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プロローグ 殺人事件発生

 怪しいものがいないか。士官学校の生徒、ケルは巡回していた。

 学費を稼ぐため。夜の警備を、バイトとしている。

 まったく……。この学校は講義は良いのだが、学費が高すぎる。


 下級貴族でギリギリ。平民はこうして、バイトをするしかない。

 昼は講義で夜はバイト。中々ハードな生活を強いられている。


「うぅ……。寒い……! 速く終わんないかな……?」


 ここは騎士のエリートが揃う、士官学校だ。

 学生のバイトを雇わなくても、襲撃なんかされない。

 毎日ただボーっとしているだけで、賃金が支払われる。


 傍から見れば楽な仕事に思えるが。

 実際は何もすることがない、地獄の様な時間だ。

 こう暇だと、時間が経つのも遅く感じる。


 どうせ今日も何も起きないよ……。

 ケルビムは溜息を吐きながら、巡回を続けていた。

 若干眠くなってきたその時だった。


 何かが落下した様な音が聞こえる。

 ――また教授が怪しげな実験でも始めているのか……?

 ケルは怪訝に思いながらも、音の下方向へ向かった。


 二度目の落下音。これは近所迷惑だ。

 研究室を特定して、注意するぐらいはしなければな……。

 などとこの時は呑気な事を考えていた。


「は?」


 この状況を理解出来なくて、誰が責められようか。

 音のした場所に落ちていたのは、実験物などではない。

 頭から赤い液体を流した、人間だった。


「あ、アンタ! 大丈夫か?」


 ケルは慌てて、倒れた人物に近寄った。

 応急処置の仕方は講義で習った。

 その前に……。生存確認が必要だ。

 

 ケルは息を飲みこみながら、脈を図った。

 既に鼓動が停止している。マッサージをして、助かる状況じゃない。


「おい! 誰か来てくれ!」


************************************


 フライの探偵事務所は、今日も騒がしかった。

 窓ガラスが割れると音と、フライの笑い声が轟く。

 アイリーンは隣の部屋で、静かに本を読んでいた。


 奴隷になってから、世間に疎くなっている。 

 最新の知識を身につけながら、フライの手伝いをしていた。

 

 意外にもフライの探偵事務所は、忙しい。

 彼の領土は大小問わず、様々な事件が起きる。

 そのほとんどをアジルが解決している。

 

