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覚醒勇者のクロニコル  作者: 氷川 泪
エピローグ
54/102

ルエロ

「逃げて」


 立ち尽くすチャムチャムの口から悲痛な声がが上がり、ビオランテは足を止めた。


 痙攣を止めたロエルが、静かに立ち上がった。力の抜けた人形のような所作だが、肌を刺す悪寒は倍増している。


「妹の遊び相手になってくれたのはきみかい?」


 立ち上がったロエルの表情には、先ほどとは異なる自然な笑みが浮いていた。


「妹はね、ときどきちょっとやり過ぎちゃうんだ。いつもいってるんだけどね。遊びはほどほどにしなよって」


 立ち上がったロエルは、髪が短くなり、形の良い耳が剥き出しになっていた。そのせいか、顔つきがシャープになっているようだが、それ以外はさして変わりはない。


「それにしてもきみ、強いねぇ。感心したよ」


 ローブの汚れを手で払いながら、ロエルは嬉しそうに笑った。


「ぼくはルエロっていうんだ。よろしくね」


 ルエロの差し出した手を無視して、チャムチャムが動いた。ルエロの左に回り込み、脇腹目掛けて突きを放つ。


 ルエロの右手がほんの(わず)かに揺れた。ビオランテの目にはそう映った。


 草と土をまき散らせながら、ビオランテの足元にチャムチャムの体が転がってきた。草の上にあおむけに倒れたチャムチャムは目を見開いたまま呼吸を止めていた。


「そこのきみ」


 ルエロがビオランテに笑顔を向ける。


「その子の首を切り落としてよ。そうしたらきみは助けてあげる」


 さして大声を出しているわけでもないのに、ルエロの声はビオランテの耳によく響いた。


()めるなバケモノ」


 ルエロに視線を向けながら、脇に転がるチャムチャムのみぞおちに蹴りを入れた。咽込(せきこ)みながら息を吹き返したチャムチャムが、よろよろと立ち上がる。


「まだやれるかい?」


 ロングボウに矢を(つが)えながら(たず)ねたが、チャムチャムからの返事は無い。


「こいつには氷結魔法が仕込んである。こいつなら確実に奴を倒せる」


 嘘は吐いていない。番えた矢の矢じりには強力な呪いの文字が刻み込まれていて、直撃すればルエロを氷漬けにできる。だがそれには、ルエロに矢を当てなければならない。


「動きを止めます。わたしに構わず、あいつを仕留めて下さい」


 悲壮感を(にじ)ませた声でチャムチャムが応える。十代の少女には荷が重いが、他に助かる道は無い。


「あんまり思いつめるなよ。世の中ってさ、そんなに悪いことばかり続かないはずなんだ」


「昨日からずっと、悪いことしか起きてません」


「信じろよ、そろそろツキが廻ってくる」


「いいですねお気楽で。兵隊さんって、みんなそうなんですか?」


「言うじゃねぇか田舎娘。これが済んだら王都を案内してやるよ。生きてて良かったって思うぜ」


「王都へ行く前に天国に案内されそうですけど」


「天国の案内は無理だ。あたしはきっと地獄落ちだろう。随分(ずいぶん)と殺したからさ」


 ビオランテの言葉に、隣にいるチャムチャムがクスクスと笑いだした。釣られてビオランテも笑い出す。


「楽しそうだね。ぼくも混ぜてよ」


 ルエロの声を無視してチャムチャムが動いた。一瞬で距離を詰め、独楽(こま)のように回転しながら蹴りを放つ。


 派手な動きに惑わされたルエロの視線がビオランテから外れた。草の中を転がって背後に回り込み、引き絞った氷の矢をルエロの背に向けて射かけた。


「これで最後だ化物!」


 追い風に乗った矢羽は、一直線に無防備なルエロの背に飛んだ。岩場から落ちる瀑布(ばくふ)を一瞬で凍らせる魔力を(はら)んだ必殺の矢だ。生物である限り、当たれば必ずダメージを与えられる。

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