作り物の風に、投影されただけの晴天。

まぁ、どれも天然の物を拝んだことが無いから違いはわからないけど。


「ふわぁ~~あ」


 ひとつあくびをついて、いつも通り高校へ向かう。

 今日は何かの小テストがあった気もするが、何の科目だったかは覚えていない。

 まぁ、いいか。どうせ教室に着けば誰かしらがその話をしているだろうし。これでも人並みには授業を聞いているつもりだ。小テスト前に多少復習しておけば赤点の心配は無い。


 そんなことを考えている内に、気が付けば校門を通り過ぎて昇降口。

 電子手帳をゲートにかざして登校記録をつけ、下駄箱へ。上履きに履き替えてそのまま教室へと向かう。

 席に着くと、まもなくしてホームルームが始まった。


千里海音(せんりかいと)

「——はい」


 名前を呼ばれて教師に返事をする。点呼だ。

 電子的に記録(ログ)を取っているっていうのに、原始的な点呼にどれだけの意味があるのかは謎だ。


 有っても無くても大差ないようなホームルームを終え、窓の外をボーっと眺める。

 幸い俺の席は窓際で、風通しもいい。


「カイト~、今朝のニュース見たかい?」


 黄昏ていると、クラスメイトの一人が藪から棒に声を掛けてくる。


「ん、見たよ。隕石のサルベージが何とかってやつだろ」


 こいつが好きそうなトピックはわかっている。


「そそ。それで実はそれ、島崎海洋重工(ウチ)でサルベージを請け負う事になってるんだよね~。いやぁ正式に発表されるまでは口外しちゃいけなかったんだけど、これでやっと話題に出せるってもんだよ」


 楽しそうに語るコイツは、島崎弥一(しまざきやいち)。島崎海洋重工の御曹司で、無類のオカルト好きだ。

 弥一の話を聞いていると、どうやら(くだん)の隕石とやらは未知の金属製らしい。

そんな物に一々目を輝かせては、やれUFOの一部かもしれないだの、やれ侵略者が地球に刺した目印(マーカー)かもしれないだのと、よくもまぁそんな逞しい妄想が出来るものだ。

 未知の金属かナニか知らないが、オカルトに興味の無い俺にとっては、言ってみればただの鉄塊でしかない。


「とにかく! サルベージしたら研究機関への移送までは一日余裕があるからさ、一目で良いから見に来なよ! こんな機会そうないんだからさ!」


 こっちの温度差もお構いなしの弥一。断るとむしろ長引きそうな雰囲気を感じて首を縦に振ったはいいが、やっぱり毛ほども興味が沸かない。当日は、仮病でも使えばいいか。


「あ、ところで弥一。今日の小テストって、何の科目だっけ」


 とりあえず、なんでもいいから話題をすり替えてみる。


「え? ああ、そういえば今日は海底史の小テストがあるって話だったね。ていうか、その調子じゃテスト勉強はしてないね? 流石、特待生は余裕が違うねぇ~」


 あえて皮肉っぽく煽る弥一には取り合わず「別に」と切って捨てる。

 特待生になったのだって、別に高尚な目的や目標があるわけでも無く、単に学費を削りたかっただけの事だ。

 ともあれ、小テストは海底史か。まぁ確かにテスト勉強はしていないけど何とかはなるか。


 授業が始まり、案の定開始早々に小テストが配られる。

 海底史。俺たちは生まれるよりずっと昔は、ほとんどの国が船の中じゃなく陸にあったらしい。今となっちゃその頃の多くの国は海中に沈んでいるけど。海底史はそんなかつて陸にあった国の歴史を学ぶ学問で、考古学の側面もある。


