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覚醒勇者のクロニコル  作者: 氷川 泪
エピローグ
12/102

デコピン!

 捕らえられ、突き付けられたナイフを目で追う事しかできないディンをよそに、チャムチャムは暴れまくっていた。


「不細工なツラしやがって、サルかよてめぇは」


 斧を持った男の顔面にチャムチャムが頭突きを決める。


「こんな可愛い子に手ぇあげるなんざお前ら人間じゃねぇ、死ね、死に腐って虫に喰われちまえ!」


 (つや)めく漆黒の髪を(なび)かせながら、チャムチャムが残りふたりの股間を蹴り上げ、手刀で喉ぼとけを叩き潰した。


「おい、女。そこのお前、弟がどうなってもいいのか?」


 全く動きを止めないチャムチャムに副村長が(あせ)りだしていた。両手を口に付け、大声でチャムチャムに呼び掛けている。


「んあっ?弟だと?そいつは弟なんかじゃねえぞ」


 瞬く間に大人の男10人を叩きのめしたチャムチャムが副村長の呼びかけに答えて動きを止めた。


「あ、そうなの?だけどあれでしょ?お友達かなんかなんでしょ、この子」


 副村長は明らかにチャムチャムに怯えている。


「隣のうちのガキだ。ダチでもなんでもねぇ。おい、ディン。お前がもたもたしてるからそんな目に会うんだぞ。いいか、あたしゃ絶対助けねぇからな。自分でなんとかしな」


 そうは言われても背後から大人の男に羽交い絞めにされ、喉首にナイフを突きつけられている。動きようがなかった。


「そ、そんな可哀そうな。あんまりじゃないですか、この子を見殺しにする気ですかあなた」


 なぜかディンの代わりに副村長がチャムチャムに慈悲(じひ)()うている。おかしな話だが副村長の言う通りだ。


「はっ?知らねぇし。殺るならさっさと殺っちゃいなよ。だけどよ、そしたらわたしがお前らを殺すぜ。生まれてこなきゃよかったって思うくらいにいたぶってからな」


 最初に声を掛けてきた赤毛の頭を踏みつけながら、チャムチャムが副村長に向けて狂暴な笑みを投げかける。


 途方に暮れる副村長に目を奪われたのか、ディンの喉首のナイフが僅かに離れた。


「でやっ!」


 ディンは背後から羽交い絞めにしている男の顔面に後頭部を叩きつけた。不意を突かれた男の腕が緩み、ディンを押さえつけていた腕が外れた。


「このガキっ!」


 もうひとりがナイフを突き出してきた。紙一重でナイフを躱し、ディンは男に向かって拳を突き出した。


「デコピン」


 チャムチャムに言われた言葉を思い出した。今となっては男たちよりチャムチャムの方が何倍も恐ろしい。

 右の中指を丸め、爪先を親指で固定した。そのまま男の禿()げかけた額に向けて指を弾いた。


 ディンのデコピンを喰らった男がナイフを放り投げて派手にすっ飛んだ。男は泥道を二度三度と転がり灌木(かんぼく)を掻き分け、その先にある曙杉の幹に激突して動かなくなった。


「この野郎!」


 背後から背中を強く蹴りつけられた。振り返るとディンを羽交い絞めにしていた男が殴りかかってくる。

 男に向かってディンは跳んだ。男の拳が届くより先に、ディンの指が男の顎に触れた。


「デコピン!」


 中指で男の顎を下から弾いた。男の顎が跳ね上がり、男の体が凄まじい勢いで空に向かって飛んでいく。


「ギャッハハハッハ。やるじゃねぇかディン。すっげぇなあいつ、あんなとこまで飛んでったぜ」


 チャムチャムが指差す先の杉の木の枝に、飛ばされた男が気を失ったまま引っかかっていた。


「な、なんなんだお前ら。化物か?」


 副村長の前にチャムチャムの姿が現れ、呆然とする副村長の頬を平手で叩いた。


「ぶげっ!」


 首が捻じ曲がる勢いで副村長の顔が横向き、口の中から数本の歯が吐き出された。チャムチャムのビンタの痛さは良く知ってる。ディンは少しだけ副村長が気の毒になった。


「女の子を化物呼ばわりするなんて、あなた(ひど)すぎます」


 チャムチャムの声音が元に戻っていた。戦闘モードが解けたのだろう。


「す、すいません。でもあまりにもお強いんで、つい」


 地べたに座り込んだまま、副村長がチャムチャムを仰ぎ見る。今のチャムチャムは暴れていたチャムチャムとは別人のようだ。


「申し訳ありません。我が一族に伝わるガフテン流護身術は、喜怒哀楽といった人の持つ感情を爆発させることによって力を増す術なのです。それ故、術を使う際に多少言葉遣いが荒くなってしまうことがあります。ご容赦(ようしゃ)下さい」


