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覚醒勇者のクロニコル  作者: 氷川 泪
エピローグ
100/102

幼き勇者

「やったぁ。大当たりだぁ。今度はちゃんと当たってますよカイル様」


 上半身裸でボロボロのズボンを()いた金髪の男がガイガンを指差して(わめ)く。


「いちいち騒ぐなギドラ。耳が痛む」


 溜息をつきながらソーサライが愚痴(ぐち)る。石造りの床と壁に反響(はんきょう)し、ギドラの声は確かにやかましい。


「噂には聞いてたが、こいつが竜騎士かよ」


 竜騎士とは王国に仕える竜を討つための騎士で、その槍は百発百中だといわれている。生まれ持った資質がなければその技術を習得できないことに加え、この数十年、竜の個体数が激減(げきげん)した為、竜騎士の存在自体が(あや)ぶまれているという。


「あっほいあっほい、あっほいさ」


 ギドラと呼ばれた若い男は、奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)な声を上げて通路を()り歩いている。その様子だけを見れば唯の阿保にしか見えないが、竜騎士の投げる槍は絶対に(まと)(はず)さないと聴いている。ギドラが本物の竜騎士であるなら、ギドラの放つあの銀槍(ぎんそう)(かわ)すことは誰にもできないということだ。


「うん?どこの馬の骨かと思えば、ゴウキじゃないか。公国魔導士(こうこくまどうし)何故(なぜ)王国領土にいる?観光か?」


 ソーサライがミフネを見つけて声をかけてきた。ガイガンに勝るとも劣らぬ巨体を持つソーサライは、文字通りミフネを見下している。


「その名で呼ぶんじゃねぇ、木偶の坊(でくのぼう)。殺すぞ」


随分(ずいぶん)と威勢がいいが、片手じゃ得意の居合も披露(ひろう)できまい。捕らえてサルと一緒に(おり)にぶち込むぞ」


「そりゃぁ自嘲(じちょう)か、能無しゴリラ。猿山のボスザルってのは正にお前のことだろう」


「その調子ならまだ死にはしないなゴウキ。いいだろう。事のあらましは聞いている。今回に限り見なかったことにしてやる」


「だったらさっさと掃除を始めろや、唐変木(とうへんぼく)。お前が(しつ)けたサルがまだ暴れてるだろうが」


 ディンとキリクはまだ闘っている。


「ほう。あの子ザルはお前の連れか?ゴウキ。うちの跳ね返りザルが大分痛めつけられているようだが」


 二人の闘いはすでに決していた。キリクの剣撃は完全にディンに見切られていて、(かす)ることすら(かな)わず躱されていく。片やディンのデコピンは確実にキリクの肉体を破壊し続けていた。


「反射的に致命傷を避ける。そう躾けてるのだが、あれでは(なぶ)り殺しだな」


 ディンのデコピンは面白いようにキリクに当るが、どれも寸前で当たり所をずらされてしまっている。キリクもきついだろうが、攻撃し続けるディンもまた辛いのだろう。


「二人とも止まりなさい」


 リュアが放った一声で、二人の動きが停止した。


 キリクのアーマーは全壊(ぜんかい)に近い損傷(そんしょう)を受け、その体は(あざ)だらけだった。口の端からは血が流れ落ちていて、端正なその顔の右半分は()れあがって視界も定まらない有様だ。


 だが、ディンの姿はキリクより更に酷かった。キリクを圧倒していたはずのディンなのに、その瞳からは涙が(あふ)れ、その身体は小刻みに震えていた。


「なんで、なんで倒れないの?なんで闘い続けるのさ」


 むずかる幼児のようにディンが喚いた。


「あなたには闘う理由なんてないじゃないか。あなたを信じて待っていたリュアを裏切って辛い思いをさせて、それでもまだ謝りもしないで殺そうとして。そんなの全然正しくないじゃないか。それなのに諦めないで闘い続けて、それに何の意味があるんだよ」


 キリクはまだ立っている。全身の骨は砕け、多量の出血は意識を(つな)ぎ止めることすら困難なはずなのに、それでも倒れない。


「リュアの目が痛いんだよ。途中からリュアがおれを見る目が変わったのが判るんだ。リュアはおれのこと嫌いになっちゃったみたいで。あなたを倒せないおれのことを、あなたを傷つけるおれのことを憎み出してるのが判るんだよ。なんでそんなことになるんだよ。おれなんかよりずっとずっと前から、あなたはリュアの側にいたんでしょ?なのに何で、リュアを傷つけるんだよ」


 ディンの体を包む燐光(りんこう)が薄れ始めていた。どれほどの逸材(いつざい)であろうと、ディンの精神はまだ幼いままだ。人と人との繋がりや憎しみを理解できるほど、ディンは世間という物に接してない。


「私は王国を滅ぼすと決めた。その為には万世(まんよ)の民の命を奪わねばならない。それを止めるといのなら、きみは私の息の根を完璧に止めなければならない。それができないのなら、私の前に立つな」


 ディンが唇を嚙みしめている。一度動きを止めてしまったキリクは、多分もう動けない。


「名前を聴こう、少年。私を殺す者の名だ」


 顔を上げ、ディンはキリクの視線を真っ向から受け止めた。


「ディン。ディン・シャロン・グーグー」


 意を決したのだろう。ディンの涙は止まり、穏やかとすらいえる表情だ。


「来い。ディン・シャロン・グーグー。結着をつけよう」


 キリクがゆっくりと剣をディンに向けて(かざ)した。

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