ディンの小屋
お腹も空いていたし、とにかくどこかで休みたかったからディンについて行ったが、すぐにそれは大きな間違いだとリュアは理解した。
馬小屋だと思っていた小屋の中に通され、切り株だと思っていた椅子に座らされ、大きなキノコみたいなテーブルに着かされた。そこで女性用の服を手渡され着替えさせられた。リュアが身に着けていたシルクのドレスは、川を流されたせいでびしょ濡れの上、ところどころが裂けていた。
暫くすると枯れ枝で作った案山子のような老婆が現れ、樹の幹をくり抜いて作ったらしい皿に入れたスープを振舞ってくれた。
見た目は悪くなかったし、何よりいい匂いがした。ささくれだった木のスプーンで掬い、口に入れてみると味も悪くない。
お腹が減っていたから、リュアは掻き込むようにスープを口にした。
口の端に何かがが引っかかったから、指でつまんで引き出した。普段ならそんなはしたない真似はしないが、見ているのは子ザルに服を着せたようなディンと案山子みたいな老婆だけだったから気にしなかった。
「うぇっ!」
指で摘まんだものを見て椅子から飛び上がった。口に引っかかっていたのは、干からびた芋虫だった。
「なにこれ。虫?なんでどうして?どうしてスープの中に虫が入っているの?」
スプーンで皿の底を掬うと、細長い芋虫がごっそりと沈んでいた。
「うわ、なにこれ」
向い側に座っているディンと老婆に目を向けてみたが、二人は何食わぬ顔でスープを口に運び続けていた。
「ちょっと。スープの中に虫がいるんだけど。なにこれ、よそ者に対する嫌がらせかなんかなの?」
「冬虫夏草だよ。知らないの?」
干からびた芋虫を口にしながらディンが平然と答えた。トーチューカソーとかいう名の食べ物らしいが、リュアには絶対無理だった。
「これ、毎日食べるの?」
「お客様が来たときだから特別になぁ。栄養があるから、今のあんたにぴったりだと思ったんだども、口に合いませなんだか」
老婆が残念そうな顔でリュアの皿を下げた。匂いと味に惹かれたはしたが、虫を見てしまったからにはもう食べられない。
「お気遣い感謝いたしますわ。でも、ちょっとわたしにはハードルが高かったみたい」
「美味しいのに」
肉の焼けるいい香りがした。スープを下げた老婆が、ふた付きの皿をリュアの前に置いた。
「いい匂い。ステーキかしら」
老婆がふたを開けると、そこには串に刺さった毛の無いネズミが3匹並んでいた。
「う、こ、これは何?」
「草ネズミの香草焼きだ。うまそうだなぁ」
皿を覗き込んだディンが今にも涎を垂らしそうな顔をする。
「お客様のだよディン。はしたない」
老婆がディンの口の涎を布で拭うと、ディンはうれしそうに笑った。
「リュアさんはお客様だもんね。お客来るの初めてだから、おれ凄くうれしいや」
「そうなんだ。光栄ですわ。初めて招かれたなんて」
串に手を伸ばそうとしたがダメだった。恐怖の余り、手が震えて串が掴めない。
「せっかくのおもてなしだけど、今日は食欲がないみたい。もう休ませていただいていいかしら?」
「そうですか。お気に召さないようで残念です。予備のベッドがないので、どうぞわたしのベッドをお使い下さい」
老婆に導かれ、老婆の寝室へ向かった。リュアの予想に反して、ベッドには毛布があり、シーツも清潔だった。これなら眠れる。お腹は空いているが、疲れているから横になればきっと朝までぐっすりと眠ってしまうだろう。
「心からのもてなし、感謝しますわ。明日には迎えの者が現れるでしょうから、その際にはいくばくかのお礼もお渡しできるでしょう」
虫だのネズミだのを食べて生きている者たちだ。金貨の1枚も与えてやれば喜ぶだろう。シーツの清潔さに免じて、金貨5枚を与えてやってもいい。
そんなことを考えてベッドに横たわった。
すぐに眠りにつくだろうと思っていたが、そうはならなかった。小屋の灯りが落ちると、今まで聞いたこともないような数の虫の声が辺りを包み込み、うるさくってとてもじゃないが眠れなかった。