1-1話 事件の概要
恋愛ジャンルなのにで、トリックを暴くというより。人間ドラマを重視しています。
ソノヘンヤ士官学校は、大きな敷地にあった。
全ての建物が、上級族の屋敷を遥かに上回る大きさ。
大理石で造られた、建物が町の様に彩っている。
敷地内は石畳の道で出来ている。
流石帝国最大の士官学校と言う場所だ。
「なんか圧倒されますね……」
事件が起きた直後だからなのか。
外を歩いている人は、少ない。
それでも上等な服を着た人を、何人か見かける。
「一生縁がないと、思っていたから。緊張します……」
「たかが学校だろ? サンバのリズムに合わせて行けば大丈夫だ!」
遠慮なく、フライが踊りながら門をくぐる。
「ヘイ! 道行く子羊達! 俺は導く、親羊!」
「導かれたくないし、それラップです」
「ノー、ノー。これはラップじゃなくて……」
回転した後、ポーズを取るフライ。
「サンラップだよ!」
「サランラップみたいに言わないで下さい」
――本当にこの人と一緒に、事件を解決できるのかな?
アイリーンは溜息を吐いた。
「心配するな! 殺人事件の捜査自体は、初めてじゃないさ」
「急に頼もしくなりましたね……。では手ほどきお願いしましょうか?」
「ああ。基本だが、まずは死因と殺人と言う根拠を聞こうか?」
フライは慣れた手つきで、モロボシに確認を取る。
「死因ですが、落下死だと推測されています」
被害者の傷跡や、骨の損傷から。
高所からの転落が死因だと、推測されたそうだ。
「遺書らしきものはなし。推定では、六階程の高さから落ちたと」
「落下した時の衝撃は、高さに依存するから。割り出せるんだ」
アイリーンは久しぶりに、フライが探偵だと思い出した。
推理力はないが、知識の分は問題がない。
「六階って……。でもこの学校……」
「はい。全てが十階以上の建物です」
アイリーンは建物の大きさに驚いた。
貴族の屋敷でも、精々四階までが限界だというのに。
「でもここで、不思議な事があります」
「不思議な事ですか?」
「はい。まずどの部屋から飛び降りたのか、分からないのです」
メモ帳を取り出しながら、説明を続けるモロボシ。
アイリーンがチラリと、中身を拝見すると。
物凄い几帳面に、文字が書き並べられている。
「まず六階の部屋は、当時警備が巡回していたのですが……。全ての部屋に鍵がかかっていたそうです」
複数の騎士が、確認しているので間違いない。モロボシは断言した。
被害者が鍵を持ち出せる立場にない事も、説明する。
「被害者は食堂のコックです。食堂以外の鍵は、持ち合わせていません」
「密室か……。でもそれだけなら、部屋くらいは特定出来るのだろ?」
「そこで第二の問題が。被害者は丁度、部屋と部屋の間で倒れていました」
窓から飛び降りたなら、その位置に辿り着くことは不可能。
屋上ではないため、部屋の窓以外飛び降りることはできない。
「風魔法で吹き飛ばされとかは?」
「付近に魔法が使われた形跡はありません」
魔法を使うと、その場に魔力が二十四時間残る。
風魔法が使われたとしたら、魔力を感知すれば分かる。
「遺書の類はなし。騎士団は殺人の方向で動いています。ただ……」
「なんだよ? もったいぶらずに言ってくれ」
「音をした直後、巡回していたものが、直ぐに駆け付けたのですよ」
その時間は秒単位。犯人が細工する時間はない。
「つまり死体を動かす時間など、なかったという事か……」
「はい。なので、被害者は最初から、発見位置に落下したとしか……」
騎士団はそれで頭を悩ませていた。
落ちた部屋さえ特定できれば、手がかりになるのだが。
それすらも分からないというのだ。
「容疑者は絞れているのか?」
「はい。その時、六階に鍵をかけて部屋に籠っているものが三人居ました」
――三人……。学校の人数からは、絞れた方ね……。
アイリーンは微かな手がかりに、ホッとした。
「まず、終始何言っているのか分からない数学者、"アル"」
「所長とそっくりですね」
アイリーンは冗談のつもりで口にしたのだが。
モロボシが真剣なまなざしで彼女を見つめた。
――あ、言い過ぎたかも……。
「レベルが違うんです」
「ええっと……。どっちの?」
「会えば分かります」
――会いたくねぇ!
アイリーンは聞き込みの前から、不安になった。
「次は、質問に質問で返す物理学者、"ビー"」
「面倒臭そうな人ですね……」
「物理学者の性だそうです」
――絶対違う……。
「最後は何でも解剖したがる、生物学者の"キャップ"です」
「ロクな人居ねぇ! しかもみんな、間違いを犯しそうですよ!」
アイリーンは雲行きの悪さに、頭を抱えた。
モロボシから事前に癖が強いとは聞いてたが。
こうして確認すると、とんでもない人ばかりだ。
「ふむ。面白い人ばかりだな」
「どこがですか!? 変な人ばかりですけど! って、所長はそっち側かぁ!」
そう言う意味では、フライは適切だ。
目には目を歯には歯を。変人には変人をぶつければ良いのだ。
多分会話がかみ合わないと、アイリーンは予感していた。
「では早速その隣人達と、会わせてくれるかね?」
「えぇ……。私はまだ心の準備が、出来ていませんけど……」
「全員、研究室にいますよ。殺人が起きても、研究が大事だそうです」
研究室の場所を、地図にメモしてもらった。
事件が起きた建物の、六階が彼らの研究室だ。
つまり犯人以外の人物は、事件当時に研究をしていたこととなる。
「実は……。我々もまだ、彼らから話を聞けていないんですよ……」
「だろうな。だから俺らに泣きついて来たわけだ」
「泣きつこうと思ったのは、アジル様ですけど」
モロボシの言葉に、フライは高笑いをした。
間違いなく変人である、フライなのだが。
同時に良い人であることは、違いない。
従者とここまで距離が近い貴族を、アイリーンは知らない。
士官学校を訪れて、脳裏に過る。
何もかもが、あの男と正反対だと。
「では、早速向かうぞ! アイリーン! 後に続け!」
「はいはい……。分かりましたよ」
落ち着きのないフライに、アイリーンはついていく。
最初に向かうのは、数学者アルの場所のようだ。
少々の不安と、ある意味の心強さを抱きながら。
アイリーンは校舎の中へ入った。
流石に事件直後のこともあって、校舎内は人が居ない。
こんな時にも研究を続けるのは、良い度胸だと彼女は思った。
「緊張しているのか? ここに来てから、腕が震えているぞ」
フライがアイリーンを気に掛けて、声をかけてきた。
観察力は本物である。それが推理力に活きればなぁっと、惜しく思う。
「実はここ。妹が在学している学校なんです」
アイリ―ンの妹。ニーシャは、現在もこの学校にいる。
もしかしたらすれ違うかもと、彼女は怯えていた。
「私は妹の学費のため。借金のカタとして、奴隷にされました」
アイリーンの家では、学費を払えない。
そこで両親は、多額の借金をすることで事なきを得た。
「妹は私から婚約者まで奪いました。どうしようもない男でしたけど」
「そうか……。先に言ってくれれば、連れてこなかったんだがな」
気づかいに感謝しながらも、アイリーンはフッと笑った。
「所長一人で、どうやって推理するつもりですか?」
「それもそうか。アーハハハ!」
そうだ。例え妹と対面しても、それは過去の存在。
今のアイリーンにとって、一番大事なのはフライ達なのだから。