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0-3話 初めての反論

 部屋の中が静まっていた。騎士達はうんざりしている。

 犯人が使って、捜査終了ムードが出ていたいのに。

 フライの一声で、捜査続行が決まったのだ。


 騎士達は食い下がる様に、フライを見つめている。

 当の本人は、顎に手を当てて口角を緩めた。


「彼女は犯人ではない。そうだな? アジル」

「はい。状況から言って、その可能性は限りなく低いでしょう」


 フライはともかく、アジルが言うならと。

 騎士達はホッとしている。信頼の上下関係が見えた。

 アイリーンにも、それは分かる気がした。


「一つ彼女に質問したいのですが。貴方が犯人なら、金塊は今どこへ?」

「それは……。失くしました」


 弱々しい口調で、少女が答えた。

 この回答は指示されたものだろう。

 アイリーンには命令された行動の区別がつく。


 少女は諦めた表情をしている。

 観念したからではない。自分の人生を諦めている。

 アイリーンは自分の状況を、始めて客観的に見た。


「では質問を変えます。いつ、どのようにして、金塊を盗みましたか?」

「それは……」


 少女が言葉に詰まった。この質問は、予測されていないのだろう。

 奴隷は思考力を最初に奪われる。

 想定外の質問に、嘘をつくことは出来ないのだ。


 少女は震えている。当然だ。命令に逆らえば、お仕置きを受ける。

 騎士に掴まるか、お仕置きを受けるか。

 恐怖の度合いでは、後者の方が強い。


「貴方が犯人なら、答えられるはずですよ?」


 周囲の騎士も、緊張しながら言葉を待った。

 それでも少女は、何も答えない。

 アイリーンは彼女の沈黙が、痛々しく感じた。


「見ての通りです。この少女は、自分の犯行を答える事が出来ない」

「ふむ……。しかしですな……」


 少女を連れてきた騎士が、アジルに食い下がる。

 

「彼女がそう思わせるために、演技をしている可能性はないですか?」


 確かに筋は通る事だと、アイリーンは思った。

 だが内側にいた彼女は知っている。

 少女はそんな嘘をつける様な、心理状態でない事を。


「金塊を盗んだ理由も明らかです。奴隷だから、金品もないでしょう」


 明日から自由と言われても、奴隷に荷物などない。

 フライはしばらく自立の支援をするつもりだったらしいが。

 そのことを知っているのは、僅かな者だけだ。


「恐らくコーヒーに何か仕込んでいたのでしょう」

「おいおい。それは……」

「無理だと思います」


 アジルの言葉を遮って、思わずアイリーンは声を出した。

 咄嗟の事だったので、自分が何をしたのか判断できない。


「コーヒーからは何も検出されなかったんですよね? だったら……」


 アイリーンの反論に、アジルは目を丸くしていた。

 一方のフライは、微笑みながら彼女を見守る。


「確かに検出されなかった。薬物はね」


 騎士はアイリーンの反論を気に留めない。

 騎士団が調べたのだから、当然知っていたのだろう。


「だが調べられるのは、睡眠薬と毒の痕跡だけだ」


 アイリーンは薬物全てを検出できるわけでないと、始めて知った。


「それに騎士は気絶していたんだ。なら、意識を奪う薬が仕込まれたと考えられないか?」

「意識を奪う薬?」

「昨日コーヒーを配る場に、彼女も居ただろ? その時仕込むことは、可能なはずだ」


 アイリーンは騎士の推測が、矛盾していることに気が付いた。

 それを指摘して良い事か、彼女は言葉を詰まらせた。


「分かった事があるなら言うんだ。君はもう奴隷じゃない」


 アイリーンの肩に手を置き、フライが優しい口調で呟く。

 奴隷じゃない。これからは自分で考えて行動できる。

 だが奴隷としての生き方を、彼女は受け入れていた。


 今更命令以外の行為を、することが出来るのか?

