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夢の国紀行  作者: 石木 喬
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 里美は信頼し受け入れているブハンをなぜ拒絶してしまうのか思い悩んだ。

 身体が勝手に拒絶してしまうと言っても自分の身体である。セックスの経験がないわけでもない。それでもブハンを迎え入れられない自分がいたことはまったく思いがけないことだった。だからといって矛盾した自分のままでブハンに身体を開くことは偽善者のように思えて、どうしても許せなかった。

 里美はすぐに賢司とのことが関係していると気付いたが、それがどのように関係しているのかいくら考えても分からなかった。賢司は里美が受け入れた初めての男性であり、セックスの喜びを教えてくれた唯一の男性であった。重ねるごとに愛が深まり、里美は賢司を相思相愛のように思い、結婚も自然の流れと考えるようになっていた。そこに賢司に他の女性との婚約を告げられて傷つき、希望の旅であったはずのポタンへの旅が逃避行のようになってしまっていた。その先に待っていたのがブハンだった。賢司への思いが絶ち切れておらず、まだ心の奥底で渦巻いているのにブハンに身体を預けても心からブハンを受け入れることにはならないのではないか。考えを整理すればするほど、ブハンとの関係は難しいものに思えてきた。

 賢司をそれほど愛していたのだろうか?そう考えて里美はノーと応えた。それなのになぜ?そこで里美は賢司とのセックスが原因していると考えた。身体を許すということは心を許すことでもあるという既成の概念にとらわれている自分を発見すると、そこに原因の一端があるように思えた。セックスに支配されているというより、その時の快感に支配されていたのではないのか。そう考えると里美はセックスに喜びを感じること自体に罪悪感を感じている自分を発見した。里美は賢司の幻影に悩まされ続けていた。

 ブハンが里美の体を抱いているときに限ってからだの底からわきあがるように賢司の印象が思い浮かび、追い払おうとすればするほどその記憶をたどっている自分の意識をコントロールするすべは見つからなかった。そのことをブハンに言えばすっきりするのだろうと考えることもあったが、ブハンが傷つき自分から離れてゆくことが怖かったのだった。賢司とのことをブハンに話すべきだろうか。話すことによってブハンの愛を失うことはないだろうか。そしてその結果を自分が受け入れることができるのか。どれもなかなか答えの出ない問いであった。


 ブハンとイレイの温かい心に支えられた生活は発見の毎日だった。三人で街に買い物に行くと自然に里美は人々に受け入れられてゆき、道行く人に「サトミ」と声をかけられることも多くなった。挨拶の言葉から少しずつではあるが里美の話せる単語も増えていくと、広大な草原に暮らす人々のおおらかな気持ちがいくらか分かるようになった。里美はいかにも自分のブハンに対する考えが狭量であるようにも感じた。ブハンは、まったくそんなこと気にしないというかもしれない。自分がひとりだけで思い悩んでいるに過ぎないのかもしれない。そう考えていくと、やはりブハンの気持ちを聞いてみたくなった。

 里美は、そのことでブハンが変わるとは思えなかったが、二人の間に不純物が入ってしまうように関係に濁りが生じてしまうことが怖かったのだった。

 過去の賢司との関係はきれいに精算してきたつもりだったのだが、影のように付きまとって離れないどころか里美の中で徐々に膨らんで彼女を苦しめていた。里美はいつブハンに話そうかと、そればかり考えるようになっていた。


 里美は大学時代の友人のことを思い出していた。

「女は男の腕の中で成長するのよ」

 友人は次々と男友達を変え、あるときには同時に何人かと付き合っていることもあった。

「いい男だと思って付き合ってみると意外と欠点が多いのよね。おかげで男を見る目もできたような気がするわ。里美も男ができたら私が鑑定してあげるわ。でもいい男だったら私が奪っちゃうかも」

 行動的な友人の言葉を真に受ける里美ではなかったが、里美の前に立つ友人は会うたびに一皮向くように女らしく変貌していった。里美の目からもうらやましいほどに女を感じさせた。

 自分が彼女のようになれるはずもない。私は私。本当の愛を見つけるためにこの国に来たんだわ。

 でも・・・。

 里美はどうしても賢司の影を振り払うことができなかった。

 否定してもむしろその存在感は大きくなっていた。

 里美は悩みの原因をブハンに打ち明けたかった。

 しかし結局ひとことが言い出せずにずるずると日が経っていった。

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