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覚醒勇者のクロニコル  作者: 氷川 泪
エピローグ
9/102

陰謀

 村に妙な三人連れが現れたと手下から連絡が入った。若い女二人と、鼻を垂らした薄汚いガキが村の食堂に現れ、食事をしているという。


 ゲバイの下にすぐに第二報が入った。女のひとりはガフテンの孫のチャムチャムで、ガキの方はパチェットのところのディンだと知らされた。ガフテンもパチェットも村外れに住む偏屈(へんくつ)な老人で、ほとんど外界と接触を絶って暮らしている。住所すらない辺境だから、国の役人も向かわない。一年に一度くらい、ガフテンかパチェットが村にやって来て塩を始めとする必需品を(あがな)っていくらしいが、ここ数年は孫らしき二人しか姿を見せていない。


 問題なのは二人が伴っている女だった。

 今では祭でしか見ないこの地域の民族衣装をまとっているらしいが、どうみても近隣の人間には見えないという。透けるように白い肌と、鮮やかな金色の髪をしているという。

 

 行方不明の王女である可能性が高い。

 だとしたら、とんでもない幸運がゲバイに舞い降りてきたことになる。


「教会にお通ししろ。丁重にな」


 ゾーイもミフネも重要な情報を出し渋っていたが、王女がクルポトドの山道から谷底に転落し、河に流されたことは判明している。


 ガフテンとパチェットが住む地域は、クルポトドから流れる河の畔にあったはずだ。


 身なりと整え、ゲバイは教会へ足を運んだ。

 自宅の地下室は豪勢な造りだが、貧乏農村を偽装しているからそこへ王女を通すわけにはいかない。 自宅以外で少しはまともに見える建物といえば、村には教会しかない。


 村外れに建てられた教会は、村の規模からすると不必要に大きい。地域の宗教を祭る教会だが、普段は誰も姿を見せない。密輸品の一時保管庫に使う倉庫が必要になり、表向き教会にしただけの建物だ。


 教会の扉を開け、礼拝堂へ向かった。

 礼拝堂の中の一段高くなった祭壇に、地域の民族衣装を着た三人が腰を下ろしていた。罰当たりだとは思わなかった。ここには何も(まつ)られていないし、司祭も存在しない。


 中央に腰かけている女の姿を目にした途端、ゲバイの心臓が一気に高鳴った。

 近隣の町や村々の住民に金を貸し、その形として様々な女を手にしてきたゲバイだったが、祭壇に腰を掛け長い脚をブラブラと揺らしているその女は、今まで見たどんな女よりも美しかった。


「このような辺境の田舎町で、あなたのような天使に出会うとは」


 強い者や権力のある者に()びへつらうことに抵抗は無かった。それはむしろ、ゲバイにとって得意分野だといってもいい。だが今目の前にいる少女は掛け値無く美しかった。むしろ下手な美辞麗句(びじれいく)は少女に対する冒涜にすら成り得る。


「失礼いたしました。わたしはこの村の長を務めさせていただきます、ゲバイ・コンフォードと申します」


「コンフォード?コンフォードの家は断絶したはず」


 脳幹を(とろ)けさせるような美しい声だった。そしてその声は、コンフォードの名に反応した。目の前の女は間違いなく王女だ。


「お恥ずしい話ですが、わが父は初代コンフォード侯爵様の三男でございました。家を出て諸国を放浪しているうちに、先の大戦で当主ラザリ様他嫡子(ちゃくし)はことごとく戦死し、遠い地で暮らしていた父だけが生き残った次第です。一度お返しした領地を新たに拝領するのは忍びなく、このような村の長として暮らしております」


 嘘だ。ゲバイの父はこの村の出身で、祖先をどこまで辿ったところで平民でしかない。だが酒の密造で儲けた父は、金に飽かせて断絶したコンフォード家の家系図を手に入れ、放浪の末行方知らずになった三男を名乗るようになった。

 もし王女を手にすれば、父のバカげた妄想から手に入れた家系図が役に立つ。


「そうでしたか。コンフォードの者の奮闘は今なお王家に語り継がれています。その血筋を受け継いだ方がいらっしゃったとは嬉しいかぎりです」


 長く美しい足を礼拝堂の床に着け、リュアが近づいて来る。ゲバイは生唾を呑み込み、目を見張った。この国の頂点にいる女のひとりだ。美しいだけでなく、威厳がある。


「わたしを城に帰せば、コンフォードの領地を取り返せるよう父に取り図ろいます。できますか?」


 意識せずゲバイは礼拝堂の床に片膝をついていた。リュアの威光の前にひれ伏してしまいたかったが、ナイトとして振舞わなければならない。平民のような態度は絶対に取れない。