 自信を持てず、言葉を詰まらせた。


「それは小さな一歩かもしれないが。大事な一歩なんだ」


 反論を告げる事で、アイリーンは命令外の事をする。

 一度その壁を突破すれば、後は進むだけ。

 彼女は喉に押し込まれそうな声を、必死で出そうとする。


「君は幸せになっていい。奴隷じゃなくても良い。自分で考えて良いんだ」


 フライから背中を押されて、アイリーンは決心を固めた。

 先ほどまでの躊躇が嘘のように。

 心に従って、声が喉から押し出てくる。


「いえ。彼女にそんな特殊な薬を仕込むことは、不可能です」

「何故そんなことが言えるのかね?」

「だって……。彼女は奴隷だったんですよ? どうやって薬を調達するんですか?」


 反撃を受けた騎士は、目を丸くしていた。


「私達は仕事の時以外、閉じ込められていましたし。こっそり調達は難しいかと……」

「ふ、ふむ……。だが外に協力者がいた可能性も……」

「それに私達が解放されたのは、昨日の事ですよ? 事前に仕込むなんて、出来ない様な……」


 最後は自信がなくなり、小さな声になった。

 それでもアイリーンは、反論を言い切る。


「ついでに。僕らが昨日、奴隷に気付いたのは偶然だったよ」


 アジルが横からフォローしてくれた。


「動機も違う。奴隷は容疑者から外して良いと思うよ」


 金塊を盗めても、自由がなければ意味がない。

 アジルのおかげで、アイリーンは自分の主張に自信が持てた。


「す、すいません……。出過ぎた事をしました」

「いや。あらゆる可能性を検討することは大事だ。寧ろよくやった」


 反論してきた騎士を、フライは慰めた。


「俺なんて、何一つ気づけなかったしな! アーハハハ!」

「フライ様! それは笑いごとではありません!」


 騎士は落ち込む前に、調子を取り戻した。


「さてと。これで全員分かってもらえたと思う。事件がまだ、解決していないことを」

「所長は何もしていませんけど」


 ――確かに。

 アイリーンも隣で頷いた。


「屋敷の中だけでなく、周辺も徹底的に探したい所だが……」

「手がかりもなく、探し回っても意味がありませんよ」


 アジルの言葉に、フライも頷いていた。


「まずは金塊の運搬方法を調べましょう。現場を徹底的に捜査です」

「そうだな! だがその前に! 窓を閉じろ! 雨が入ってきそうだ!」

「そんなに張り切って、言う事ですか……?」


 アジルが呆れながら、窓を閉じた。

 丁度その直後に、雨粒がガラスに衝突する。


「よし! 各員、焦らず急げ! 現場を徹底的に捜査するぞ!」

「良いですけど。所長は邪魔しないで下さいよ」


 騎士達が散らばり、一斉に客室を調べ始めた。

 アジルもフライの下から離れて、独自に調査を始める。

 アイリーンは、これから何をしたら良いのか分からない。


 どう考えても自分は場違いだ。騎士でもなければ、関係者でもない。

 それでも先ほど相手に反論をしたとき。

 不思議な感覚を抱いた。僅かな好奇心の刺激を。


「アイリーン」


 その場に残っていたフライが、彼女の話しかける。

 優しいほほ笑みを見せながら、小さく呟いた。


「よく、頑張ったな」

「……。はい」


 アイリーンは一歩前に踏み出せた気がした。

 ――彼らと居れば、本当に自分は……。

 彼女は事務所に向かう事を、真剣に考える。


「もう少し力を貸してくれないか? 俺が許可を出す」

「でも……。私が居なくても、アジルさんが……」


 アジルの観察力と推理力は、本物だ。

 自分達が捜査をしなくても、彼なら真実を導けるのではと考えた。


「真実は一人で導くものじゃない。色んな角度から物事を見る事が大事なんだ」

「色んな角度から……」

「君は今、奴隷と言う生き方でのみ、物事を見ている」


 フライに指摘されて、アイリーンはハッとした。

 解放されても、自分は奴隷的生き方をしようとしていた。

 

「捜査に参加してみるのも。色んな角度が見られるいい機会だと思うぞ」

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