 多少荒くなるなどというものではない。つい今しがたまで、チャムチャムは暴力を嬉々として行使(こうし)していた。

 パチェット婆さんと修行するチャムチャムの姿を見たことがなければ、ディンでさえもチャムチャムの豹変ぶりに唖然としたことだろう。


「ディン、倒れている方のズボンを脱がし、身柄を拘束します」


「はい」


 ディンは倒れている男からズボンを脱がし、後ろ手に縛りつけた。チャムチャムが怖いのか、副村長は自分でズボンを脱ぎ、ディンに差し出した。


「ではこれから幾つか質問をいたします。お願いです。どうか正直にお答え下さい」


 全身を震わせながら、副村長はチャムチャムに向かって何度も(うなず)いた。


「ゲバイ殿は、リュア王女をどうするおつもりなのでしょう?ちゃんと王国までお送りするつもりなのでしょうか?」


 副村長が口籠(くちご)ると、チャムチャムはディンに目を向けた。


「ディン、副村長様にデコピンをお見舞いしてくれませんか?わたしはもう、これ以上暴力を目にすることに耐えられません」


「じ、自分の物にするつもりです。王女を自分の妻に」


「まぁ恐ろしい。でもそんなことが可能なのでしょうか?貴族を装っていても、王女がゲバイ殿の求婚に応じるとは思えません」


「ドメイの翡翠(ひすい)があります。身につけさせた相手の前で呪文を唱えれば、何でもいうことを聞かせられるカースアイテムで」


「まぁ。そんなアイテムがあるのですね?神聖な結婚の誓いを何だと思ってるんでしょう」


「あ、赤ん坊を産ませることができれば、ゆくゆくは王になれると」


「なんとはしたない。そんなことの為に王女に種付(たねづ)けなんて、絶対に許してはいけませんね。そうは思いませんか?」


「はい。思います」


「では、わたし達でゲバイ殿の種付けを阻止(そし)しましょう。今から教会に戻ってゲバイ殿から王女を救い出せばいいのですね?」


「だとしたら急がないと。ゲバイ様は、ゲバイは、密造酒の保管所へ王女を連れていくはずです。あそこなら、王国騎士団が王女の行方を嗅ぎつけたとしてもそうそう簡単にはバレませんから」


「保管所?それはどこにあるのですか?」


「保管所はパイポの森から馬でニ刻ほどいった小高い丘の上です。見つけづらい上に砦になっていて」


「まぁ怖い。だとしたら、王女が連れ込まれてしまう前に救出しなければなりませんね?」


「馬車で向かう予定ですから、その前ならなんとかなるかもしれません。ですが、あなた方が生きていると知ったら、ゲバイは警戒を強化するでしょうし」


「大丈夫です。あなたが一緒にいるのですから」


「わ、わたしも一緒に行くのですか?バレたらゲバイに殺されてしまう」


「わたし達が金貨を隠してしまったといえばいいのです。拷問して吐かせる為に連れてきたと、そういえばいいのですよ」


「確かにそれなら・・・・・」


「副村長様、お願いですからわたし達を裏切ったりしないで下さい。先ほどあなたにお見せしたのは、我が護身術の初歩、歓喜の舞という術です。あなたが裏切ると、多分わたしは怒ります。そうなると」


「怒りの舞、ですか?」


「いいえ、激怒の乱舞という技になります。そうなると手加減はできませんので、副村長様は多分」


 副村長の顔がみるみる青ざめていく。それほどまでに先ほどのチャムチャムの暴れっぷりは恐ろしかったのだろう。


「ねぇ、王女に種付けってどういう意味?何すんの?」


 ディンの問いかけにチャムチャムが振り向き微笑んだ。


「ディンには関係のないことです。そこで大人しく九九でも暗唱してなさい」


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