風になる
北へ続く街道は、岩場の多い険しい道だ。坂が多いうえに、すぐ隣は切り立った崖だ。
ディンとチャムチャムを乗せたハーキュリーは、風のように街道を突き進む。凄まじく速いが、ディンが想像したよりずっと揺れは少ない。
「うわはっ、すっごい。空を飛んでるみたいだ」
崖の遥か下方に、ディンとチャムチャムが暮らすパイポの大森林が見えた。いつの間にか吐く息が白くなり、街道の所々に雪が見え始める。
馬車に追いついたら、リュアを取り戻す為に大人たちと闘わなければならない。チャムチャムは大丈夫だというけれど、それでもディンは大人たちが怖かった。
「あれよ。見えてきた」
チャムチャムが指差す方向に、米粒ほどの影が見えた。つづら折りする岩の道を、影はゆっくりと移動している。
近づくにつれ、米粒程に見えた影が馬車の形を取り出した。六頭立ての馬車は幌付きの大きな荷台を引き、かなりの速度で移動していた。それでも動きが遅く感じたのは、馬車の倍近い速度でハーキュリーが駆けているせいだ。
「どうすればいいの?」
手綱を操るチャムチャムの耳元で大声を上げて訊ねた。風を切る音が強くて、普通に声を上げても届かない。
「わたしが注意を引きつけるから、ディンはリュア王女を助け出して森へ逃げなさい」
眼下に広がるパイポの大森林なら、子供の頃から慣れ親しんでいる。確かに、森に逃げ込めば、そうそう簡単に見つけられることはない。
「わかった。どこか落ち合う場所を決めておく?」
「その必要はありません。早ければ一日、遅くとも二日後には王国騎士団が村にやってきます。そこで合流しましょう」
副村長が鳩を飛ばしていなかったらという言葉をディンは呑み込んだ。チャムチャムがそう言うのだから、ディンはただそれを信じる。
急峻な坂道に入ると、ハーキュリーは速度を落とすどころか、さらに加速しだした。
馬車との距離は見る間に狭まり、幌を被った荷車の後部が見えてきた。
「じゃあ、おれここで降りるね。チャムチャム、気をつけて」
手綱を握り前を注視するチャムチャムの口元が和らいだ。
「ディンもね。これが終わったら、二人で小屋に帰りましょう。ご馳走をたくさん作ってあげる」
「やった。おれ、やっぱチャムチャムのご飯が一番好きだ。婆ちゃんには内緒だけどね」
「ありがとう。じゃあ行きなさいディン。くれぐれも気をつけて」
チャムチャムが手綱を引くと、ハーキュリーの馬脚が緩やかになり馬速が落ちた。
「行ってくる」
チャムチャムの腰に回した腕を外し、ディンはハーキュリーの背から飛び降りた。雪の残る街道は、表面こそぬかるでいたが、底には硬い岩盤があって走るのに苦労はなかった。
「はっ!」
チャムチャムが腹を蹴ると、並走していたハーキュリーはディンを置き去りにして疾駆に入った。
「リュア、待ってて」
大きく息を吸い込むと、ディンは全速力で走り出した。