0-5話 初めての追及
「犯人捕まったぁ?」
その人物は台車を引きながら、アイリーンに声をかけた。
偶然出会った様に装っているが。
アイリーンは彼女が通るのを分かっていて待ち伏せしていた。
「まだみたいです。でも……」
アイリーンはズボンの裾を掴んだ。
彼女が犯人とは、信じたくない気持ちがある。
真実から目をそらしてはいけない。フライがそう伝えてきた。
「その前に自首をお勧めします。ヨシさん」
アイリーンは金塊を盗んだ真犯人。
天気予報士ヨシを、告発した。
「どういう事?」
指摘された本人は、首を傾げた。
アイリーンは息を飲み込んだ。
告発が間違っていたら問題だ。だから慎重に言葉を選ぶ。
「天気が落ち着いた後。必ずここを通ると思っていました」
アイリーンが現在いるのは、金塊の隠し場所へ向かう通路だ。
木の陰から、隠れていたフライが姿を見せる。
「これら私が事件の全貌をお話します。間違っていたらごめんなさい」
「さあ! 我が右腕! アイリーン様による、推理の始まり~!」
フライが紙吹雪を飛ばしながら、場を白けさせた。
アイリーンは気にせず、続きを口にする。
「まず貴方は、監査に来る対象を徹底的に調べた」
「なんで調べた~の? なんでかな?」
「まずは主を告発しそうな人物かどうか。もう一つ……」
アイリーンは事前に、見張りの騎士に聞き込みを行っていた。
「騎士達のアレルギー体質を知るために」
「へえ~。家の情報ダダ洩れだった訳だ」
「ヨシさんは、見張りの騎士がゴマアレルギーを持っていた事を知っていた」
それは事前に出す食事に対する、注意事項に書かれていたものだ。
騎士達のアレルギーを、含まない料理を出すよう伝える。
その書類を、監査前に提出する必要がある。
「貴方はその書類を盗み見て。紅茶にゴマを混入した」
「だから俺の飲んだ紅茶は、ゴマの味がしたのか」
「ゴマの混入した紅茶を飲んだ騎士さんは。アレルギー反応で、意識が朦朧とした」
アイリーンの推理を、ヨシは冷静に聞き続ける。
彼女は間違ている事を祈りながら、推理を離し続ける。
「でも。ゴマアレルギーなのは、騎士さんだけじゃなかった」
「ここでどんでん返し! そして犯人の意趣返し!」
「容疑者にされた奴隷の少女。彼女もゴマアレルギーだった」
アイリーンは彼女とそこそこ親しかったので。
アレルギーの事は知っていた。
紅茶は監査結果に参加した、全員が口にしたものだ。
「彼女は意識が薄れた状態で、ある命令を受けた」
「その命令が、俺達を惑わせたわけだな」
「金塊泥棒を自首せよ。彼女は誰に命令された分からぬまま。奴隷の性で従った」
ここの奴隷が、まず意志力を奪われることは。
本物の従者なら、真っ先に知っていることだ。
天気予報士は従者なので、当然命令に逆らえない事を知っている。
「ヨシさんは。見張りが気絶しているのを確認し。部屋に侵入した」
「気絶は睡眠と違って、起きないからな。物音に気付かないわけだ」
「でもここで問題がある。普通に金塊を奪うだけじゃ、バレる危険性があった」
アイリーンが徐々に暴く真実に、ヨシは額に汗をにじませる。
「だからヨシさんは、風船を使って、煙突から金塊を出した」
「普通なら金塊の重さで落ちるが、さあどうやって浮かばせた!」
「暖炉に火をつけて、上昇気流に乗せて風船を浮かばせた」
風船の浮力に上昇気流を上乗せして、煙突の上まで到達させた。
暖炉の燃え具合から、アイリーンの推測する時刻と一致する。
「煙突を出た風船は風に煽られて。徐々に降下しながら、飛んでいく」
アイリーンはヨシに、人差し指を向けた。
「天気予報士なら、風の方角を予測できますよね?」
「風の流れと雲の動きから、天気を予測するのが仕事だからな」
「貴方は風と降下速度から、落下地点を予測可能だった!」
アイリーンは、ヨシの進行方向を指す。
「湖にね! 風船を付けたら、底まで沈まないでしょう」
「底とそこまでをかけたのか~。上手い~」
「フライ様、うるさい!」
アジルがフライの頬をビンタ。
「雨が降れば湖が荒れて捜査不可能。貴方はそこまで想定して、全てを仕組んだ」
「ほとぼりと雨が去った後で、回収する算段だったわけですね」
最後にフライと共に、アイリーンは人差し指を突きつけた。
話している間に、勢いに乗ってきたアイリーン。
――何だろう? この快感は……?
