誘拐
「お婆さまっ!」
明が叫ぶ。
まさかの襲撃を受けた。
ある程度、陰陽局から情報を得た明姫と明はカムフラージュである水道管理局の駐車場で車に乗り、安倍家へと帰路に着いたばかりだった。
雨はまだ続いていた。
日も暮れて視界が悪い道…。
その道路の十字路で突然、大型のトレーラーに車の横っ腹へ突っ込まれるという襲撃を受けた。
園田兄が必死にブレーキを踏むが車はトレーラーに300mほど脇道へと押し込まれる。
後ろに居た山崎の車はトレーラーに阻まれて明達の車を追えない。
トレーラーから投げられた数発の発煙弾で辺りに煙幕が張られる。
この事故は完全に計画的な犯行だと察した明が叫ぶ。
「お婆さま、走れますか?車を捨てましょう。」
歪んだ車のドアから煙幕の煙が車内に入り込んでる。
このままでは危険なだけだ。
「私が明姫様を背負って走ります。」
園田兄がシートベルトを外す。
「なら私は右へ、園田さんはお婆さまを連れて左へ。すぐ後ろに山崎達が居るからそこで合流しましょう。お婆さま、お気を付けて…、1・2・3っ!」
合図を掛けて車のドアから飛び出す。
碁盤目状に道が敷かれた古都である。
次の十字路はすぐ目の前のはず…。
煙幕に紛れて、その十字路で左右に別れて逃げ、迂回しトレーラーの後ろに居る山崎の車まで行ければ今の状況は変わる。
右側に視界が開く。
煙のせいで息が苦しい。
(ここを曲がれば…。)
とりあえず煙幕からは抜け切れる。
誰かが明の身体を掴む。
反撃をしようとした明の首筋へ何かが刺さる。
一気に視界がボヤけた。
思考すら停止する。
(お…婆さ…ま…。)
一番弱い明姫が心配だった。
それが明の最後の記憶…。
次の記憶は誰かの手が明の額に触れる感覚だった。
発煙弾の煙を吸った。
呼吸に問題はない。
ゆっくりと目を開ける。
目の前に人の顔がある。
女性だ。
明とよく似た顔立ち…。
明がよく知る顔…。
違うのは髪の長さで明よりも随分と長い。
「ママっ!?」
女性に向かって叫ぶと女性が明に抱きつき、顔中へとキスの嵐を降らせる。
「明~、ちゃんとママがわかるの~?ママの事を覚えててくれたの~?」
悠一になら絶対に許さない頬擦りを明菜だからと大目に見てやる。
別に明菜を覚えてる訳じゃない。
明菜は明が3歳になる前に悠一と離婚した挙げ句に安倍家を出て行った母親だ。
一応は写真で顔を知ってるという程度の女性…。
それでも明の母親であり、明の愛する忠の娘だ。
「なんでママが?ここは?」
ホテルの一室の様な部屋。
見知らぬベッドに寝かされている明…。
「ここ?知りたい?こっちにおいで…。」
明の手を無理矢理に引いて明菜がカーテンで閉ざされた窓へと向かう。
窓を開けるとバルコニーが見える。
そのバルコニーに明菜と出る。
「ようこそ、世界一小さな国へ…。」
明菜が恭しく明に頭を下げる。
世界一小さな国…。
「まさか…、バチカンッ!?」
「うん、そう。そろそろ夕食の時間だけど…、明は何が食べたい?」
もう日が沈む。
「今日は何曜日?」
「月曜日。」
「ママ!私、学校があるんだよ。」
「それくらいママだって知ってるわよ。明が行ってる学校はママも行ってた学校なんだからぁ。」
明菜が唇を尖らせて頬を膨らます。
「派遣された祓魔師には陰陽局に話を通してから明を連れて来るようにってママはちゃんと言ったわよ。」
明が拐われた原因は明菜であると言われる。
「ママ…、まさかママも祓魔師なの?」
「あら?悠一から聞いてないの?」
明菜は安倍家の陰陽師だ。
宗教に従う祓魔師になったなんて聞いてない。
誰も彼もが悠一に聞けと言うが悠一が明にまともに話をしてくれた事は一度もない。
「全部、ママが説明して!じゃないとママとは絶交だからね。一生、口聞いてあげないからね。」
こんな子供じみた脅しが母親である明菜に通用するかはわからない。
ただ、父親である悠一に対する怒りの全てを明菜にぶつけるしかなかった。




