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夢の国紀行  作者: 石木 喬
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 ウェックは羊たちが放牧されている縹渺たる草原の片隅に取り残されたようにひっそりと佇んでいた。赤茶けた大地の上に築かれたその街は狭いところにあえて集められたような印象で、ひとところに落ち着かない遊牧民たちの生活とはかけ離れているようにも見えた。

 車道は舗装されておらず至る所に轍や窪みができていた。歩道の部分だけが嵩上げされて平らによく踏み固められていた。その歩道には街路灯が角々に設置されていた。

 新しそうに見える家はおおむね木造であったが、土塀や家畜の糞で塗った壁の家も多かった。どの家の屋根からも煙突が突き出していて、それがひとつの風情を感じさせた。街の中心部に破風の屋根のある和洋折衷のようなホテルを見つけて、恭介はすでにこの土地にも西欧人の文化が流入してきているのだと思った。ホテルの隣りには小さなガソリンスタンドがあったし、雑貨や食品を扱う商店なども軒を連ねていた。しかしそれらの店が客でにぎわっているようには見えなかった。商店などは道路からそのままの高さで店に入るようになっていたのに、ホテルだけは階段を数段上った上にドアが付いていて、建物を取り巻く回廊のようになったベランダでもテーブルが置かれて食事などができるようになっていた。恭介はそんなところにもホテルの西欧趣味を感じた。街外れのいくらか高台になった場所に木立に囲まれた寺院のような建物がポツンとひとつだけ建っていた。

 意外に近代的な街並みは、ひとところに落ち着かない遊牧民たちの生活とはかけ離れているようにも恭介には思えた。

 恭介の車を珍しそうに覗きにくる子供たちの姿はあったが、大人たちはどこにいるのかほとんど見かけなかった。今は遊牧の季節で、多くが町を出払ってしまっているのではないかと恭介は思った。

 車を停めてホテルに入ると制服を着た現地人の支配人がさっそく英語で話しかけてきた。

「お泊りですか?お食事ですか?」

 恭介たちはレストランに入ってメニューからコーヒーとマトンの唐揚げを頼んだ。支配人はレストランの注文まで取って、どうやらひとりで何役もこなしているらしいと恭介は思った。レストランには宿泊客らしき中年の欧米人の男女のカップルが二組食事をしていた。

「どちらからお見えになったんですか?」

 恭介たち三人の組み合わせに興味を持ったのか、注文の品を運んできた男性が人なつこく尋ねてきた。

 恭介がシルクロードの街の名を告げると、男は両手を広げていかにも驚いたという大袈裟な身振りをした。

「そっちから来る人は欧米人では数年に一度あるかないかですよ。これからどちらに行かれるんですか?」

 恭介が同じ道を通って日本まで帰るのだと言うと、近くのヘロン空港からポタンを経由して帰ると一日で帰れるのにと不可解な顔をして恭介の顔をじっと見つめた。

「日本人も時々来ますよ。隣のポタンまで旅行で来てちょっと足を伸ばしてみたいと思うんでしょうね。結構遊牧民の生活が気に入ったようで数年おきにグループでみえるお客さんもいますよ。でも、ホテルに訪れるのはほとんどが欧米人ですけどね」

 ヘロン空港を経由してウェックを訪れる欧米人のツアー客はあくせくした生活に疲れたビジネスマンたちが多く、遊牧民の生活を体験し、馬で散在する太古の遺跡を巡り、リフレッシュして帰っていくのだと男は話した。並みのリゾートでは飽き足らなくなり、南極やアマゾンの奥地にまで観光に出かける現代人の貪欲さに、恭介は地球にはすでに秘境というものが無くなってしまったのではないかとさえ思えた。

 ウェックがポタンという独立国家の都市であり、日本からの空路でのアクセスも可能であることも男から聞いて知った。恭介は地図を持っていながらそれを見るということがほとんどなかった。地図には描かれていない道がいくらでもあると恭介はこれまでの体験から知っていた。あらためて地図を開いて見ると、シルクロードの街からウェックに連なる道は狼の遠吠えを聞いた峡谷の道の途中で地図から消えていた。日本からの航空便もあるヘロンから険しい山脈を越えて続く道の向こうにウェックがあった。

 そのときにはすでに恭介の心の中である計画が動き始めていた。恭介は遊牧民の生活がどのようなものなのか、どうしても体験してみたくなったのだった。ひとつの環境に長くとどまっていられない自分を恭介はノマドのような性格だと思った。

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