トリックを暴かれたヨシは、手を震えさせながらアイリーンを睨む。
アイリーンも負けじと、ヨシを睨み返した。
「どうしてですか? 奴隷の私達すら気遣ってくれた貴方が、何故……」
「認めない……」
拳を握りながら、瞳からハイライトを消すヨシ。
「私は認めないわ! 私が盗んだって、証拠でもあるの!?」
ヨシは体を振舞わしながら、反論を始めた。
「風船が証拠とか言わないわよね? そんなもの誰でも入手可能よ!」
風船は村でも市販されているものだ。
そもそもヨシは村で、風船を調達している。
「それともヘリウムガスに、証拠が残っているとでも?」
周囲を反復横跳びしながら、反論を続けるヨシ。
「私だけが可能だって、証拠がどこにもないじゃない!」
精神的には追い詰められているのだろう。
ヨシは目が血走っていた。
「そもそも! 現場から湖まで、犯人を示す証拠がないじゃない!」
「いや。犯人示す証拠なら残されていました! 現場の窓に!」
「窓ぉ!?」
ヨシは少し仰け反りながら、上体を逸らした。
「バカおっしゃい! 窓には何の痕跡も残っていないわ!」
何故現場の状況を知っているのか?この際は追及しない。
――次でトドメを刺す……!
アイリーンは決意を固めて、ヨシの発言を待った。
「埃一つない窓にぃ! 何の痕跡がぁ!?」
「いや、痕跡が残っていないことが、証拠だ!」
アイリーンは現場の状況を思い出す。
窓の縁が綺麗だった。綺麗過ぎた。
「金塊を出した後。次に問題になるのは犯人の脱出経路よ!」
「こっそり入ることは出来ても、出ることは難しいはずだよ」
ドアの向こう側が分からない以上。
ドアから出るのはバレる危険性があった。
「貴方は窓から脱出した。靴の跡すら残さずに!」
足跡を残すことを恐れたヨシは。
窓に一切痕跡を残さず、脱出する方法を使った。
「複数の風船を、パラシュートの様に使う方法で! 貴方は窓から飛び出した!」
「ぐっ……! だがそれが何の証拠に……?」
「人間をゆっくりさせるには、それなりの数の風船が必要だ!」
浮かせなくても、落下速度を落とせば良い。
アイリーンは、風船の数を推測した。
「落下するには、空気より思い中身が必要」
「万が一飛んでしまったら、目立つという心理が働いたんでしょうね」
「貴方は自分の息を使って、風船を膨らませた!」
アイリーンはトドメの一撃として、再度人差し指を突きつけた。
「その時処理した風船に、大量に残っているはずだ! 貴方の唾液がね!」
「アンダラホッタダ! マニマニマニ!」
人形の様に手をくねくねしながら、ヨシは飛び出した。
「壊れたな。認めたと同意義だ」
ヨシは言葉を詰まらせて、その場で崩れた。
「何故です? 何故貴方がこんな事件を?」
アイリーンは、犯人が認めた後もまだ信じられない。
「我が家の再建のためよ!」
「え?」
「私は元貴族令嬢! 親が爵位さえはく奪されなければ……」
小さく幸福な未来が訪れるはずだったのにと、聞こえてきた。
――貴族の娘だからと言って、幸せとは限らないのに……。
アイリーンは幻想を抱く彼女に、憐みの表情を向けた。
「やったな。アイリーン」
彼女の肩に、フライがそっと手を置いた。
アイリーンは頷きながら、ホッとした。