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覚醒勇者のクロニコル  作者: 氷川 泪
エピローグ
101/102

眩しいほどの夕焼け

 キリクに向かってディンが歩き出す。


「そこまでだ。双方(そうほう)、今すぐ闘いを止めよ」


 地下水路の壁に力強い声が響き渡る。


「お父様!」


 思わず振り返って声の主を探した。つい先ほど、父王は毒殺されたと告げられたばかりだったが、やはり誤報(ごほう)だったのだ。


「デュクス王、なぜ生きている」


 キリクが暗闇の先に立つ人影を見て(つぶや)く。闇の中から黒いローブを被った背の高い男が姿を現した。


「遅いぞ爺さん。危うく死ぬところだった」


 父王に向けてミフネが声を掛ける。父王とミフネが知り合いだとすると、リュアをミフネに(さら)わせたのも父王の指示だったのだろうか?


「待ち合わせ場所が悪い。まさか十数年前に放棄した砦に、裏口から入って来いなどと言われるとは思ってもみなかったのでな」


 この砦は王国が建造したのだろう。十数年前というと、隣国である公国との戦争が激しさを増していた頃だ。その後、和平が成立し、この砦は放棄されゲバイらの根城と化したのだろう。


「キリク、もう止めろ。これ以上は意味が無い」


 顔を(おお)っていたフードを外したデュクス王が立ち尽くすキリクに目を向ける。


「意味が無い?貴様を、貴様等一族が造り上げたこの王国を滅ぼすことに意味が無いだと?どの口がそうほざく。ならばどうするのだドーガ・デュクス。唯一の息子であるこの俺に、この腐りきった王国を譲るとでもいうのか?」


「へ、息子だって?そりゃあ爺さん、この暴れザルはあんたの」


「ああそうだ。キリクは私の血をを引いている。そしてまた、ガザッグの一族でもある」


「ガザッグって」


 キリクと自分に血の()がりがあるという事実以上に、ガザッグの名が出たことにリュアは驚いた。

 ガザッグとは王国北端にかつて存在した部族集団で、王国の支配に抵抗し戦を選んだ民族だ。王国建国中であった先々代の王はカザッグとの和平を認めず、徹底した殲滅戦(せんめつせん)を繰り返しガザックというひとつの民族を根絶(ねだ)やしにした。


「で、貴様は俺をどう裁くつもりだ、デュクス。その手で俺の首を落とすか?」


 キリクの口元が(かす)かに上がる。それはリュアが知るキリクの笑みとはことなり、(ひど)(ゆが)んで見えた。


「獄に落とす。お前の部下の中には、知らずに従った者も多いだろう。関係した者の処遇を決めた後、お前は反逆者として処断される」


「解った。抵抗は止めよう」


 デモンズ・アモンを床に置くと、キリクは両手を頭の後に回して膝を着いた。


「ソーサライ。キリク・ゾーイを捕らえよ」


 父であるデュクス王の声は疲れ切っていた。老齢と呼ぶには間があるはずだが、父の顔にははっきりと老いが見て取れた。


「反乱を(たくら)むのなら最初にオレに話しを持って来ればよかったんだよ、キリク」


 背負った大剣を引き抜きながらソーサライがキリクに歩み寄る。


「協力してくれたのか?」


「当然だ。退屈してたからな」


「だったらこの場でデュクスを討て。それで貴様が次の王だ」


「そんなことをしたらもっと退屈になるだろう。オレが王になれば、百年に渡るこの戦乱の時代も一年で終わっちまう」


 ソーサライが剣を一振りすると、キリクの両足首が音も無く切断された。


「逃げるチャンスを得たと思っているんだろ?そうはさせない」


 ソーサライがキリクに背を向けると、第一騎士団の者がキリクを拘束し連れ去っていった。


「ことの経緯は後程(のちほど)詳しくお聞かせ願うとして」


 顔を上げ、リュアは父であるドーガを(にら)みつけた。


「とりあえずバスを用意して頂けますか、父上。それと王都からわたくしの髪結(かみゆ)いを呼んで下さい。ドレスは赤を中心に2~30もあればいいでしょう。この数日で一生分くらい歩いたから、帰りは天蓋(てんがい)付きの馬車にします。あと食事も()りたいから、王都のシェフと新鮮な食材を早馬で呼び寄せて」


 バツが悪そうに頷いた父王から視線を逸らし、リュアはミフネに目を向けた。


「それから誰か。このむさ苦しい男にライキッドを飲ませなさい。斬り落とされた腕をそのままにするなどというバカげた意地を通させてはなりません。この男を目にする度に私が不要な恩を感じるなどということのないように、抵抗したら気を失わせてでも回復させなさい」


「そういったご要望ならすぐにでも」


 ソーサライがミフネに近づいていく。


「よせデカブツ。俺に近づくんじゃねぇ」


 (わめ)きながら後退(あとずさ)りするが、体力の限界を超えているミフネの動きには切れが無い。


「主命とあらば是非(ぜひ)もない。許せ」


 満面の笑みを(たた)えながらソーサライがミフネの顔面に拳を叩きつける。


「あいや。私としたことがつい手加減を」


「いや、わざとだ。わざと殴りやがった」


 鼻から血を垂らしたミフネが抗議する。


「では改めて。ごめん!」


 二発目は綺麗に顎の先端に入り、ミフネは昏倒(こんとう)した。


「誰かこの汚いローニンの口をこじ開けてライキッドを流し込め。飲ませる前にもう少し切り刻んでもいい」


 ソーサライに襟首(えりくび)を掴まれ荷物のようにミフネが運ばれていくと、デュクス王がディンに歩み寄った。


「ディン・シャロン・グーグー殿。此度(こたび)の騒動は、我が王国の不徳の(きわ)みであった。心より謝罪申し上げる。また、我らに代わり、身を(てい)して我が娘リュアをお守りいただいたこと、心より感謝申し上げる」


