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覚醒勇者のクロニコル  作者: 氷川 泪
エピローグ
25/102

うっぷん晴らし

「あんたとその子、それに大きなお馬さんも殺していいみたいだし。やだあたしったら、あんな可愛い坊やを殺しちゃうなんて、悪い女」


 ゼニアが一歩近づくたびに、禍々(まがまが)しいほどの瘴気(しょうき)がその体から()き出してくる。ゼニアは本気で、チャムチャムとディン、ハーキュリーを殺そうとしている。


「リュア様、ディン、三つ数えたら、馬に飛び乗って」


「あんな女に好き放題言わせたくない。剣さえあれば、あんな女」


 リュアの眼が剣を求めてさまよっていた。(あた)りを見回してもどこにも剣などおちていない。それはリュアにとって幸運なことだった。闘えば、ゼニアは確実にリュアの両手足を切断する。


「リュア様、三つ数えます。三つ目で馬に乗る。いいですね」


 しぶしぶとリュアが(うなず)く。リュアを挑発するように、ゼニアはゆっくりと近づいて来る。


「ねぇ、そこのふたり、その女を置いて逃げちゃいなよ。金貨はそのまま持ってっていいからさ。今逃げれば、あたし誰にもあんたらのことは言わない。あんたたち森の民なんだろ?見捨てられた森の民。税だけ取られて、な~んの恩恵も受けられない気の毒な連中」


 リュアの眼が大樽の破片が散乱する街道の一点に注がれていた。砕け散った木片に紛れて、黒づくめの男の物らしきサーベルが落ちていた。リュアはそのサーベルだけを凝視(ぎょうし)している。


「なんにもしてくれない王族を助けたっていいことないって。そんな女に義理立てしないで、さっさと逃げちゃいなよ。王女様だってその方が気が楽なんじゃないの?下賤(げせん)の民に助けられたなんて、いい恥さらしじゃない。他の王女たちがなんて噂するかしれたもんじゃない」


 リュアの口元に笑みが広がっていくのが見えた。怒りを抑えられない判りやすい性格をしている。

 落ちているサーベルに向かってリュアが走り出した。ほぼ同時に、ゼニアもリュア目掛(めが)けて走りだす。


 リュアの右手がサーベルの(つか)に掛かった。接近してくるゼニアに向けて斬撃を繰り出す。ゼニアの両手からは、戦輪が消えていた。


「ガフテン流護身術、歓喜の舞」


 ほとんど使い果たしたはずの鬱憤(うっぷん)だが、一連のやり取りのおかげで少しは溜まっていた。激怒乱舞(げきどらんぶ)を使えるほどではないにしても、短い間なら歓喜の舞は使えるはずだ。


「舐めてんじゃねぇぞバカ女どもが」


 チャムチャムの体が加速した。ハーキュリーから飛び降り、一直線にリュアとゼニアの下に向かって走る。全身から(ほとばし)る力の開放は、チャムチャムの気分を高揚(こうよう)させ、脇腹に受けた傷の痛みすら忘れさせた。


 リュアの斬撃をゼニアは紙一重で(かわ)した。リュアとゼニアに向かって走るチャムチャムの視界の(すみ)に、雪煙を巻き上げながら接近する戦輪が見て取れた。ゼニアは自分を(おとり)にしリュアの注意を引き、大きく弧を描いて投擲された戦輪でリュアの四肢(しし)を切断する気だ。


 リュアとゼニアの間に体を割り込ませた。それと同時に左右から飛んできた戦輪がリュアの右腕と左足を襲う。


「このバカ王女がぁ! 」


 チャムチャムはゼニアに背を向け、リュアの頬を平手で叩いた。

 強力な平手打ちを喰らったリュアの体は大地と水平になり、リュアの腕と足を狙っていた戦輪が空を切って通り過ぎていく。


 体が地面に叩きつけられたが、チャムチャムの一撃で昏倒(こんとう)しているリュアはピクリとも動かない。


 リュアを抱き上げようと腰を落としたチャムチャムの(あご)目掛けて、ゼニアの蹴りが飛んできた。(あえ)()けず、ゼニアとの距離を詰めることで威力を相殺(そうさつ)し右の拳をゼニアの脾臓(ひぞう)に打ち込んだ。


「グッ!」


 ゼニアの口から(うめ)きが漏れたが、ただそれだけだった。チャムチャムの拳はゼニアの脾臓を捉えたが、インパクトの瞬間ゼニアは真横に跳んで打撃の威力を殺していた。


「ガフテンか?」


 距離を取りゼニアが身構えた。身のこなしからしてかなりの遣い手だ。


「ガフテン流護身術をご存じなのですか?」


 今の動きだけで溜まっていた鬱憤を使い果たしてしまった。もうこれ以上歓喜の舞は使えない。


「護身術だと?ガフテン流といえば、我らスエドと対を成す暗殺術の太祖(たいそ)ではないか。感情の(おもむ)くままに人を殺す殺人術を極めておきながら、護身術とは笑わせる」


「ガフテン流は我が身を守ることから生まれた武術。金で雇われ術と体を売るスエドと同一に語られたくはありません」


 飛んできた二対の円刀を、ゼニアがやすやすとキャッチする。どこに投げようと必ず投擲者に戻ってくる二対の円刀。その仕組みがチャムチャムには判らない。


「生き残りがいたとはな。話のタネになる。命を貰うぞガフテン」


「相手をして差し上げたいのはやまやまなのですが、今日はいろいろ立て込んでますので、また後日、日を改めてお相手させていただきます」


 ゼニアから視線を外さず、チャムチャムはリュアを(かつ)ぎ上げた。


「ディン。お願い」


 ディンを乗せたハーキュリーがチャムチャムのすぐ後ろに控えていた。馬上のディンにリュアを渡すと、チャムチャムは鐙に足を掛け、ハーキュリーの手綱を握った。


「逃げきれやしないよ」


 ゼニアの笑いに合わせ、チャムチャムも微笑(ほほえ)んだ。


「もうじき王国騎士団が到着します。逃げたほうがいいのはあなた方ではありませんか?」


 馬首を南に向けると、ハーキュリーは速足で動きだした。


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