 カーン。


 終鈴が鳴り、放課後。

 若人たちはそれぞれ、部活や委員会に繰り出していく。対して俺はと言えば、紛うこと無き帰宅部。

 放課後は、空がまだ青いうちにさっさと帰るに限る。

 と、その前に今日は帰りに少し寄り道でもしていくか。




「よぉ坊主、今日もなんか買っていってくれんのか?」


 ここの露店には、店主に顔を覚えられる程度には通っている。いわゆる常連だ。

 店主の爺さんは個人の回収屋で、潜水艦で海に繰り出してはガラクタを漁ってきて、こうして露店でジャンク品として売っている。

 弥一の実家のように正規の、それも大手のサルベージ業に比べたら個人勢の拾ってくる物は正しくガラクタそのものだが、存外俺にとっては良い玩具になっている。


「爺さん、なんか掘り出し物のガジェットはある?」

「ガジェット好きは相変わらずか。この前の無限機動オルゴールはもう飽きたのか」


 確かに少し面白くはあったけど、解体して仕組みを分析したら大体わかったし、もうあれにオルゴールとして以上の価値は無い。


「そういや、最近拾って来たモンがあるな。坊主が気に入るかは——」

「いいよ、買ってく。どうせガジェットのストックも切らしてるし」


 このまま何も買わずに家に帰っても、特にすることも無い。ならせめて何かしら手近に適当なガジェットを手に入れて、部屋で弄っている方が暇潰しになる。

 爺さんに代金を払って、金属の塊を受け取る。


「そいつぁ、ワシにもよくわかんねーが、中で何やら駆動音がしとるから何かしらの機械仕掛けだろうよ」


 そう言って渡された金属の塊は立方体で、耳元にあてがうと、確かに中から小さく駆動音が鳴っていた。

 

 爺さんに礼を言って露店を去った後、一目散に家へと返ってきた俺は部屋に籠ると、仕入れたばかりの立方体のガジェットを机の上に置いた。

 さてさて、どうしたもんか。この手の形のガジェットはどこかに引き出しがついているか、寄木細工の要領で特定の手順で中の物を取り出せるようになっていることが多い。

 

「とりあえず、触ってみないことにはわからないか」


 ひとまず手に取って観察する。見た目は銀一色、大きさは丁度手のひらサイズで、角は少し丸くなっている。

 材質は……これはなんだ。アルミや鉄、銀では無さそうだ。こうガラクタばかり弄っていると見たり触ったりすれば多少は材質が分かるものだが、コレに関しては何の金属か分からない。

 見た目や材質の他には分かる事と言えば手触りくらいだけど、なんとも不思議な感触だ……。一つの平面上に複数の感触がまばらにある。ザラついていたり、なめらかだったり、ひんやりしていたり、あったかかったり、光沢のある個所もあれば、曇っている箇所もある。

 次は力を加えてみる。左右を掴んでぐっと外側に引っ張るがビクともしない。上下も同じく何も起こらない。そして、今度は瓶の蓋を開けるように上下を捻じってみる。すると……手応えがあった。


「これ……まさか……」


手に馴染むこの感触。すぐにこれが何なのか直観的に理解した。


「これ、キューブ……なのか……?」


 となれば、やることは簡単……。

 揃えればいい。それだけだ。

 ……大丈夫、今回は失敗しても何かある訳じゃない。何年も触っていなくても頭と指は覚えている。

 各面の中央部は固定されているから、そこを触ればどの面に何を揃えれば良いかはわかる。

 右面にザラついた面、左面はなめらかな面、手前にはひんやりした面で奥には温かい面。上面は光沢のある面で、底面が曇っている面か。見た目でわかり辛い分、配置の観察、いわゆるインスペクションにも時間が掛かる。


「……よし、これで……」


 そう意気込んで、キューブを握った瞬間。ポーン、という電子音と共にキューブがほのかに光を放つ。


「なっ……! お、おい、これ……!」


 発光自体は一瞬で収まった。しかし、問題なのは……。

 パーツの配置が変わっている。それもランダムに。

 しばらく試しながら観察してみると、どうやら最初の一手目から10秒経過でパーツのスクランブルが行われてしまうらしい。


「つまり、インスペクションを含めて次のスクランブルまでの10秒以内に揃えろってか……!?」


 通常の六色のキューブならまだしも、見た目では全面銀色のこのキューブでそれは……。

 まぁ……別に何かが懸かっているわけでも無し、何度でもやり直していいならちょっとしたゲームと割り切って挑戦してみるとするか。




「やっと…………、やっとおわった……」


 挑戦を始めてから、実に三時間半。幾度となく挑戦を繰り返してやっと、遂に時間内に揃えることに成功した。途中からはインスペクションを省略して、触りながら解いていきなんとかといった感じだった。

 こんなに集中したのはいつぶりだろう。


「さて、これで、何が——」


 その瞬間、またしてもキューブが発光し始め、光は上面の中央部へと集まると、そのまま中空へ照射され、ホログラム映像を浮かび上がらせる。


「——コアキューブの解錠を確認——。」


 な、なんだこれ……。

 キューブの真上に小さく映し出されたそれは…………


「——貴方が、ホタルちゃんのマスターですか?」


 一人の女の子だった。


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