 デュクスが膝を着くと同時に、その場にいる全ての兵が一斉に膝を着いた。ディンはその様子をただ黙って(なが)めていた。


「ディン」


 思わず声が出た。王族や貴族などという支配階級の存在すらディンは知らないのかもしれないが、それでも王国の民だ。王に(ひざまず)かれているのに無視は(ゆる)されない。


「えっと」


 無造作にデュクス王に近づいたディンが、右手を王の額に()えた。


「あれって」


 背筋に悪寒(おかん)が走った。いくらなんでもそれはやり過ぎだ。下手をしたら死罪になりかねない。


「デコピン!」


 パチンといい音がして、ディンの爪が王の額を(はじ)いた。王は頭を反らし、呻きを上げて額を押さえた。


「あちゃ~」


 自分が弾かれたようにリュアもまた額を押さえた。さすがに手加減はしたのだろうが、それでも王都兵の前で王の額を弾くなど論外だ。あまりの事態に騎士団の面々もあんぐりと口を開けて固まっている。


「このバカチンが」


 王都兵を()き分けて小さな影がディンに襲い掛かった。強烈な張り手がディンの頬に炸裂(さくれつ)し、ディンの体が前のめりに倒れて行く。


「すみません、このバカ、山育ちのせいで何も判ってなくて。ほんとごめんなさい。許して下さい」


 チャムチャムだ。ディンと共に床に伏せたチャムチャムはディンの髪を(つか)んで頭を下げさせている。


「エデッ、イテッ、痛いチャムチャム。痛いんだけど」


 容赦なくディンの額を床に叩きつけるチャムチャムにディンが抗議する。


「いやいや、これくらいのことで、私の過ちが(つぐな)えるとは思っておらぬ。どうか頭を上げて下さい」


 父王がチャムチャムとディンの肩に手を掛け立ち上がると、それでようやくリュアは息を()いた。


「おれ、なんかよく判んないんだけど、お父さんならリュアを悲しませちゃダメだよ。あなたが殺されたってきいたとき、リュアは本当に悲しそうな顔をしてたよ。キリクがリュアを殺そうとしたのだって、あなたのせいなんでしょ?」


「その通りだ」


「だったらおれなんかに謝らないで、ちゃんとリュアとキリクに話をしないとね。家族はみんな仲良くするべきだって婆ちゃんが言ってた」


 父王が穏やかな笑みを浮かべて頷いた。確かにもう何年も二人の姉を交えて話し合うことなどなかった。意には沿わないが、兄が一人増えてもいる。もう一度家族で話し合うべきなのだろう。


「リュア。これでいい?」


 ディンに問われて気がついた。リュアは腹の底から、父の頭を殴りつけてやりたかったのだ。


「そうね。これで万事解決。ほんとすっきりした」


 リュアはディンの隣に並び、膝を着く騎士団に向けて声を上げた。


「此度の騒動、皆に迷惑をかけたことを心からお詫びします。一同の活躍にこのリュア・リパ・デュクス、心より感謝いたします。みなさん、本当にありがとう」


 ギドラが場違いなほどの大声で笑いだし、それを気に兵達が一斉に声を上げ、リュアと王を称え始めた。その声は地下水路に響き渡り、耳を(おお)うほど大きくなっていく。


「凄いや。リュアは本当にお姫様なんだね」


 ディンがリュアを見上げて笑う。


「そうよ。わたしはすっごく偉いんだから。だからこれからはリュアなんて呼び捨てにしてはダメよ。リュア王妃様って呼んで、私がいいっていうまで目を合わせちゃダメなんだからね」


「ええっ!面倒くさいなぁ。それじゃ遊びにも行けないじゃない。あ、じゃあさ、また川から流れてくるといいよ。おれ、がんばってまた見つけるからさ」


「なんでそうなるのよ。虫の入ったスープだの変態アサシンだの、田舎娘のビンタだの、もう二度とごめんだわ。もう一回川に落ちるくらいなら助けてくれなくていいから」


「あ、あのリュア王妃様。その、あの平手打ちの件なのですが」


「気にしてないわよヒャムヒャム。あれっ?チョムチョムだったっけ?」


 チャムチャムが顔を(しか)める。出会った頃と違い、随分(ずいぶん)と感情を顔に出すようになった気がする。


「嘘よチャムチャム。本当に感謝してる。大好きよ」


 肩を抱くとチャムチャムもまた抱き返してきた。リュアのことを初めてできた友達だとディンは言っていたが、リュアにとってもそうだ。生まれて初めて、身分など気にも留めない本当の友達ができた。


「さぁ帰りましょう。今度は私が二人にご馳走する番だからね。絶対驚かせてあげるから」


 肩を抱き合ったまま、三人は地下水路の出口へと歩き出した。三人がむかう出口の先には、(まぶ)しいほどの夕焼けが広がっていた。


覚醒勇者のクロニコル  完

約3か月に渡り、「覚醒勇者のクロニコル」をお読みいただきありがとうございました。

次回作を投稿の際には、宜しくお願いします。             氷川泪


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