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外に出ると、雨が沢山降っていて、風も少しづつ強くなってきていた。
鞄を背負い、その上から雨具を着て、必死で自転車を漕いだ。
私の最寄駅から、電車は動いていたんだけど、かなり本数が減らされていて、帰りは、運休になるかもしれないという事で、自転車で行く事にした。
なんでこんな日に、延期もせずに開催するのか本当に謎だけど、でもとにかくこの機会を逃したら、次のライブがいつ当たるか分からないので、全力で向かうしかなかった。
会場の近くに自転車を停め、急いで屋根の下に入った。姉がバスタオルを持って来ていたので、濡れていた足元と頭を拭いた。
「ありがとお姉ちゃん」
とバスタオルを返すと、
「結講人来てるね」
と言った。周りを見渡すと、かなりの人が集まっていた。
もしかしたら私達だけかも?とか想像していたから、少し驚いた。
「ほんとだ」
姉は、近くの張り紙を見て、
「開場時間早めてるみたい。もう入れるんだって、行こう」
と言った。私は姉について行き、入口まで歩いて行った。
改めて周りを眺めると、私達位の世代から、親位の世代まで年齢や性別は色々だったが、子供や高齢の人はさすがにほとんどいなかった。
中に入るとすぐにトイレに行き、席を探して座った。
前回行ったライブから3年、毎年ライブはやっていたのだが、中々当たらずやっと当選し、あと少しで始まる。
やっとここまで来たんだなーと嬉しい実感に浸っていたが、反面、私はたまたま近くの会場だったので運良く来れたけど、遠方から来る人達は、
それまでに、仕事や家や学校のスケジュールを考え、遠方なら、当日の乗り物とかホテルの宿泊とかの予算を算段し、予約を取り、支払いし、いまかいまかと待ち受けながら過ごしてきたのに、客席を見渡すと半分位しか埋まっていない事に、複雑な心境になってしま った。
入口付近ではかなりたくさん来ているなと思ったけど、キャパ10000人のホー ルで考えると、そうでもないんだなと思った。
公式には、来られなかった方達のチケットの払い戻しに応じると書いてあったものの、 ホテルも乗り物もキャンセルして、キャンセル代が掛かった人もいるだろうし、何より、見れなかった人達は、本当に残念な気持ちなんだろうなと思った。
やがて開演時間になり、照明が消えると、皆立ち上がり拍手と歓声が鳴り響き本番が始ま った瞬間、今までの思いはすっ飛び、気付いたら自分も拍手と歓声をしていた。
音楽と共に照明がステージを照らし、スクリーンに大きく○○が歌ってる姿が写る。 歌いながら皆に手拍子を促し、皆も楽しそうにそれに応える。
何度も何度も繰り返し聴いていた曲達が、ライブになるとより活き活きする。 舞台セットやスクリーン、花火や銀テープやスモーク、それを照らす照明、そして、○ の生歌声によってより立体化し、活き活きと輝き出す。
今日は、前に見た時よりも輝いて見え、台風が来てる事なんか忘れてしまう位、熱狂した。
そして、MCでは、
「今日は来てくれてありがとうございました。本当は、延期して他の日にしようか、とて も迷ったんですが・・・でも今日来た皆さんは、何が何でもここに来たかったんですよね?
僕、7年位前に病気した事があって、その時、もう歌えないんじゃないかって、 目の前が真っ暗になったんです。
でも、病気が治って、また歌い出した時、今まで歌えてた事も、今歌えてる事も、色んな人達と出会って関わりながら曲を作ってアルバムを出せた事も、沢山の方達が手に取って 聞いて下さったり、配信で聞いて下さったり、TVで見て下さったり、ラジオや有線でたまたま聞いて下さった事も、当たり前じゃなくて奇跡なんだと思いました。
だから、今日来れなかった方達には大変申し訳無いのですが、 今日僕は何が何でも歌いたかったんです。聞いて下さい『奇跡』」
言葉が出てこなかった。胸が詰まり涙がこみ上げて来た。
私はもう二度と『ファンを辞める』なんて言わないと心に誓い、
○○が引退するまで応援し続けた。