「お任せ下さい。かならずやリュア様をデュクス城へお連れいたします」


 リュアがゲインに手を差し伸べてきた。細く透き通った指先に見惚れ、ゲインはしばしの間、我を忘れた。それからリュアの意図を察し、リュアの手の甲に唇を当てた。


「頼みます、ゲバイ・コンフォード。わたしは恩を忘れません」


「はっ!一命に変えましても」


 本物の騎士にでもなったような気分だ。大金をはたいて父がコンフォードの家系図を手に入れたときには、あまりのバカバカしさに失笑したものだった。

 だが今は、亡き父に感謝したいくらいだった。


「さっそく頼みごとをしたいのですが、わたしの後に控えている者たちに褒美を取らせたい。一名につき金貨5枚ずつ渡してやっていただけませんか?」


 人里離れた場所で暮らしている山猿連中に金貨5枚。信じられないほどの褒美だ。それだけあれば、村を出て町に住める。


「もちろん後で必ず返します。あくまでわたしの代理として、立て替えてほしいのです」


 ミフネに貰った金貨がちょうど10枚ある。あれをそのままガキ共にくれてやる。そのあとで、ガキ二人は追いはぎにあってすっからかんになるという筋書きでいいだろう。


「かしこまりました。すぐに手配します」


「すみません」


「リュアさんリュアさん」


 祭壇の上の小僧が慣れ慣れしく王女の名を呼んだ。


「なに?ディン」


「その人、知ってる人?顔見知り?」


「顔見知りではないけど、この方は貴族です」


「ええっ、顔見知りじゃないの?だったらおれとチャムチャムはまだ帰れない。婆ちゃんにおこられちゃうからさ」


「大丈夫よ。貴族は王族を守る為に存在しているの。だからもうディンはタムタムと一緒に帰りなさい」


「駄目だよまだ。ちゃんと顔見知りの人に迎えに来てもらわなきゃ」


 溜息を吐きリュアが苦笑する。ガキを黙らせようと立ち上がりかけたゲバイを、リュアの指がそっと押しとどめた。


「ゾーイ様に鳩を飛ばします。すぐに駆け付けると申しておりました」


 ゲバイは話題を変えた。さっさとガキどもを帰らせ、本来の目的を達したい。


「キリク?キリクがここに来たのか?」


 不意に花びらが開いたように、リュアの顔が明るくなった。余程ゾーイのことが好きなのだろう。


「はい。鳩を預かっております。リュア様を見つけたら飛ばすようにとも申し付かっております」


 確かに鳩を預かったが、預かったその日に始末しろと命じて副村長に渡した。威張りくさった王国兵になど、絶対に協力はしない。


「だったらもう何も心配することはない。ディン、タムタム、ご苦労でした。早く戻っておばあ様を労わってやりなさい」


「タムタムって誰さ?チャムチャムだよ、リュアさん。友達の名前はちゃんと憶えなきゃ」


 面倒臭そうにリュアが顔を顰めた。


「それはすまない、ディン。ゲバイ殿、二人を別室に案内して下さい。そこで甘い菓子でも食べさせてあげて」


 さらに何か言い(つの)りそうになるディンとかいう小僧の腕を、隣の少女が引いた。もう何も言うなという合図だろう。


「ゲバイ殿、鳩を飛ばしなさい。それと早急にバスタブの手配をして髪結(かみゆ)いを寄こして下さい。服はまともな物は手に入らないだろうけど、ありったけを用意していただけますか?」


「ご心配には及びません。姫様。わたくしが責任を持ってお気に召すドレスを用意させていただきます」


 館の地下には様々な衣装が保管してある。王室に献上するほどの物ではないにしろ、今、リュアが着ている古臭い民族衣装よりはマシなはずだ。


「キリクは風のように早い。わたしもこうしてはいられない」


 リュアの眼の中には、もうディンも田舎娘も入ってはいない。

 苦笑を押し殺して、ゲバイは礼拝堂から外へ出た。気の毒ではあるが、リュアがあれほどまでに待ち焦がれているキリク・ゾーイはここには現れない。リュアは落胆するかもしれないが、それも僅かな間だ。リュアはすぐに身も心もゲバイの物になる。


「髪結いとメイドを連れて来い。ドメイの翡翠(ひすい)を持たせてな」


 リュアの為に、バスタブと新しい服、それに髪結いの女と首都デュクスカリテで教育を受けたメイドを用意してやる。

 それにドメイの翡翠だ。呪術を()めたカースアイテムで、身に着けた者の精神を支配する効果がある。


「あの女がおれの物になる。たまらねぇ」


 ただ抱きたいわけではない。身籠(みごも)らせ、赤子を産ませる。そうなればゲバイは王族に名を連ねることになる。それだけではない。生まれてきた子が男の子なら、その子はやがてこの国の王になる。


 だがその為には、今しばらくリュアを王国の騎士団や、山賊どもから隠しておかなければならない。それについては算段があった。森林の中の何もない村だが、物資や人を隠す場所なら幾らでもある。とりあえず密造酒を作っている砦にリュアを連れて行き、ドメイの翡翠の力を使ってリュアの精神を支配する。

 一年後には、きっと元気な子を産んでくれるはずだ。


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