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夢の国紀行  作者: 石木 喬
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 一緒に暮らすようになってから里美と恭介の絆は日々深まっていったが、里美はいつまでたっても恭介を受け入れることができずにいた。

 そんな里美に日本料理は生きる励みとなり、生きがいと充足感をもたらした。

 時にはポタンのホテルのロビーやレストランを借りて日本の文化を紹介するイベントを開いたり、家に恭介やイレイを通じて知り合った知人を招いて新しい料理の試食会を開いたりした。

 恭介は拒絶されたままのような里美との帳が取り払われ、里美が自ら恭介を受け入れてくれるきっかけになることを望んでいた。里美が坂巻という男性との桎梏から解放されて自由を取り戻すことは並大抵のことではないと感じていたが、完全な里美との和合に至ることのない不足感が常に伴っていた。

 ポタンの空港ではじめて里美に会ってから三年目の春が巡ってきていた。恭介には里美との関係がいつまでもこのままであり続けるとは思えなかった。もともと里美は数か月の予定で二度目のポタンを訪れていたのであり、恭介に会うことで自分の中の何かが変わることを期待してのことであったはずなのだが、受け身でいただけでは何も変わらないことが分った。

 日本料理に打ち込むことは里美の心の負担をいくらか軽くはしていたが、だからといって里美が恭介を受け入れるまでにはまだまだ隔たりがあった。里美は自分が変わらなければ何も変わらないと思っていた。恭介は優しくいつまでも待つと言ってくれているけれど、いつまでも待たせるわけにはいかない。

「私、結婚前の儀式受けてみようかしら」

 意外にも里美の方から恭介を驚かせる言葉があった。

「どうしたの、急に」

「そんな急だってわけじゃないのよ。イレイのお母さんや料理で友だちになった人たちに聞いて、何となくそんな気持ちになったの。聞いても誰も具体的には教えてくれないんですけど、その話をしている時、みんな明るいのね。暗い顔をされたら私も考えてしまうと思うんですけど。イレイだっていつかは受けるわけでしょう」

 恭介はそれがこの土地の通過儀礼であることは知っていたものの、本当のことはまったく知らなかった。恭介ばかりでなく土地の男性には決して知らされることのない儀式であった。恭介にはその儀礼を里美に受けさせることに抵抗があった。どこか前近代的でおどろおどろしいという印象がつきまとっていた。しかし、そこからどうにかして自分を変えようという里美の強い意志を感じると表立った反対はできないと思った。

「ね、いいでしょう」

「里美がどうしてもというなら。でも、もしも後悔するようなことがあったら」

「自分で決めたことですから、その時は自分で何とかするしかないわ。でも、このまま恭介さんと一緒になれないと思うと、その方が辛いの」

 恭介は里美が自分と同じ思いを抱いていることを知り、たとえそれが大きな賭けであったとしても結果には里美と同じ重荷を背負うことを覚悟した。


 恭介から同意を得ると里美はサラナに手伝ってもらい、さっそく儀式を受けるための準備を始めた。

 それは体を清めるために数日間飲食を断って沐浴をすることから始まった。

 里美は、何かの本で読んだある国の宗教のことをふと思い出していた。その国(といっても認知された国ではなく一地方に過ぎないのだが)の女性は、結婚する相手以外と性交渉を持つことを許されない。そのしきたりを犯したものは、密通の罰を受けるというのだ。そのことが女性の基本的人権を侵害しているといって欧米の権利団体が反対をしていた。しかし、他の地方から隔絶されたその地方の人々は一向に制度を改めようとしなかった。

 残酷な制度ほど、気の遠くなるほど昔から続いている風習であることが多い。宗教がゆがんだ形で古代に導入されてそれがそのまま残ったものだろうと論評は結んでいた。

 当日の儀式についてはおおざっぱなことしか知らされなかったが、里美は以前読んだことのある禍々しい儀式のことをサラナに話すと、サラナはそんなことはあり得ないと大げさなジェスチャーを交えて否定した。

 サラナの明るい態度から里美は少しずつ心配を払拭していった。

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