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覚醒勇者のクロニコル  作者: 氷川 泪
エピローグ
6/102

誘拐

 翌日は昼過ぎまで眠っていた。虫の声のせいで眠れず、夜が明けてからようやく眠りについた。

 

 起き出して外へ出ると、辺りは(すで)に薄暗くなっていた。周囲を山に囲まれているせいで、陽が(かげ)るのが早いのだと老婆が教えてくれた。


 結局、その日も捜索隊は姿を現さなかった。

 

 四日ほど前、お忍びで日帰り旅行をしている際に襲われた。クルポトド山脈からほど近い街で行われた、秋の収穫祭に参加した後のことだ。

 懇意(こんい)にしていた貴族の娘が主催する秋祭りで、新鮮なトウモロコシを挽いた粉でつくった料理が名物だった。昔から話に聞いていた料理で、一度でいいから食べてみたかった。


 三人の供回りを連れた気軽な装いで出かけた。供回りは三人だったが、実際は数十人の警護が十重二十重にリュアを取り囲んでいる。危険などあろうはずがなかった。


 馬車の中から祭りを見学していると、不意に馬車が動き出した。何事かと小窓を開けて御者を見ると、みたこともない銀髪の女が手綱(たづな)を握っていた。


「あなた誰?」


 祭の喧騒(けんそう)に巻けない声で誰何(すいか)したが、女は返事をしなかった。馬車は速度を上げ、街からどんどん離れていった。


 人家ひとつない森の空き地で馬車は停車した。三人の供回りのひとりが話し相手として馬車に同乗していた。リュアと同い年の侍女(じじょ)だが、護衛の役目も兼ねていて、剣の腕は相当な物だと聞かされていた。


 扉が開くと、馬車を操っていた銀髪の女が立っていた。侍女が間髪入れず女に向かってナイフを突き出した。

 銀髪の女が侍女の手首を掴み、馬車の外へと引き吊り出した。片手を掴んだまま、女が侍女を二度三度と地面に叩きつけると、侍女はそのまま動かなくなってしまった。


 小柄な女が、体格的には遥かに大きい侍女を片手で振り回して殺した。有り得ないものを見ている気がして、リュアの全身は恐怖で硬直した。


「おいおい、何も殺すこたぁねぇだろう」


 場違いな程のんびりとした口調で、闇の中から男が現れた。

 大きな男ではない。伸ばし放題の髪を(たば)ねて荒縄で縛り、薄汚れた黒い服に、(わら)を編んだようなサンダルを履いている。腰に差した剣は細身で、(さや)の形状からして(わず)かな()りがあるようだ。

