追撃
「追ってくるぞ」
馬車に並走しているフォボスの手の者がゲバイに告げてきた。フォボスは公国側の密輸組織のボスで、ゲバイの父に密造酒の製造方法と密輸入の方法を授けた男だ。
公国の闇組織最大のボスで、王国内での勢力拡大を目論んでいる。ゲバイからすれば、王国騎士団や山賊よりも恐ろしい相手だ。
「王国騎士団か?」
連絡用の鳩は全て始末するよう副村長に指示している。仮に副村長が裏切ったとしても、騎士団が到着するにしては早すぎる。
「いや、馬が一騎だけだ。乗ってるのは女だ。まだ若い」
フォボスの手の者は10騎、いずれも黒いコートを羽織り、つばの広い帽子を被っている。勇猛で知られる公国軽騎兵隊出身者が多いと聞いていた。
「ただの旅人じゃないのか?」
「頭の弱い奴だなゲバイ。この道を恐れもせず馬を駆けさせてくる。只者じゃない」
「見当もつかないな。何者だろう」
首を後方に向けた途端、馬車の隣を凄まじい速度で馬が駆け抜けていった。驚くほどでかく、驚くほど速い馬だ。
「あれは、ハーキュリー」
走り去っていく馬の尾を見つめながらゲバイは呟いた。
「知ってるのか?」
フォボスの男が気色ばんだ。一方的に抜き去られたことに腹が立ったのかもしれない。
「乗ってるのは、多分ガキだ。村の果てに住んでる、ガフテンのとこの孫娘に違いない」
頭が混乱していた。ガフテンの孫娘とパチェットの孫は、金貨を奪ったあと始末するよう指示を出している。生きているはずはない。
「それに、あの馬は・・・・・」
ハーキュリーだ。高い金を払って手に入れた悍馬だが、なぜガフテンの孫娘を乗せてこんな場所を走っているのか皆目見当がつかない。
「化物みたいな馬だな。それにあの小娘、馬の扱いに慣れている」
フォボスの男が目をくれると、後方にいた3騎が馬脚を速めて前に出た。
「捕らえろ。女は殺してもいいが、あの馬は殺すな」
フォボスの男が命じると、馬に鞭をくれ3騎が疾駆に入った。通りすぎていった小娘と巨漢馬の姿は見る間に遠のいていく。
「あいつだけか?他にいないか?」
後方に目を向けたが、荷台の幌が邪魔で確認できなかった。ガキだけならいいが、王国騎士団の追撃を受けたら、ここではひとたまりもない。
「心配するな。たとえ王国騎士団であろうと、砦までなら逃げ切れる」
小馬鹿にしたような声でフォボスの男が笑う。元公国軽騎兵のプライドなのだろうが、フォボスの者は王国騎士団の名を聞くと敵愾心を剥きだしにする。
「ガキを捕えたら、おれに渡してくれないか?幾つか訊きだしたいことがある」
「わかったよゲバイ。お前の女好きは病気だな」
嘲笑を残してフォボスの男はゲバイから離れていった。腹が立つが仕方がない。フォボスの手下どもはどいつもこいつも一流の殺し屋だ。下手に恨みでも買ったら後々面倒なことになる。