 アイリーンが欠伸をしていると。

 外から金属の足音が近づく。これはまた事件の予感がする。

 彼女は本を閉じて、客人を迎える準備をした。


「フライ様! いらっしゃいますか! って、何じゃこりゃあ!」


 ハンター家の従者で、騎士長を務める者。

 モロボシは散らばったガラス片を見て、驚いていた。

 現在フライは目隠しをしながら、弓を射ている。


「あの……。一体何をしてらっしゃるのですか?」

「その声。モロボシか。見ての通り、気配だけで、獲物をしとめる練習だ」

「今のところ、百発零中ですけどね」


 アイリーンは紅茶を差し出した。

 彼女を見るなり、モロボシは敬礼をする。


「これはアイリーン様! ご無沙汰しております!」


 アイリーンは事務所で働き始めてから、様付けで呼ばれるようになった。

 元々貴族とは言え、奴隷生活が長い。

 そのため、敬語で話されると違和感を抱く。


「しかしこの状況下で、よく冷静に紅茶が出せますね……」

「一カ月も一緒ですもの。すっかり慣れちゃいましたよ」

「慣れるもんなんですか? 私はいつまでも……」


 紅茶を口にした後、モロボシがちゃぶ台をひっくり返した。


「って! そんな話をしている場合じゃ、ないですよ!」

「出た! 伝家の宝刀! ちゃぶ台返し! 相手は死ぬ!」

「死にませんし、宝刀にした覚えもありません!」


 モロボシは再び紅茶に、口をつける。

 少し落ち着いた後、息を吐きながら口を開く。


「事件です! とびっきり大きな事件です! アジル様はいらっしゃいますか?」

「残念ながら、アイツなら猫探しの依頼中だ」

「なんですと! 直ぐに呼び返してくださいよ!」


 オーバーリアクションをしながら、ショックを表現するモロボシ。

 それでもカップを決して、手放さない。


「皇帝の猫が脱走したんだ。何よりも優先される」

「またあの猫かぁ! 何度もゲージに入れろと提言したのに!」


 フライの一族は、皇帝一家の遠い親戚だ。

 そのため皇帝自らが、依頼を持ち込む事もある。

 やや天然の皇帝は、いつも猫を脱走させているのだ。


「心配するな! この俺と、そしてアイリーンが手を開けているぞ!」

「アイリーン様はともかく。フライ様は戦力になりません!」

「アーハハ! 冗談きついぞ。……。戦力外か」


 高笑いをしながら、自虐をするフライ。

 アイリーンは流石としか、思いようがない。


「事は殺人事件ですぞ! アジル様が居なければ、解決できません!」

「まあそう言うな! 話すだけ話してみろ! アイリーンに!」

「所長はそもそも、推理する気がないんですね……」


 アイリーンはひっくり返された、ちゃぶ台を戻した。

 椅子に座りながら、モロボシの話を聞く。


「珍しいですね。騎士団が、殺人事件を持ち込むなんて」


 騎士団から依頼されることは、少なくないが。

 殆どが窃盗などの事件を、手伝う事だ。

 殺人事件は凶悪犯罪。エリートクラスが、常に担当する。


 そのため本来は探偵の出番などないのだが。

 そのエリート中のエリートが、直接依頼に来ている。


「捜査が行き詰っているのもありますが……。厄介な案件でして……」

「皆まで言うな。分かったぞ。タキタキの踊り事件だな?」

「違います」


 モロボシに冷たく返されて、フライは口を曲げた。


「ソノヘンヤ士官学校。アイリーン様は、ご存じでしょうか?」

「聞いたことくらいは……」


 アイリーンにとって、思い出したくない名前である。

 そこは未来の騎士や研究者を育成する学校だ。

 非常に整ったカリキュラムだが、学費が高い事で有名。


 階級社会の象徴とも言われている。貴族が集まる場所。

 ハンター家が管轄している領土にあり、探偵事務所からも近い。


「その士官学校で、殺人事件が起きたのです!」

「え!? でもあそこは警備が滅茶苦茶厳しいのでは?」


 貴族が集まるため、常に厳しい警備が敷かれている。

 そのため窃盗一つ、発生したことがない。


「外部からの犯行はほぼ不可能です。なのですが……」

「内部に居るものは、上級貴族。確かに捜査し辛いですね……」


 騎士長と言えど、階級は下級貴族だ。

 正直上級貴族の集まりに、話を聞ける立場でもない。

 下手に間違った容疑を固めると、大問題になる。


「そこで、無神経なフライ様とアジル様に相談に参りました」

「言われてますよ、所長」

「事実だ!」


 認めながら、フライは弓をへし折った。


「なによりどいつも、コイツも、イタリアも。癖が強くて、話しづらいです」

「オーバーオールだからな! イッツ、ミー、フライ!」

「暗号通信ですか?」


 モロボシとフライのやり取りを、アイリーンは理解できない。

 

「是非ともアジル様の知恵を、お借りしたかったのですが……」


 モロボシは露骨に、ガッカリした姿勢を見せた。


「力を貸して欲しいなら、出すもん出しな」

「スペードのエースと、ハートのキングですな?」

「ジョーカーだよ! マキシマムな運転の、サイクロンに決まっているだろ!」


 ――もう何言ってのんのか全然分からない……。

 ツッコミを諦めたアイリーンは、咳払いをした。


「まあ、そう言う事なら。アイリーンに任せてみたらどうだ?」

「え? いや……。しかし……」


 モロボシは戸惑った様子を見せた。

 表情の変化を見て、フライは苛立つ様子を見せた。


「俺の上腕二頭筋に文句でもあるのか?」

「細いのです。ではなくて!」


 モロボシは立ち上がって、弁明を始めた。


「アイリーン様は、まともなお方です。あの癖の強い連中を、お相手出来るか……」

「俺がまともじゃないみたいな、言い方だな」

「はい。そう申し上げています」


 冷静なモロボシの言葉を聞いて、フライは高笑い。


「ならジョーカーである、俺も付き添う! それでムックはある!」

「まあフライ様でも、聞き込み程度なら出来るでしょう」

「と言う訳だ! 早速出発の準備をするぞ! アイリーン!」


 コートに袖を通しながら、荷物を整えるフライ。


「事件の匂いがするぞ! 急いで出発じゃ!」

「だから殺人"事件"ですって!」

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