ガイガン
「妙だね」
違和感を裂きに口にしたのはビオランテの方だった。
「なんで攻撃してこないのでしょう」
眼前に立ち塞がるガイガンは完全に動きを止めていた。どこで調達したのか、ミフネの空断斬で消し飛ばされ再生した右腕は新たなアーマーで覆われ、巨大な戦斧を下げたまま微動だにしない。
「とにかくここは下がりましょう」
ビオランテに肩を貸したままチャムチャムはガイガンの前から移動した。今のチャムチャムの力では、ガイガンに触れることもできず瞬殺されてしまう。彼我の実力差は歴然としていて、ガフテンのどの奥義を使ってもガイガンに勝てはしない。
不意にガイガンの巨体が動いた。戦斧を肩に担ぎあげると、ガイガンは砦の出入口である跳ね橋に向かって歩き出した。
「馬だね。騎馬隊が近づいてくる」
耳の聞こえないビオランテが感じられるほどの振動が大地を揺らしていた。少なくとも十を超える騎馬が砦に向かって駆けてきている。
「止まれ!全隊停止せよ」
破壊された城門から3騎が飛び込んできて集積場を駆けまわった。第八騎士団とは異なる、漆黒のアーマーに真紅のマントを羽織った派手な騎馬隊だ。
「我らは王国第一騎士団。第八騎士団よ、いかなる理由でこの地にて軍事行動を起こしているのか?騎士団長キリク・ゾーイによる状況報告を求む」
駆け回る3騎が手を振ると、城門から一際巨大な黒馬に跨った大柄な騎士が現れた。
「第一騎士団長にして王国軍最高司令官、カイル・ソーサライ侯爵閣下である」
集積場にいた数十の第八騎士団が黒馬の騎士に対して一斉に膝を着いた。それに倣うように集積場にいる全ての者が膝を着き、立っているのはチャムチャムと耳の聞こえないビオランテ、戦斧を担いだガイガンだけだ。
「第八騎士団クロワゾネのガイガンだな?なぜ膝を着かぬ。非礼であろう」
先に駆けてきた斥候の3騎がガイガンを囲む。第一騎士団の精鋭であるだろう3騎の騎士にはいずれも隙が無い。個々の実力ではガイガンに劣るだろうが、集団での闘争となればガイガンを討てるだけの力はあるのだろう。
ガイガンの戦斧が一閃した。体が浮くほどの旋風が巻き起こり、ガイガンを取り囲んでいた3騎が薙ぎ払われるように両断された。騎馬の首ごと騎手の胴体を斬り裂き、声ひとつ上げさせず3騎を六つの肉塊に変えてしまった。
「ダメ。勝てるわけがない」
呟いたチャムチャムの唇が震えていた。あの怪物を相手に勝てる人間などおそらく存在しない。そもそもガイガンは本当に人間なのだろうか?古の言い伝えに現れる最凶のグール、オニと呼ばれる一族の末裔なのではないだろうか。