 以前、父の下に現れた使者が同じような格好をしていたのをリュアは思い出した。父は使者をサムライと呼び、ひどく珍しがっていた。


「その子はわたしの友人でした。罪は必ず償わせます。他の者はどうしました?」


 気圧(けお)されていたが、それでも声は震えていなかった。王家の者としてのプライドは、こんなときにすら顔を出す。


「殺した。でも案ずることはねぇ。あんたを売った連中だ」


 三人の侍女のうち、二人が共謀(きょうぼう)してリュアの情報を売ったのだろう。でなければ、お忍びで出かけたリュアの同行を把握できるはずがない。


「で、あなたはわたしをどうしようというのですか?(はずかし)めを受けるくらいなら、わたしなりに精一杯抵抗してから自害します」


「自害って、若い女がそう簡単に死ぬとか言っちゃいけねぇ。もっと自分を大切にだな」


「誘拐犯のセリフではありませんね。目的を言いなさい。お金目当てなら、あなたの言い値を払いましょう」


「いいねあんた。びびってるのに、ちっともそんな風に見えねぇ。プライドの高さも、そこまでいけば本物だ」


 男の口調は飄々(ひょうひょう)としていて、どこか人を喰ったような印象を受ける。


「人殺し風情にプライドの話をされたくはありません。さっさと要求を言いなさい」


「この子に関しちゃ、ほんと悪い事したぜ。謝る」


 倒れている侍女の傍らにしゃがみ込むと、男は両手を合わせて遺体に頭を下げた。


「逃げられねぇようにあんたの両手両足を叩き折れって言われたが、やめておく。この子への手向けだ」


「そんなことをしても彼女は浮かばれないでしょう。やるならさっさとやりなさい」


「あんたの友達だったんだろう?だったらきっとこの子も喜ぶ。あんたの為じゃねぇ。この子の為だ」


「好きにしなさい。それで、わたしの処遇(しょぐう)は?」


「このまま馬車にお乗りあそばせ、ちょっとした遠乗りをしてもらう。なぁに、二日もあれば着く行程だ。心配には及ばねぇ」


「なるほど。誘拐犯のアジトに連行してくれるのですね?」


「ああ、丁重におもてなしする。不自由はさせねぇ」


「どうかしら。でもわかったわ。お前、名前がないと不便だ。名乗りなさい」


 (たもと)から腕を出し、男が自分のあごひげを撫でている。なにかを試案しているようにも見える。


「おれの名前は・・・・・」


 リュアの頭上でとんびが鳴いた。高く澄んだ美しい鳴き声だった。


「とんび、とんび三十郎だ。もっとも、もうじき四十郎だけどな」


「面白くもない。いいだろう、とんび三十郎とやら。どこへでも連れていくがいい」


 馬車の扉を閉めると、リュアは椅子に沈み込んだ。張り詰めていた糸が切れたように体が動かなくなり、恐怖で全身が震えた。

 自分の高慢(こうまん)な性格を、今日ほど感謝したことはない。誘拐犯の前で無様に泣きださなかったのは、単純に見栄(みえ)から出た虚勢(きょせい)に過ぎない。本当は怖くて怖くて仕方がなかった。


「キリク・・・・・」


 キリク・ゾーイの顔を思い浮かべると恐怖が和らいだ。今回のお忍び旅行の話は、キリクには伝えていなかった。

 キリクは王国騎士団の八番隊隊長だが、育て親のゾーイ卿はリュアの後ろ盾のひとりだ。その関係上、キリクは公私に渡ってリュアと親交を結んでいる兄のような存在だった。

 リュアが誘拐されたと知れば、何を置いてもキリクはリュアを救いにくるはずだ。


「この女を殺したのはダメですか?」


 馬車の外から女の声が聞こえてくる。あっけないほど簡単に侍女を殺した銀髪の女の声だろう。


「ああ、バツだな。無暗に人を殺してはいけません。そう教えたろう?」


 三十郎が女をたしなめている。侍女を殺したのは本当にアクシデントだったのかもしれない。


「でも、この女は強かったです。レベル5はありました」


「ふ~ん、で、レベル5ってのはどれ位の強さなんだ?」


「お頭がレベル100です。この女が5」


「そいつは随分と強かったんだな。(ちな)みによロエル、お前自身はどれくらいの強さなんだよ」


「ロエルは、たぶん30位です。今はお腹が空いてませんから」


 空腹だと強さが増すとでもいうのだろうか。少女のように見えるが、ロエルとかいう女は危険極まりない。


「じゃあさ、馬車の中のお姫さんはどれくらいなんだ?」


 声を潜めたつもりなのだろうが、三十郎の声はリュアに丸聞こえだった。


「ゴミです。滓です。地面を這うアリンコさん以下です。あれだけ弱いのに、なんであんなに生意気放題かましてますか?」


「金持ってるからさ。おまけに権力もある。単に力だけじゃ測れない物をいっぱい持ってる」


「でも今なら秒で殺せます。それなのにどうして泣いて命乞いしないのか不思議です」


「お姫様だからさ。お姫様は泣いて命乞いなんてしねぇ。そんなのはお姫様なんかじゃねぇんだよ」


 三十郎はわざとリュアに聞こえるように話しているのかもしれない。王族の者は泣かないし命乞いもしない。確かにそうだ。そうあるべきだ。


 不意にドアを打ち鳴らされ、リュアは驚いて椅子から跳びあがった。


「出発しますぜ、お姫様。道が悪いから、舌()まないよう気をつけてくだせぇよ」


 動きだした馬車が徐々に速度を上げ、それにつれて今まで経験したことがないほどの勢いで座席が揺れ始めた。


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