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覚醒勇者のクロニコル  作者: 氷川 泪
エピローグ
4/102

山賊

 自分の住む小屋に戻ると、ゲバイは小屋の床にある隠し扉を開き、地下へと続く階段を降りた。

 鉄の扉を開くと、地上の小屋とは比べ物にならないほど豪華な広間に出た。薄汚い上着を投げ捨てると、使用人がそれを拾い、別の使用人が着心地のいい部屋着の(そで)を通してくる。


「あいつらはまだいるのか?」


 部屋着を着せている使用人に(たず)ねた。どこかの貧しい集落から借金の代わりに送られてきた若い女だ。


「はい。ご主人様のお酒を勝手に召し上がっております。おやめいただくようお願いはしたのですが、聞いていただけず」


 怯えながら女が応える。使用人風情が声を掛けたところで止めるような相手ではないが、それでも腹は立つ。


 煮えくり返る(はらわた)を抑え、ゲバイは食堂へと続く扉を開けた。


「うお~ゲバイちゃん、お早いお帰りだったじゃねぇか」


 椅子にふんぞり返り、テーブルに足を投げ出したケン・ミフネが手を振り大声を上げる。床にはゲバイが集めた希少な酒の瓶が転がり、テーブルの上は喰い散らかした(かず)が山のように溜まっている。


「ごちそうになってます。ほんと、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 ミフネの向いには、ロエル・ウルフェンドルが座って肉を喰っている。赤い服を好む銀髪の若い女で、ミフネに比べればマシな態度を取るが、それでも悪名高い山賊団の副長だ。女だからといって舐めてかかる訳にはいかない。


「で?王国の騎士様はどんな餌で釣ってきた?税の永久免除か?」


 どこで見つけたのか、ミフネはゲバイお気に入りのグラスを勝手に使って酒を飲んでいる。図々しさに呆れると同時にさすがは山賊だと妙に感心した。


「今年の税の取り立てを免除していただけるそうですよ」


 口にした酒を、ミフネが大げさに()き出した。噴き出していいような値段の酒ではないが、それを言って理解する相手ではない。


「そりゃあまた随分と慎ましいというか、せこい褒美だな。王国騎士団の名が泣いちまうぞ」


「わたしの方もいささか芝居が大げさでしたので、おあいこでしょう」


 ゲバイが笑うと、ミフネも口を歪めて苦笑した。

 パイポの村自体は確かに貧しいが、ゲバイは山の奥に広大な隠し畑を持っている。そこで生産される穀物を酒に変えて隣国に流し、再びビエニスタンへ密輸入する。貧しい山村を隠れ蓑に、ゲバイは大規模な密造酒の売買を行って儲けている。


「まぁいい。とりあえず面倒くさい騎士殿はお帰りになったわけだしな。あとはおれ達でやる」


 ミフネがこぶし大の革袋を投げて寄こした。(のぞ)かなくても音と重さで金貨だと知れた。


「気前がいいですね。よほど大切な女なのでしょうね」


「お姫様だよ。王国三番目のな」


「想像はつきますが、騎士様は隠しておられた。いいのですか?そんな情報をわたしごときに」


「いいさ。お前の手に余る代物だからな。見つけたらおれに知らせろ」


「解りました。ですが、仮に女を見つけてもミフネ様にお知らせする手段がございません。鳩でも置いていきますか?」


「鳩?なんだそりゃ。ああ、そうか。連中は鳩を伝令に使うんだな?へぇ、考えたな」


 ゲバイとミフネの会話にまるで関心を寄せてなかったロエルが顔を上げてゲバイを見た。


「鳩?鳩がいるのですか?おいしいですよね鳩」


 まん丸な目を輝かせてゲバイに同意を求めるロエルに(うなづ)き返した。ミフネが片腕として置いているくらいだから、アホに見えても恐ろしく強いのだろう。


「心配はいらねぇよゲバイ。お前が女を見つければ」


 不意にミフネが立ち上がった。ゲバイと差して変わらぬ上背のミフネだが、立ち上がった瞬間に部屋の空気が一変して重くなる。


「必ずおれに伝わる。だからお前は、余計なことは考えず女を監禁しておけ。丁重(ていちょう)にな」


 ゲバイお気に入りのグラスをテーブルに伏せると、ミフネは肉を掻っ込んでいるロエルに目を向けた。


「帰るぞロエル。もう充分喰ったろう」


「え、もう帰るんですか?あのカッコいい騎士様は殺さないのですか?」


「今はまだな。て言うかよ、あいつすっごく強いんだぞ。お前の方が殺されるかもしれねぇ」


「ああ、そういう考え方もあるのですね。でも、具体的にどの程度お強いのでしょう」


「グルグ戦線で百人斬りをしたらしい。百人っていうのは、おれらの仲間の倍だ。解るか?」


「はい。いっぱいですね?人いっぱい」


「そうだ。人がいっぱいだ。すげぇ数の敵だ」


「お頭にはできないことですか?」

 

 ミフネが首を(ひね)る。


「どうだろうなぁ。多分できないんじゃないかな」


「できませんか。それは凄いことです」


「できるできないじゃなくって、そんなに人斬ったら、おれ多分途中で飽きちまうんだよな。だったら敵の大将一人斬ればいいんじゃね?みたいな感じでよ」


「数より質ってことでしょうか」


「そうだ。そういうことだよ。人の命は(とうと)いからな」


 人の命を尊いとのたまうこの男が、過去にどれだけの人間を殺したのかゲバイは知っている。ミフネが手に掛けた人間の数を纏めれば、百人どころでは済まないはずだ。


「ごちそうさまでした」


 ロエルがゲバイに頭を下げる。何も知らなければ、愛人のひとりに迎えたいくらいロエルは愛らしい。


「どういたしまして。どうぞいつでもお越しください」


 頭を下げていたロエルが顔を上げ、まん丸な瞳でゲバイを見つめる。


「どうして嘘を吐きますか?あなたの臭い、わたしとお頭を嫌っています」


 背筋が凍り、言葉に詰まった。

 凍りついた空気をミフネの笑い声が突き破った。


「勘弁してやれロエル。社交辞令ってやつだ」


 ゲバイに背を向け、ミフネが部屋から出ていく。背後に付き従うロエルが、部屋から出る直前、ゲバイに向かって小さく手を振った。


 扉が閉まり二人の姿が見えなくなると、ゲバイは崩れるように椅子に座り込んだ。狂暴な人喰い熊と獰猛な女豹を同時に相手にしていたようなものだ。幸いなことに、熊も女豹も、今日はそれほど腹を空かせてはいなかったようだ。


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