戦輪
「ディン、行くわよ」
高らかに宣言し、リュアはゼニアに向けて草地を走った。
ゼニアの武器は投擲を主とする円形の刀だ。接近してしまえば威力は半減するはずだ。
リュアの脇を、ディンが風のように走り抜けていく。リュアの前に立ち、リュアを守る気なのだろう。
「戦闘ってのはね、勇ましいだけじゃ勝てないんだよ」
ゼニアが右手の環刀を投げつける。チャムチャムが戦輪と呼んでいた円形の刀だ。
戦輪は 一直線にリュアの首目掛けて飛んでくる。高速で回転する刃が月光を反射して不気味に輝いて見える。
リュアは足を止め、サーベルを構えた。戦輪を打ち落とせれば、ディンがゼニアの懐に入れる。
戦輪の動きが不意に変化した。大きく右に曲がった戦輪は、前を走るディンの胴体を横薙ぎするように軌道を変えていた。
「うわっ、あぶね」
ディンの体が沈み、草の上に滑り込んでいく。戦輪はディンの鼻先を掠め、投げたゼニアの下へ戻っていった。
雑草を薙ぎ払いながら、もう一体の戦輪がリュアの脛目掛けて飛んできた。跳躍して避けたがバランスを崩して草の上に倒れこんだ。
「ぼやっとしてると危ないよ、お姫様」
倒れ込んだリュアの頬を掠め、戦輪がディンに向かって飛んでいく。空中で自在に変化し、狙った相手を追尾する円形の剣。存在するはずのない剣を、リュアは今目の当たりにしている。
「ディン、危ない」
立ち上がりかけたディンが再び地に臥せた。その上を戦輪が駆け抜けていく。
「最初の勢いはどうしちゃったのさ。どんどん行くよ」
嬌声を上げながらゼニアが戦輪をキャッチする。どこに投げても、戦輪は間違いなくゼニアの手元に戻ってくる。
ゼニアが左右それぞれの手に持った戦輪を放った。不気味な風切音だけを残して、二体の戦輪は闇の中に姿を消した。
リュアとディンは凍りついたようにその場に立ち尽くしていた。戦輪が巻き起こす風の唸りに耳を澄ませ、動きを感知してからでないと不用意には動けない。
「どっちを狙ったと思う?教えてあげない。ほうら、もうじきあんた達どちらかの腕が落ちるよ」
二人を嘲笑いながら、ゼニアがゆっくりと草地を移動する。
「ディン、動くわよ」
草地の中央に立つディンに向かって声を掛けた。危険ではあるが、このままここに立ち尽くしていても埒が明かない。動かなければ、遅かれ早かれ二人ともゼニアにやられる。
「でも、どっちに行けばいいの?」
周囲に目を配りながらディンが囁き声を上げる。
「森よ。木々が密集している森の中なら、あいつの攻撃も防ぎやすいでしょ」
障害物の多い森の中に逃げ込めば、戦輪の威力は半減するはずだ。草地から森の中まで歩幅にして50歩ほど、駆け抜ければ数秒で到達する。
ディンに向かって頷くと、リュアは森の中に向けて全速力で駆け出した。戦輪はまだ襲ってこない。投擲された剣はどちらもディンを狙っているのかもしれない。