0-4話 初めての現場捜査
「では早速、俺が捜査のホヘトを、教えよう!」
「もうそのネタは良いです」
「はい」
すっかりフライのおふざけに、アイリーンは慣れてきた。
騎士団が部屋の隅々を探す中。
彼は真っ先に暖炉の下に向かった。
「まず気になるのは、暖炉だ!」
「どこがでしょうか? 普通の暖炉に見えますが……」
アイリーンは火のついた、暖炉を見つめていた。
火の元が既に尽きかけている。
「こんな風に燃えたら、三+×が入って来られないじゃないか!」
「何ですかそれ?」
「サンタクロース!」
アイリーンには意味が分からなかった。
「サンタスクロス」
横で捜査中のアジルが呟いて、ようやく気付く。
アイリーンは白い目で、フライを見つめた。
「サンタが入れず、事件に関係することは?」
「プレゼントが貰えないではないか!」
「時期も合いませんし、大人でしょ……」
アイリーンは溜息を吐いた。
推理良くだけでなく、観察力も良くないようだ。
この人に捜査のイロハなど、教えられるのだろうか?
「燃えカスから、時間も逆算してくださいね」
横からアジルが、アドバイスを出しきた。
「分かっていないって! 調べ方もな!」
「事件前後に着いていたか否か。おおよそ分かれば良いです」
アジルが慣れた手つきで、調べ方を教える。
アイリーンも横から聞いて、じっくり観察した。
もうすぐ燃え尽きるからして、昨夜から燃えていたのだろう。
「ちなみに騎士が気絶したのは、午後十時。犯行はその直後でしょう」
アイリーンはその時間帯から、逆算してみる。
現在の時刻は午前八時。気絶から十時間が経過している。
金塊があった場所に、人が出入りできる状況じゃない。
――十時間も暖炉の熱が持つだろうか?
アイリーンが考えていると、アジルがフッと笑った。
「今もついているという事は、犯行時にも火が灯っていたってことだよね?」
「なに!? つまり! 昨夜、サンタは来られなかったのか!?」
「そうですね」
アイリーンはノイズを無視して、観察を続けた。
他に気になる場所は見当たらない。
暖炉は温かい空気を、煙突から吐き出しながら部屋を暖めている。
「よし、次行くぞ。次」
「ええ!? もっとちゃんと見ないんですか!?」
アイリーンはフライに引っ張られた。
「こういうのテンポが大事なんだよ。テンポが!」
意味も分からず、アイリーンは窓の近くに連れてこられる。
「見ろ! この窓を! 内開きだ!」
フライは窓を動かしながら、口にした。
窓はスライドタイプではなく、内側に折りたたむタイプだ。
観察してみるが、特に気になる所は見当たらない。
「見ろよ。埃が溜まっていない。最近使われた証拠だ」
「そりゃあ、開いてたんだから。最近使われたでしょう……」
窓の縁は埃が全て飛ばされたのか、綺麗になっていた。
窓の外を覗いてい見る。二階にある客室から、町が覗いて見れた。
普段は鉱山と監禁部屋の行き来なので、見ている暇はなかったが。
村のはずれには、大きな湖が見えた。
雨の影響で視界が悪いが、川が湖に繋がっているようだ。
「ボス湖と言うらしいな。ボッシーが出るとか!」
興奮気味に、フライが湖を望遠鏡で覗く。
「霧が深くて、何も見えんな……」
「どのみちそんなのが、居る訳ないでしょ……」
――湖が出ると、みんなシーを出したくなるんだね……。
村おこしの大変さを、アイリーンは思い知った。
「この雨だと、湖の捜査は無理そうだな……」
「そうなんですか?」
「ああ。増水しているし、水中は大荒れ。近づくのさえ危険だ」
アイリーンは霧で隠れた、湖を見つめる。
確かに周辺に人の影はない。
「うむむ……。何も分からないな……」
顎に手を当てながら、目を瞑るフライ。
そこへアジルが助け舟を出しに来た。
