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覚醒勇者のクロニコル  作者: 氷川 泪
エピローグ
16/102

力を貸して下さい

 村の大通りを、ディンと手を(つな)いで歩いた。

 こうしていれば、チャムチャムとディンの姿は村に買い物に来た姉弟のように見えるだろうし、村には顔見知りもいて挨拶を交わしたりもする。下手に隠れて移動するより安全だった。


「あそこよ」


 村外れの厩舎(きゅうしゃ)に目を向けながらディンに(ささや)いた。挙動(きょどう)を疑われなくないから、指を差したりはできない。


「馬?馬に乗るの?」


「そう。馬を奪って王女を追うの」


「おれ、馬に乗ったことないんだ。怖くないかなぁ」


「大丈夫。コツさえ(つか)めば、誰だって簡単に馬には乗れるのよ」


「へぇ、凄いなぁ。コツってどうするの?」


「馬の前に立って、馬の目を真っ直ぐ見つめるの」


「うん」


「それでね、心の中で馬に話しかけるの」


「なんて話しかけるの?」


「わたしはお前より強い。言う事聞かなければぶっ殺して馬肉にするぞって」


「ええっ?ほんとに?」


 (はじ)けたような声でチャムチャムは笑い出した。常に感情を抑制(よくせい)しているせいで、時々くだらないことでも笑いが止まらなくなることがある。


「ウソウソ。ごめんね。本当はこういうのよ。命を預けます。だからあなたの力を貸して下さいって」


「まったくもう。今日のチャムチャム、なんかいつもと違って(あつか)いずらいよ」


 笑い合いながら厩舎の前まで歩いた。厩舎の中から、(がら)の悪い中年男が姿を見せる。


「なんの用だお前ら」


 男の吐く息が酒臭い。仕事をさぼって奥で酒でも飲んでいたのだろう。


「弟が馬に乗ってみたいって言うので、もしよかったらちょっとだけ乗せてくれませんか?」


「ふざけるな。ここはゲバイ様の(うまや)だ。ガキの来るところじゃねぇ。帰れ」


「ほんのちょっとだけでいいんです。お金も払います」


 男の表情が変わった。顔をチャムチャムに近づけ、声を(ひそ)める。


「ほんとはダメなんだけどよ、弟さんの為だ。ちょっとだけだぞ」


 チャムチャムが頭を下げると、それに(なら)ってディンも頭を下げる。


「ありがとうございます。もしよろしければ、ここで一番速いお馬に乗りたいのですけど」


「だったらハーキュリーだな。草競馬で三連勝中の馬だ。その辺の馬車馬とは訳が違う」


厩の中を歩きながら、男が自分のことのように自慢する。


「そうなんですか?凄いです。素敵です。あの、そのハーキュリーさんはどちらに?」


「案内するけどよ、その前に金をくれよ」


 チャムチャムはゲバイから貰った革袋を取り出し、中から金貨を一枚取り出した。


「おいおい金貨かよ。釣り持ってねぇぞ」


「お釣はいりません。ですから、わたしと弟を馬に乗せたら、ちょっとだけ道を歩かせてくれませんか?」


「そいつはマズいな。怒られちまう」


「そうですか。実をいうと弟は重い病気を(わずら)っていて、馬に乗ることが唯一の夢だったのです。それが(かな)うのならと、父と母がこの金貨を渡してくれたのですが、仕方ありませんね。帰ります」


 チャムチャムは金貨を革袋に入れ、男から背を向けた。


「いやちょっと待て。病気なんだな?その子重い病気なんだよな。だったら乗せてやらなきゃならねぇ。うん、金の為じゃねぇよそりゃ。人助けだ」


「よろしいのですか?おじ様は天使様ですか?」


「天使じゃねぇけどよ、まぁ、困ってるときはお互い様よ」


 喋りながら男は、(うまや)の中でも特に大きな馬房(ばぼう)の前で足を止めた。


「こいつがハーキュリーよ。どうだい、でかいだろう」


 薄暗い馬房の中を覗き込んだチャムチャムは、そこに立つ巨大な馬の姿を見て圧倒(あっとう)された。でかいなどという言葉では表せない威厳(いげん)を、その馬は(そな)えていた。


「背中に乗せてもらえませんか?」


 背後の男にではなく、目の前にいる悍馬(かんば)に声を掛けていた。


「気に喰わねぇ奴がくると鼻を鳴らして暴れ出す。ゲバイさんと違って、お姉ちゃんのことは気に入ったみたいだぜ」


「そうですか。ありがとうございます」


 男ではなく、馬に向かって頭を下げた。馬はただ静かにチャムチャムを見つめ返してくる。


「どれ、交代が来ると面倒だ。さっさと済ませようぜ」


 男が柵を開き、ハーキュリーの(くつわ)を取って馬房から引き出した。男の誘導に従って、ハーキュリーは厩舎の外へ歩み出た。


「轡はおれが取ってやるからよ、さっさと乗りな」


 男がハーキュリーの背中に鞍を乗せ固定してくれた。(あぶみ)に足をかけ、チャムチャムとディンは馬の背に(またが)った。


「うわっ、凄く高い。よかったなぁおれ。きっと病気なんか吹っ飛んじゃうぜぃ」


 頼みもしないのにディンが下手な演技を打つ。


「そうだろう兄ちゃん。こいつは速いぜぇ。草競馬でこいつを見たら、全財産を叩いてこいつに賭けな。って、まだ博打には早いか」


 大声で笑う男を後目に、チャムチャムは懐から革袋を取り出した。


「あっ、」


 金貨の入った革袋を地面に落とした。袋の口が開いていたから、金貨が音を立てて大地に転がった。


「わっ、こりゃあ大変だ」


 金貨を拾おうと、男が轡から手を離した。その瞬間をチャムチャムは狙っていた。


「はっ!」


 ハーキュリーの腹を靴の(かかと)で思いきり叩いた。手綱を引き絞り前傾姿勢(ぜんけいしせい)を取ると、ハーキュリーは火が点いたような勢いで走り出した。


「あれぇ、助けてぇ」


 男に聞こえるように大声を上げた。そうしているうちにも、ハーキュリーはどんどん脚を速めていく。


「うわ~速い速い」


 チャウチャムの腰に手を廻しながらディンが叫ぶ。

 振り返って後を見たが、もう男の姿は見えなくなっていた。手綱を引き、ハーキュリーの鼻先を馬車が消えた北の街道へと向ける。


「お願い、ハーキュリー」


 馬の首筋に手を触れ、チャムチャムは呟いた。命を預けますから、どうぞ力を貸して下さい。


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