幼き勇者
「やったぁ。大当たりだぁ。今度はちゃんと当たってますよカイル様」
上半身裸でボロボロのズボンを履いた金髪の男がガイガンを指差して喚く。
「いちいち騒ぐなギドラ。耳が痛む」
溜息をつきながらソーサライが愚痴る。石造りの床と壁に反響し、ギドラの声は確かにやかましい。
「噂には聞いてたが、こいつが竜騎士かよ」
竜騎士とは王国に仕える竜を討つための騎士で、その槍は百発百中だといわれている。生まれ持った資質がなければその技術を習得できないことに加え、この数十年、竜の個体数が激減した為、竜騎士の存在自体が危ぶまれているという。
「あっほいあっほい、あっほいさ」
ギドラと呼ばれた若い男は、奇妙奇天烈な声を上げて通路を練り歩いている。その様子だけを見れば唯の阿保にしか見えないが、竜騎士の投げる槍は絶対に的を外さないと聴いている。ギドラが本物の竜騎士であるなら、ギドラの放つあの銀槍を躱すことは誰にもできないということだ。
「うん?どこの馬の骨かと思えば、ゴウキじゃないか。公国魔導士が何故王国領土にいる?観光か?」
ソーサライがミフネを見つけて声をかけてきた。ガイガンに勝るとも劣らぬ巨体を持つソーサライは、文字通りミフネを見下している。
「その名で呼ぶんじゃねぇ、木偶の坊。殺すぞ」
「随分と威勢がいいが、片手じゃ得意の居合も披露できまい。捕らえてサルと一緒に檻にぶち込むぞ」
「そりゃぁ自嘲か、能無しゴリラ。猿山のボスザルってのは正にお前のことだろう」
「その調子ならまだ死にはしないなゴウキ。いいだろう。事のあらましは聞いている。今回に限り見なかったことにしてやる」
「だったらさっさと掃除を始めろや、唐変木。お前が躾けたサルがまだ暴れてるだろうが」
ディンとキリクはまだ闘っている。
「ほう。あの子ザルはお前の連れか?ゴウキ。うちの跳ね返りザルが大分痛めつけられているようだが」
二人の闘いはすでに決していた。キリクの剣撃は完全にディンに見切られていて、掠ることすら叶わず躱されていく。片やディンのデコピンは確実にキリクの肉体を破壊し続けていた。
「反射的に致命傷を避ける。そう躾けてるのだが、あれでは嬲り殺しだな」
ディンのデコピンは面白いようにキリクに当るが、どれも寸前で当たり所をずらされてしまっている。キリクもきついだろうが、攻撃し続けるディンもまた辛いのだろう。
「二人とも止まりなさい」
リュアが放った一声で、二人の動きが停止した。
キリクのアーマーは全壊に近い損傷を受け、その体は痣だらけだった。口の端からは血が流れ落ちていて、端正なその顔の右半分は腫れあがって視界も定まらない有様だ。
だが、ディンの姿はキリクより更に酷かった。キリクを圧倒していたはずのディンなのに、その瞳からは涙が溢れ、その身体は小刻みに震えていた。
「なんで、なんで倒れないの?なんで闘い続けるのさ」
むずかる幼児のようにディンが喚いた。
「あなたには闘う理由なんてないじゃないか。あなたを信じて待っていたリュアを裏切って辛い思いをさせて、それでもまだ謝りもしないで殺そうとして。そんなの全然正しくないじゃないか。それなのに諦めないで闘い続けて、それに何の意味があるんだよ」
キリクはまだ立っている。全身の骨は砕け、多量の出血は意識を繋ぎ止めることすら困難なはずなのに、それでも倒れない。
「リュアの目が痛いんだよ。途中からリュアがおれを見る目が変わったのが判るんだ。リュアはおれのこと嫌いになっちゃったみたいで。あなたを倒せないおれのことを、あなたを傷つけるおれのことを憎み出してるのが判るんだよ。なんでそんなことになるんだよ。おれなんかよりずっとずっと前から、あなたはリュアの側にいたんでしょ?なのに何で、リュアを傷つけるんだよ」
ディンの体を包む燐光が薄れ始めていた。どれほどの逸材であろうと、ディンの精神はまだ幼いままだ。人と人との繋がりや憎しみを理解できるほど、ディンは世間という物に接してない。
「私は王国を滅ぼすと決めた。その為には万世の民の命を奪わねばならない。それを止めるといのなら、きみは私の息の根を完璧に止めなければならない。それができないのなら、私の前に立つな」
ディンが唇を嚙みしめている。一度動きを止めてしまったキリクは、多分もう動けない。
「名前を聴こう、少年。私を殺す者の名だ」
顔を上げ、ディンはキリクの視線を真っ向から受け止めた。
「ディン。ディン・シャロン・グーグー」
意を決したのだろう。ディンの涙は止まり、穏やかとすらいえる表情だ。
「来い。ディン・シャロン・グーグー。結着をつけよう」
キリクがゆっくりと剣をディンに向けて翳した。