「窓には何もない。それもまた、ヒントですよ」
「答え分かっているなら、言えや!」
フライはアジルに、デコピンを行った。
アイリーンにも言葉の真意は理解できないが。
まるで自分が試されているかのように、彼女は感じた。
「お前な……。取引相手が来る前に、金塊を見つけないと、ヤバいんだぞ」
「その時は、所長が首切って、僕が事務所を受け継ぎます」
「そうか。ならば安心だ!」
フライはそれ以上気にせずに、捜査を始めた。
「慣れない動作が続くが、気分は大丈夫か?」
フライはアイリーンを見つめながら、口にする。
アイリーンは少し疲れていた。
日々の疲労もあり、足元がふらついている。
「少し休憩するか? 無理しても、脳は働かんぞ」
「いいえ……。大丈夫です」
――時間制限もあるのだから……。私に構わっている暇はないはず……。
アイリーンは、フライの身を案じて気力を振り絞った。
「あ……。れ……?」
アイリーンは足元を崩して転んだ。
慌ててフライが、支えてくれる。
「やっぱり無理しているじゃないか」
「あ……。す、すいません……」
アイリーンは慌てて、フライから離れようとした。
体に力が入らず、足腰も弱っている。
フライはゆっくりと彼女を、地面に座らせた。
「協力してくれるのは嬉しいけど。無理をされるのはそれ以上に辛い」
「すいません……」
アイリーンは弱々しい声で、謝罪した。
体が熱い。頭もボーッとする。視界がぼやけてきた。
フライが目を丸くしながら、彼女の額に手を当てる。
「君……。酷い熱じゃ……。ないな」
「ないんかい」
目の前でフライとアジルのコントが聞こえる。
アイリーンは、瞼を開けられない。
意識も薄れていく。体が地面に倒れる。
「お、おい! 大丈夫か!?」
アイリーンは不思議な感覚に、包まれた。
意識が遠のいていくのに、頭が冴えるような。
体が熱いのに、脳だけ涼しい様な。
それに体が、重たい気がした。
まるで誰かが乗っているかのような……。
「幽体離脱~」
「やっている場合か!」
フライの怒声と鈍い音と共に、体の重さは消えた。
「おい! 誰かゴマの味がするコーヒーを持ってこい!」
薄っすらとだが、自分を心配する声が聞こえる。
「フライ様! ゴマが切れております!」
「なにぃ! この屋敷はゴマを切らすのか!?」
ツッコミが不在のまま、外の空間で話が進んでいる。
アイリーンの不思議な感覚は続く。
脳内の粒が、線で繋がる様な感触がする。
「なら酢飯だ! 酢飯を持ってこい!」
「フライ様! 酢はありませんが、ポン酢ならありました!」
「もう良いよ! 何でも! とにかく持ってこい!」
そんなやり取りを、聞きながらも。
アイリーンの脳内は動き続けた。
「煙突……。ゴマ……。窓……今までの中に……。ヒントが……」
アイリーンが何かを閃きそうになった途端。
味覚を酸っぱいものが、刺激した。
アイリーンは体の重さから解放された。
目を開けるとキュウイが目の前に置いてある。
味覚を再確認すると、確かにキュウイの味がした。
「疲れた時には、酸っぱいものだ!」
「ポン酢じゃなかったんかい!」
アイリーンは渾身のツッコミを、フライに入れた。
意識を取り戻しても、頭の冴えはまだ残っている。
先ほど閃いた何かも、まだ頭の中に残っている。
「奴隷……。使用人……」
アイリーンは声に出して、頭の中身を整理した。
ぼやけたものが、ハッキリと見えてくる。
「フライ様。私……。金塊の場所が分かったかもしれないです」
まだ自信はない。だが確かに見えたものがある。
「運搬方法も、犯人も……。見張りを気絶させた方法も……」
「アイリーン……? 君は一体なにを言って……」
心配そうに見つめるフライに、アイリーンは微笑んだ。
「一つだけ確認させてください。見張りの騎士さんについて」